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第六十二話

 2枚のブロックを突き破り、フロントゾーンにスパイクが叩き込まれる。

 が、反射で柴田が飛びつき、得点を阻止。すぐさま起き上がり、攻撃の邪魔にならない位置へ。

 浮き上がったボールを長谷川がトス、前衛レフトがアタック。そのまま決まることは少なく、大抵レシーブされてしまう。そして、多少乱れてもおかまいなしに木場がアタック。それを再び、柴田が拾う。

 もう何度目の攻防だろうか。

 両チームのフェイントを含めた攻撃パターンはいくつかあれど、最終的なアタックを柴田が拾う展開は共通していた。得点が決まるまでの時間が長くなり、取って取られての展開が続く。

 アタックを仕掛ける、スパイクをレシーブする毎に歓声が沸き立ち、観客席とコート上が一つになっていた。最終セット。絶対に落とせない、という緊張感が選手の集中力を限界まで高める。

 得点は15対14。最終セットのデュースをリードされた状態。

 まさに熱戦と言う他ない。決着間近の最終局面である。


「どけぇえええっ!」


 相手後衛のスパイクレシーブが選手の真上に上がり、セッターが滑るように移動し始めた瞬間、絶叫が響いた。ギョッとした顔のセッターが飛び退き、その後方より木場が猛然と駆け寄る。いつの間に走り出したのか分からなかった。対角線上にあたる前衛レフトにいたはずの木場が後衛ライト、アタックライン付近まで移動しているのだ。

「止めるぞ!」

 今度は柴田が叫んだ。

 木場はネットに対して横向きに走っている。ボールが落ちてくるアタックライン上に到達できてもまともなスパイクにはならない。普通なら考えられない無茶なプレー。だが、木場ならやる。この土壇場で安全策に走るような男ではない。たった1日にも満たない短い付き合いの中でも柴田は確信した。

 彼が狙っているのはネット付近で行われる通常のアタックよりも遠く、アタックラインより後ろからの攻撃。つまり、バックアタック。

 木場はほとんどネットに背を向けたまま踏み切った。全身を捻るようにして飛び上がると、空中で向きを変え、最高到達点でボールを捉える。

 目を疑うほどの身体能力。はるか遠くから走り寄り、無理な体勢でジャンプし、それでもアタックを遂行する。

 まさに怪物。

「飛べぇ!」

 しかし、

 同時に柴田達前衛がブロックに飛んだ。


 直後、久しぶりに笛が鳴らされる。

 3年生側コートでボールが跳ねた。


 肺いっぱいに空気を吸い込み柴田が絶叫した。

「っしゃああああああああああ‼」

 メンバー全員が中央に集まって揉みくちゃになる。背中や肩をバシバシ叩いて爆発させ、その様子を見ていた1年A組のクラスメイト達も歓声を上げる。

「皆、ナイスー! 良い集中力だよぉ!」

 ひと際大きく喜んでいる女子がいた。秋穂師匠だ。

 1点返して、再びデュースになっただけなのだが、秋穂は金メダルを取った我が子を称える母親のような表情。もしかしたら涙でも浮かべているかもしれない。

 その横でミッコが両手を叩いて喜んでいるのが見える。さらにその横には流華がいて、周りにはクラスの友人達がほとんど揃っている。

 ふと、懐かしさを覚える柴田。

(前にもこんな光景があった気がする……)


「よく気づいたな」


 感傷に浸る間もなく、ネットの下を転がってきたボールが柴田の脚に当たった。

 ネット越しに木場が見える。

「会長がバックアタック狙うのは予選の段階で知ってましたよ。それに……、あんだけ叫んだら何か狙ってるのはバレバレっすよ」

「確かにそうだな」

 木場は心底楽しい、といった感じでニヤリとした。

 ヒリヒリするデュースさえも愉快だ、と言わんばかりの豪胆さ。チームメイトに声をかける木場の背を見ていると、ボールを掴む指に力が入る。

「シバケン、サーブだから交代を」

「しねぇ」

「え?」

 玉の汗を額に浮かべた長谷川がきょとんとした。

「俺がサーブする」

 驚いた様子の山川が間に入ってくる。

「いやいや、無理っしょ! シバケンのサーブ入れるだけのサーブやん! ここはピンチサーバーで1点を」

「返されたらどうする……誰が木場のレシーブするんだ?」

「お、おん……でも、俺、シバケンのサーブ見たことないんだけど……イケそう?」

「逆に考えてみろよ。味方のお前さえ知らないサーブなら、相手だって知ってるわけねぇよな? 意表をつけると思わねぇか?」

「え、マジ? 必殺技ってこと⁉ そんなん隠し持ってたの⁉」

「ま、まぁ、そんなところだ……。この場面、任せてほしい」

 顔を見合わせる一同。

 皆、柴田の運動神経の悪さは知っている。故に1点の価値が大きすぎるこのタイミングで柴田に任せるのはリスキーだと考えているのだろう。

「このタイミングでこそ攻めたいんだ。正直、サービスエースになるか、捕りやすいクソ玉になるか、確率は80パー位だ」

「サービスエースになる可能性が80?」

「いや、クソ玉になる確率……」

 沈黙があった。

 そして、微妙な顔をした山川が言う。

「なるようになれ、だな。ええやん! シバケンがやりたいならそうしようや! 俺たちはカバーしよう!」

「山川……」

 あっけらかんとした山川の言葉に全員が頷いた。


 ボールを持った柴田がサービスゾーンに立つ。

 遠くに見える相手選手の何人かがヒソヒソと相談するような仕草をした。

(そりゃそうだ……何回かサーブをしたけど、3割がミス。コートに入っても脅威にならない弱いサーブだもんな)

 おそらく、サーブカットした後の動きを確認しているのだろう。初めから柴田のサーブへの警戒は無いに等しい。レシーブ出来て当たり前、そう思われているのだ。

 事実、長谷川の変化サーブや山川の力任せの豪速サーブに比べて、柴田のサーブは変化しない山なりの優しいサーブ。極限まで集中している彼らがミスを犯す可能性は皆無だ。

 だが、

(そこに勝機がある)

 柴田は長谷川らがそうしたように、腕を振り下ろして何度かボールをバウンドさせ、タイミングを図った。本当はタイミングを図る意味も分からないのだが、雰囲気作りのためにそうした。これから強打するぞ、と言わんばかりに、大げさに腕を振り、サポーターを直す動作まで行う。

 やがて、十分に会場が静まり、緊張が高まった時、


 柴田が繰り出したのはアンダーサーブだった。

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