第六十三話
敵も味方も観客さえも目を見開いた。
素人ばかりのこの体育祭でもアンダーサーブを披露した選手は一人もいない。コートに入れる事を目的としたサーブの為、初心者でも扱いやすい特性を持つが、それ故、得点に結びつきにくく、小学生の競技シーンでさえ使用されるケースは稀だ。
それが試合の決着が着こうかというデュースの場面で見ることになろうとは誰が想像できたか。
どよめく会場。
確かに意表をついた。
だが、サーブの瞬間に驚かせても、軌道は山なりでサーブカットまでの猶予は他のサーブと比べても圧倒的に長い。
相手選手は直ちに落下予測地点へ移動し始め、アンダーハンドパスでレシーブ体勢を取る。
コートを見下ろす2階観客席にいた生徒達も頭を上げてボールの行方を追う。
そして、その中の誰かが呟いた。
「え、高…………」
柴田はアンダーサーブをした。それも『思いっきり』。
ここスポ―ツセンターの天井は学校のそれよりもはるかに高い。急上昇したボールは床に立つ選手の目には豆粒ほどにしか映らない。
天井サーブ。
滞空時間が長く、落下速度をつけたサーブで、レシーバーの呼吸を乱す奇襲サーブである。
リベロ制の導入により役割が分けられ、サーブレシーブをすることが無い他の選手は余裕をもったポジション移動が可能になった。その為、奇襲戦法である天井サーブはデメリットが大きく、現代ではあまり見られなくなった戦法である。
だが、木場たちにリベロはいない。
そして、長谷川と山川のサーブに目を慣らされ、初めて見る極大の山なりの弾道は選手の動揺を誘うには十分過ぎる。
断じて必殺技などではない。成功か否かなど打った本人である柴田にも分からない。よって、打ち終えた柴田はゆっくりとポジションへ移動しながら祈った。
「頼む……」
直後、
「え………ちょっ……見え……」
相手の後衛選手は落下し始めるボールを見失う。
高速で打ち上げられたボールを目で追った結果、強烈に輝く天井の照明を直接見てしまったのだ。天井サーブの利点の二つ目だ。
珍しく木場も動揺している。
リベロがいない事、それによって後衛3人の誰がサーブレシーブを担うのかを直感で判断しなければならない。通常ならば近くにいる選手が受ければ良い。しかし、なまじ落下までの時間と余裕があり、目が眩んでいる為、後衛はお見合い状態になってしまった。ここに木場がツッコむわけにはいかない。
自由落下で加速したボールが落ちてくる。
「バックライト!」
ボン! と鈍い音が響いた。
木場のとっさの指示に反応した後衛のライトがレシーブするが、ボール斜め方向の軌道で勢いよく上がり、連携が乱れた。
今度は柴田が後方より指示を飛ばす。
「山川!」
こちらは指示よりも早く動き出していた。ボールが慣性でネットへ流れてくる。
「押し込めえぇっ!」
ダイレクトスパイクだ。
ズバァン!
炸裂音にも似た衝撃が響いた。
一瞬の重苦しい静寂があった。会場中が主審に注目した。
主審はラインズマンの方に目をやって、
3年生チーム側、左手を上げた。
熱狂が会場を包み、木場たち3年生が抱き合って喜びを爆発させる。
「マジか……」
今の一瞬。ネットギリギリの位置へボールは鋭く飛んだ。山川はすぐに反応し、直接アタックを叩きこんだ。しかし、木場も動いていた。ボールを相手コートへ押し込むのではなく、ダイレクトスパイクを察知し、ブロックに飛んだのだ。
弾かれたボールはサイドラインの真上に落ち、得点は3年にもぎ取られた。
「今の反応するかよ…………」
柴田の狙いは間違っていなかった。天井サーブで意表を突くこともできたし、連携を乱すことにも成功した。上出来。これ以上ないほど完璧なサーブだった。
だが、木場一人に目論見は粉砕されてしまった。
「すまん……」
「謝るなよ山川、むしろよく合わせただろ。相談なしで良く瞬時に動けたな」
時間にしてみれば一瞬。サーブして、返され、ダイレクトスパイクをブロックされた。ボールに触れたのはたった4回だけの1プレ―。
たったそれだけで得点は動き、柴田達は再びピンチを背負ってしまった。
「あ~クッソ、惜しい!」
柴田の耳に、悔しさを滲ませる山川の声だけが届く。
歯噛みする柴田がスコアボードに目を向けてから、天井を仰ぐ。次のプレーを落とせば、その瞬間に敗北が決定する。ここまでの努力が否定されるような気分だった。
(まだやれることは……!)
藁にもすがる想いで柴田は思考を巡らせる。
自分たちができる戦法は試し尽くした。クイック、フェイクセット、3枚ブロック……。元々、完成度が高くない上、さんざんお互いの手の内を見せている為、今更それらが通用するとは思えない。だが、天井サーブは悪くなかった。意外性があり、偶然とはいえ木場を一瞬だけでも封じることができた……。それは何故か?
(意外だったから…………、それってつまり……!)
ボールが相手サーバーに渡される。時間が無い。
柴田はチームメイトを呼びつけ、用件だけを簡潔に述べた。
猛烈な勢いで捲し立てる柴田に唖然とする一同。
「マジで?」
作戦を聞かされた男たちが信じられない、という顔をした後、すぐに笑った。
「ここを凌がなきゃ、どの道負けだ。ならワンチャンに賭けるかー」
「でも、そこまで持っていくのが大変だね」
「会長は何でかシバケンに執着してるみたいだし、いけるんじゃない?」
作戦は即座に受け入れられた。最後になるかもしれない作戦である。
「皆、頼む」
柴田が目くばせをすると、男たちは頷いてからポジションに着いた。
これがラストプレーになってしまうのか。
手先が冷たくなり、鼓動が高鳴る。
シューズの底が床と擦れる音がはっきりと聞こえる。
サーブが打ち出されたと同時、柴田達は一斉に動き出した。




