第五十八話
スポーツには流れ、というものがある。オリンピックや世界選手権、高校の体育祭でも同様だ。
負けていたチームがたった一つのファインプレーで勢いを増したり、反対に、たった一つのミスが起因し、旗色が悪くなることもある。特に接戦時はこの流れをいかに逃さず、つかみ取れるかが勝負のカギになることがままある。
当初、この男子バレー決勝の流れは1セットを先取した1年A組にあると思われた。
だが、
「っしゃおらぁあああっ!」
拳を天高くつき上げ、喜びを爆発させる木場。
その様子を柴田達が苦々しい面持ちで見た。
「とにかく一本返すぞ! 徹底的に木場以外を狙え!」
スコアボードが示すのは2対10という無情な現実。流れは完全に相手にある。
「とにかく流れを切りたいね」
「あぁ……。予想していたとはいえ、ここまで暴れられるとはな……」
相手チームは2セット目を木場主体の作戦に切り替えてきた。
他のメンバーの実力、連携はそれほど脅威ではない。レシーブやトスが乱れることもある。
何より恐ろしいのはそれを全てカバーする木場の運動性能だ。
高打点のスパイクはブロックを貫通し、こちらの攻撃は悉く防ぐ。
タイミングがずれたセッターの低いトスにも即座に反応し、アドリブでクイックを決める程の高い反射神経を持ち、攻撃に繋げるトス、レシーブも丁寧で隙が無い。まさに完璧。全てにおいて上を行くオールラウンダー。
「お前ら、次に木場が攻撃してきたら3枚でブロックしてくれ」
「おっけー」
「わかった」
「りょ」
どれほどブロックを厚くしたところで木場を止められないのは分かりきっている。しかし、コースを限定し、勢いさえ殺すことができれば自チームの攻撃につなげることも出来る。
できること、考え得る全てを実行し、吐き出さなければ勝てない。
どれが有効でそうでないのかをいち早く知る必要があった。
「シバケン!」
コートに入れるだけの緩いサーブ。柴田は楽々と受け、セッターの長谷川に上げる。
レフト側に向いた長谷川が飛ぶ。
トスはレフト方向ではなく、彼の後ろ、ライト方向へ。バックトスだ。
見よう見まねでも構わない。木場を相手に正面から戦う、それこそ愚策である。成功率など気にするべきではない。とにかく試してあがくのだ。
仲間のスパイクがブロックに衝突し、勢いの死んだボールが相手コートの中央へ。
相手の後衛が反応し、ボールが丁度木場の頭上に上がった。
木場がステップを踏むように後退し、それを確認した柴田が叫ぶ。
「ツー!」
柴田は動き出していた。
二回目のボールコンタクトでのアタック。トスを挟まない攻撃は柴田らの意表を突いた。1年生チームは誰も反応できない。
飛び上がった木場を見た時、柴田はぎょっとした。モーションの途中。木場の射すくめる眼光と目が合ったのだ。
『次のセット。俺は柴田くんしか狙わねぇから』
木場の言葉が脳裏によぎった。
「柴田あああああああああ!」
ブロックを容易に貫通する威力のスパイクがサイドライン際に飛んでくる。
遠い。反応は良かったがライン際ギリギリ。ボールに触れたところで全く見当違いの方向に飛んでいくかもしれない。このまま触らずにアウトを狙った方が賢明だろう。
「!」
否、木場なら入れてくる。木場ならばこの狙いすました一撃を外さない。
柴田は直感した瞬間。地面と平行に飛んだ。
突き出した右手に痺れる程の衝撃が突き刺さる。
ズバン‼ と。
瞬間、ボールが向きを変え、大きく上昇した。
しゃちほこの如く、上体を反って腹ばいに着地した柴田が見上げる。
(上がり過ぎたか……っ!)
ボールは流され、相手コートまで飛んでいくと。
相手コートエンドライン上に落ちた。
歓声と拍手が轟く中、柴田は呆然するところを仲間に揉みくちゃにされた。
「うわあああああ! ナイッスぅぅ‼ 今のよく拾えたな!」
「フライングレシーブできんのかよ! ビックリしたー!」
「マジでヤバ過ぎる! どうやったら今の間に合うんだよ⁉」
「ま、まぁな……」
柴田自身、拾えたことが信じられなかった。
とにかく闇雲に動き、たまたま突き出した手にボールが当たってくれた。10回繰り返して1回成功するかどうかというレベルだろう。しかし、その一回が今、この瞬間に来てくれたのだ。流れを止めるチャンスだ。木場は前衛。レシーブに手は回せない。幸いにも次のサーバーは長谷川。この機会を逃す手はない。
「ナイス、長谷川!」
そして、長谷川のサーブはここに来て、絶頂を迎えていた。鋭く、重く、キレのある変化でアッと言う間に3点を追加した。
相手の後衛はパニック。アンダーで受けるのか、オーバーで受けるのか、迷っている間にボールが胸の辺りに当たって、大きく逸らしてしまう。
「乱れた!」
ベンチ付近まで打ち上がったボールをなんとか修正しようと、相手選手が再び大きく打ち上げた。
これではもうまともな攻撃は出来ない。打ち上がった軌道に目をやり、上を見上げる柴田。
「オーライッ‼」
一瞬、気を抜いてしまった。
木場がいるというのに。
フラフラと流れるボールに合わせて、木場が飛び上がっていたことに気づいていなかった。
「危ない!」
その声がコート上の仲間が発したものだったのか、客席の誰かが言ったものなのかは分からない。
警戒の言葉が柴田の耳に届いた瞬間、彼の視界は真っ暗になった。




