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第六十話

「あらまー、もしかしてお邪魔だった⁉」

「お前……!」

 今にも飛び掛かりそうな柴田に対して木場はけろりとした態度。それが柴田を更にイラつかせる。

「試合中だろ。何しに来た」

「いやー、ぶち当てちゃって悪いと思って様子見に来たんだけどー、その様子じゃ大丈夫そうだな!」

「ふざけてんのか……」

「し、シバケン……」

 心配そうに見上げる流華の呟きに柴田が一瞬、戸惑うが、キリキリと眉が吊り上がる。

 彼女を庇うように一歩前に出る。

「別にこのまま第2ラウンドに入ってもいいんだぜ」

 無理に笑顔を作る柴田の唇が震えていた。

「ちょ、ちょっと! やめなって……! なんで会長さんに突っかかってんの⁉」

「三橋は下がってろ。こいつはこのままにしてちゃいけない奴なんだよ!」

「どういう意味⁉ 全然分かんないんだけど!」

 木場は相変わらず、不敵な笑みを浮かべて壁に体重を預けている。

 自然体。柴田が精いっぱいの怒号を吐き散らしても、彼の立ち姿には一片の緊張も無い。それどころか、向かい合うだけでも存在感、あるいは殺気じみた迫力で圧倒するほどに。

「血が止まったら試合に戻るんだろう? 俺があのまま無双し続けたらさすがに一方的になり過ぎるからなあ、ハンデだよハンデ。俺も休憩だ」

「どこまで舐めてやがんだ。あのまま試合を続けてストレート勝ちでも何でもすればいい。わざわざハンデをくれる意味がないだろ。俺をいたぶって苦しむ様を見ようってか? 趣味が悪いな」

 重心を前にして柴田が言うと木場が目を細めて、

「いたぶるつもりなんてないさ。俺は対等に戦いたいだけよ」

「対等だぁ? 三橋や家族を人質にとっておいてよくそんなことが言えるな」


「「人質?」」


 木場と流華の声が重なった。

 流華は当然だ。事情を詳しく分かっていないのだからその反応は正しい。

 だが、木場までもが目を見開いて意外そうな顔をしているのは腑に落ちない。

「白々しい。わざわざ家族に触れて、三橋と赤井のことまで知ってただろうがっ! それが脅しじゃなくて何だって言うんだ!」

 雷の如き怒号に部屋がシン、と静まり返る。

 のそり、と木場は壁から背を離し、柴田を見た。

「柴田くん。君って意外と思い込みが激しいタイプ?」

「あぁ⁉」

 更に一歩、木場に詰め寄ろうとした瞬間、後ろから流華に腕を掴まれた。

 流華は、まっすぐ、何も言わずにこちらを見上げている。

 柴田自身はもうどうにでもなれ、と。やるだけやってやる、と。破れかぶれの覚悟を決めている。しかし、出口のドアは木場に塞がれており、万が一でも流華に危険を及ぼす可能性がある以上、安易に飛び出せない。

 彼女が心配してくれていることは分かっている。潤んだ瞳が「ダメだ!」と叫んでいるから。

 だが、ここで木場を追い返すことはできない。この機を失えばもう二度と核心をつかむことはできなくなるだろう。

 自然に口が動いていた。

「こいつは加納の仲間なんだよ。計画がうまく行くことが気に入らないらしくてな、俺の邪魔をしようとしてんだ」

「……嘘……会長さんが……」

 どうにでもなれ、という気持ちのまま、柴田は追い打ちをかける。

「いくらで頼まれた?」

 突然、木場が大きく笑い始めた。

 返答を待つ柴田と絶句する流華。木場が降参のジェスチャーかのように両手を挙げて笑ってもその真意は分からない。凍り付いた空気は相変わらず。

「そうか、そうか。そういうことね。はいはい、よーやく分かってきた!」

 流華も険しい表情のまま。彼女も加納との接点を持ってしまっている。不安を抱き、警戒するのは当然だ。

「会長さん、どうして……?」

 木場は後頭部を掻いた。

「俺がいつ加納と組んでるって言ったよ。ん? お前、派手に勘違いしてるよ。どうりで話が噛み合わないっつーか、テンションがおかしいと思った。真面目過ぎるし、体育祭にしてはシリアス過ぎだわなぁ。そんだけ熱い男だと勘違いしてたのは俺も一緒だけどよ!」

「な……なにを……」

「加納って言ったか? あいつとは卒業以降、連絡もとってねぇよ」

 だが、柴田の警戒は解けない。木場はため息をついた。

「だいたい! 俺は生徒会長もやって成績優秀! 推薦で大学に行こうとしてんだぞ? わざわざ他校のヤンキーとつるんで悪評が広まるリスクを負うわけないってー。そんなに気になるなら加納の奴に聞いてみ? 俺の事を友達だなんて呼ぶわけねぇよ」

 体育祭も終盤だというのに、加納はほとんど姿を見せない。連絡を取ろうにも連絡先など知らない。流華に聞けば接触できるかもしれないが、彼女を使うようなことはしたくなかった。

「どういう事情かは知らねぇけど、あいつもまだバカやってんだなー。柴田くんも数ある被害者の一人って感じ? はは、安心しろと言うべきか、残念だったなと言うべきか分からないけど、とにかく俺は加納と関係なんかないぞ」

「じゃ、じゃあ、何故、トイレで会った時、俺の家族と三橋、赤井について言及した⁉ どれもこの一件の関係者だ。的確に言い当てるのは不自然だろ!」

「落ち着けよ、俺はただ全力で勝負がしたかっただけだ」

「勝負だと……?」


「この二日間の柴田くんの活躍ぶりを見てピンと来たんだ。この男は『次期生徒会長』の座にふさわしいのではないか、と!」


 流華が「はえ?」と間抜けな声を上げる。

「品定めをさせてもらった。試合に全力で取り組む体力! 大衆の面前でもパフォーマンスができる胆力! そして、チームを引っ張るカリスマ性……は、まぁ赤井の方があるが……、それでも俺を納得させられるだけの能力はあった! おめでとう、合格だ。次の生徒会長は君だよ」

「ちょっと待てやコラ。お前は……いったい何の話をしている⁉ 生徒会長? 品定め? まったく意味が分からねぇ! つーか質問に答えろ! なぜ俺の家族のことに言及した⁉」

 木場はきょとんとした表情で、

「家族とか身内がいると恥ずかしがって、はっちゃけられない様なダサい奴じゃないと良いなぁって思ったから? まぁ、品定めの一環だ。赤井は惜しかったなぁ。彼女が見に来てるのに負けるようじゃ任せられん」

「その赤井のことは⁉」

「赤井は俺的指名候補の次点だった。柴田くんと赤井、どっちがふさわしいかな、と思って」

「……三橋は?」

「彼女の前で恰好つけられる勝負強さがあるかなー、と思って」

「彼女じゃありません」

「あ、そうなの? じゃあ今が一番楽しい時だな」

(どういう事だ……こいつは本当に関係無いのか……っ⁉)

 混乱して今にも倒れそうな柴田。

「じゃあ、『最後まで楽しもう』とか何とか、意味深な感じで言ってたのは何なんだよ」

「言葉通りだけど? 全力でプレーして、勝っても負けても、楽しかった―で終われるような1日にしようぜってこと」

「し、信じられるだけの根拠は……」

「根拠……根拠ねぇ……俺と加納のメッセージ履歴でも見るか? ほら、最後のやり取りは3年前に終わってるだろ? ちなみに加納とは少し話したことがあるだけで特別仲が良いわけでも悪いわけでもないぞ。ただ同じ学校ってだけで、卒業してからはわざわざ連絡とり合う仲じゃないって感じ」

「加納と敵対してる、とか、ケンカした後、戦友になったりとか……」

「するわけねぇよ。あんなイカレ野郎とつるんでたら内申点に響くだろうが」

 気まずい沈黙があった。

 柴田の中にあった木場への敵対心が急速にしぼんでいく。

「……も、もう一度聞くぞ? 何で俺に執着するようなことをした?」

「だから言ってるじゃない。生徒会長たる器かどうか見定める為―」

 柴田は愕然とした。

「お、おまえ……本気で……」

「おうよ。2期も生徒会長をしてるとな、愛校心ってものも芽生える。それこそここら辺の他校に行くよりも、楽しいイベントが多い西高に進学したいって後輩が沢山いれば良いな、って思うんだ」

 木場の瞳はどこか遠くの方を真っすぐ見ていた。まるで遊園地に行く途中、期待に胸を膨らませ、わくわくする子供の様に。

 それを見た柴田は今度こそ床に座り込んだ。

「バッカじゃねぇの……」

 それは木場に言ったのか、あるいは自分自身か。

 あれほど木場という存在を意識して、敵なのか味方なのかと、安易に結論を出さず、様々な可能性を考えていたというのに。

 家族と流華が危険だと勘違いした瞬間。木場が無関係である、という可能性を失念した。

「副会長にも聞いてみろよ。俺がこの体育祭で後継者を決めるって話してあるからさ!」

 屈託のない笑顔。含みのある笑みだと恐怖していたそれが、まさかこんなにくだらないものだったとは思いもしなかった。柴田は力が抜けてしまって立ち上がれない。

「どんな事情があるかは知らんけどよ、急いで血ぃ止めてくれよ? 俺を脅かすことができる男にこそ、俺の後継にふさわしいからな」

 終始、口を開けていた流華が床に落ちた柴田のTシャツを拾い上げる。

「つまり……誤解……ってこと?」

「そうらしい……」

 柴田が項垂れて返答した瞬間、

 バン! と、思い切りシャツで殴られた。

「だったら謝りなさい! 先輩にすっごい失礼かましたんだよ⁉ タメ口きいてすみませんでした、ってほら!」

 タメ口、とかそういう問題ではないと思うも、もはや言い返す気力は無かった。

「タメ口きいてすみませんでした……」

「はっはっは! いいっていいって! それぐらい気骨のある男だってことも分かったし!」

「会長さん、本当にすみませんでした。シバケンが……」

(お前は母ちゃんか)

 鼻に詰めたガーゼを触ると、血が垂れてくるような感覚は既になく、血が止まったことを確認した。

 今すぐにでもコートに戻るべきなのだろうか、木場のせいで脱力感に襲われていた。

「俺は先に戻る。お前が出てくるまでは試合には出ないつもりだ。他の奴らに全てを任せるのも俺的には構わないけど、お前はそうじゃないだろう? 戻って来いよ」

 そう言うと木場はドアに手をかけた。

「あ、そうだ! 会長さん。お話ついでに私たちの話を聞いてくれませんか。どうしてこうなったのか経緯を……」

「やめとけ、三橋」

 表情が明るくなった流華の言葉を遮った。

「道理じゃない」

「何で……」

「木場さんは関係ない。巻き込んじゃだめだ」

 流華は何か言いたげな顔をしたが、柴田の顔を見ると「分かった」と呟いた。

「お前はやっぱり素晴らしい良い男だ。どうだろう? この体育祭、俺のクラスが優勝したら柴田くんが次期生徒会長になるっていうのは。勝負しないか?」

「あなたを負かす奴に生徒会長をやってほしいんじゃないんですか……? 矛盾してますよ」

「はは、そうかもな! 勉強やスポーツにおいて、この学校に俺を超える奴はいないと思ってる。でも、同時にいて欲しいとも思ってるけどな。……せっかく3年間の青春をかけて、文化祭と体育祭を盛り上げたんだ。後輩には是非、それを受け継いでもらいたい。それができるのは俺を負かすことができた奴だけだと確信している」

「そりゃ、後輩は苦労しますね」

「あぁ……、でも柴田くんならできる」

「買いかぶり過ぎですよ。俺はそんなに有能じゃないし、器用な人間じゃありません。ダサい男ですよ」

「ダサくて結構だ。本当にダサいのは恰好つけるのをやめた男だよ。背伸びして、格好つける。それをやめた男はもはや、男ではない。俺が認める男はダサくても足掻き続ける諦めの悪い男だよ。ん、今、俺、さらりとかっこいい事言ったよな? お前の辞書に赤線引いとけ!」

「っはは、長すぎますよ」

 木場は手を振って去って行く。


「柴田くんなら、できるだろ?」


 やはり木場の笑顔には何か裏があるのではと勘繰らせる怪しさがあった。

 そのミステリアスさが木場と言う男を彼たらしめているだけかもしれないが。

 木場の本心らしき言葉を聞いて尚、その笑みは柴田の頭に疑問符を焼き付ける。

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