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第五十七話

「正直、思ったほどでもなくね? 会長は脅威だけど、その他の連携は微妙だし、ミスも多い。手ぇ抜いてるんか」

「いや、そうじゃないと思う。得意の木場さんを軸にした攻撃が少なかった気がする。そもそも舐めプすんのは木場さんらしくないでしょ。様子見でもしてるのかもね」

「かぁ~、3セット先取の試合で1セットを観察に使うか普通⁉ 大胆つーか、何つーか……底知れねぇなあの人」

 セット間にベンチに戻り、水分補給する一同。

 1セット先取しただけでも大金星と言える状況にも関わらず、柴田達の表情は明るくなかった。

「盛り上げようとしてるんだろ。ストレートの完封勝利じゃオーディエンスが冷めちまうー、とかそんな風に考えてるんじゃねぇか?」

「よ、呼び捨て……?」

「とりあえず、作戦会議だ」

 部活さながら円陣を組む。

 成り行きで山川がキャプテンになったものの、彼に指令塔としての役割が務まるとは誰も思っていない。柴田が指示を出すことに山川自身も当たり前に受け入れている。

「合計得点が10点になったら、速攻、ツーアタック、フェイクセットをガンガン狙っていこう。失敗してもいいからとにかく、かく乱する動きをしまくって相手のリズムを崩そう」

「木場さんはどう止める?」

「とにかくブロックに飛ぶ。上を飛ばれるのは厄介だけど、ある程度コースを限定できれば何回かに一回は拾えるはずだ」

「シバケンが頼みだね」

「あぁ、それと長谷川は引き続きセッターとサーブを頼むな。皆も失敗を恐れずサービスエース狙うぞ。この流れを切りたくねぇ、攻めで行くぞ!」

「「「「「「おう!」」」」」」

 柴田のプレー方針を聞いた男子達が呼応した。

(失敗を恐れずか……誰が何を言ってるのやら……)

 自分にもできないことを他人に押し付けるべきではない。あーでもない、こーでもない。どうすべきか、どうしたら良いか。散々なやんだ挙句、結局は自分一人で抱え込んだまま。

 今までならそう思っていたし、そうなってただろう。

 だが、今は違う。

 この一か月、体育祭を通じて連帯する楽しさというものが少しは分かってきた。

 好きな女子に良いところを見せたい、活躍して目立ちたい。クラスを総合優勝させたい。

 それぞれの理由やベクトルは異なれど、メンバー全員には共通するものがある。

 皆で勝ちたい。

 その一念が彼らを、そして柴田を突き動かすのだ。


「柴田く~ん!」


 集中力が高まる円陣内の空気をぶち壊すような軽い声が飛んできた。

 第一セットは大人しかった。アフロの巨漢。

 木場だ。

「作戦会議中だ。敵がこっちの面まで来るな」

「固いこと言うなよ。もっと気楽に楽しもうぜ、これは体育祭なんだからよっ」

 どの面下げて……と柴田が歯噛みするが、堪えて、冷静に絞り出す。

「……何か用か」

「次のセット。俺は柴田くんしか狙わねぇから」

「はぁ? 動揺させるつもりかよ。安直だな」

「俺がそういう安い手を使わないのはいい加減分かるだろう?」

「……」

 視線が交錯する。

 訝しむ柴田に対して、木場はいつもの笑み。

「柴田くんなら、逃げないよな?」

 そう言い残すと木場は自分のベンチに戻って行った。

 剣呑な雰囲気に息を殺していた男子達のため息が零れる。

「シバケン! な、なんでタメ口なんだよ! 3年の生徒会長だぞ⁉」

 山川が唾を飛ばして抗議してくる。

「あ、あぁ。まぁ気にすんな。顔見知りだから」

「不良も裸足で逃げ出すくらい木場さんは怖いんだぞ!」

「わ、分かったよ。汚ねぇな、唾飛んでんだ……よ……」

 違和感があった。

 形がなく漠然としていて、はっきりとは言えない。だが、何かがすれ違ったような気がした。ボタンを掛け違ったことに気づいたような、そんな感覚があった。

「シバケン!」

 確かめようとした時、今度は上から声が降ってきた。

 反射的に顔を上げると、人ごみを割って、ギャルが飛び出してきた。

「はぁ、はぁ、さ、3位確定! 私にあんだけプレッシャーかけたんだから絶対勝ってよー!」

 鼻息荒く言った彼女を見て、柴田の顔が綻んだ。

「お疲れさーん、おかげで総合優勝の可能性が残ったわー。任せとけー!」

「みんなも頑張ってー!」

「「「「「「おー!」」」」」」

 流華の登場に気合が入ったのか、男子達の表情が引き締まった。

「流華ちゃんの応援があるとテンション上がるよな」

「さながら命のガソリン」

「何言ってんだ、女子ならもう一人見に来てんじゃねぇか」

「うわっ、秋穂……! 笑顔が不気味だ……」

「なんで何も言わず笑ってんだよ……」

「私がコーチングしてあげたんだから、負けたら許さない的なあれじゃね?」

 軽口を叩く柴田。

 そこへ再三、声がかけられた。

 とても聞き覚えのある声だった。


「健―! 頑張ってねぇ!」


 柴田はげんなりした。

「シバケン、あの人は?」

「母だ」

「隣の美少女は、まさか、嘘やん⁉」

「妹だ」

 頭を抱える柴田。

(あのババア! めちゃくちゃ目立ってんじゃねぇか! 隣の優ちゃんの恥ずかしそうな姿がいたたまれない……)

 偶然にも隣り合ってしまった母親がギャルと親し気に話し始めたのを見た柴田は今すぐ飛んでいきたかったが、それは許されなかった。

 なぜなら、

「1年A組。早くコートに入って。もう始めるよ」

 第2セットが始まるからだ。

 小走りでポジションへ向かう途中、山川が意地の悪い顔で、

「シバケン、家では健って呼ばれてるんだなぁ、えぇ?」

「うるせぇ。俺も納得いってねぇんだよ」

「なんで?」

「誰も俺を正式名称の『健星』と呼ばねぇからだよ」

「だってシバケンの方が呼びやすいやん」

「文字数は変わらねぇだろ! 4文字だぞ⁉」

「そこ、早くして!」

「「さーせん」」

 昔は彼のことをそう呼ぶ人もいた。

 だが、今となっては関係のないことだ。

 第2セットが始まる。




「どーも! 健星の母ですー」

「は、初めまして。同じクラスの三橋と言います」

「栗田です。そちらは……もしかして柴田くんの妹さん?」

「あ、はい。優です」

 観客席通路で挨拶を交わす女子と母。

 保護者席は決勝が行われるコートの反対。今は男子バスケの決勝が行われているため、息子の雄姿が遠くて見づらいと駄々をこねた母が優を引っ張ってここまでやってきたようだ。

「あの!」

 年上ばかりで居心地が悪そうだった優がおずおずと流華の目を見て、

「去年の学習発表会見ました! ダンスでセンターやってましたよね?」

「うんうん、そうだよー! え、何、見学で来てたの⁉ やば、嬉しー!」

「去年の出来が良かったから、今年から有志発表じゃなくてクラス全体でやることになったんですよ!」

「えへへ~、何か照れるな~」

 憧憬さえ感じられるまっすぐな物言いに流華のテンションがぶち上がる。卓球で頑張ったのにまともな応援も無かったことはまだ許していない。有り体に言うと、流華は褒められることに飢えていたのである。

「あら、学習発表会って……、もしかして、健と」

「はい、同じ中学ですよ。あー……まぁ、話すようになったのは割と最近ですけど……」

「そうだったのー、同じ中学の子が進学してたなんて初めて知ったわ。あの子、思春期に入ってからあまり学校のことは話してくれなくなったのよねー」

「思春期の男子はそんなもんだと思いますよー、良く知らないですけど」

「あら、下ネタ? もーやだー!」

「「え?」」

「お母さん! 恥ずかしいからヤメテ!」

 母の袖を引っ張って顔を赤くする優。

 何が起こったのかと、流華と秋穂はポカンとした。

「昔は友達の話もたくさんしてくれたのに……。そういえばあの子はどこの高校に行ったのかしら……えぇっと、確か中学でバスケ部だった」

「もー試合始まるよ! 撮らなくていいの⁉」

 これ以上、身内の恥を晒して、兄に迷惑をかけるわけにはいかない、とばかりに強引に母の意識をコートへ向けさせた。

 その様子を見ていた女子高生二人が苦笑いをする。

「あんまり柴田くんっぽくないお母さんだね」

「あは、確かに~、妹ちゃんの方がシバケンっぽいかも」

 そんな和やかな女子トークをよそに、第2セット開始の笛が鳴らされる。

「ショーゴ! フォーム大事だよお! 教えた通りぃ!」

 同時に突然の爆音が隣から発生。

 秋穂の可愛らしい顔と小柄な身体に似合わぬ声量に流華がギョッとする。

「? どうかした?」

「ん、んーん! なんでもない! お母さんとか妹ちゃんとか、意外な事ばっかりで……」

「?」

「あーほら、山川が打つよ!」




 大縄跳びですっかり戦犯扱いの山川。クラスメイトから野次が飛ぶ。

「ちゃんと決めろよ省吾―!」

「足引っ張んじゃねぇぞハゲェ!」

 散々な言われようだが、サーブエリアに立つ山川の顔は真剣そのもの。動揺した様子など微塵も感じさせない。ボールをバウンドさせ、タイミングを計っている様だった。

 緊張が会場中に浸透し、静まった時、

 山川が動く。

「あのアホ!」

 秋穂は彼らにバレーのあれこれを教えた。時間が足りないのもあって教えることができたのは基本ばかりだった。

「ジャンプサーブなんて教えてないっ……」

 長谷川に可能だったのは天性の勘の良さ、器用さがあった故。

「ぶっつけ本番なんて」

 飛び上がった山川。お世辞にも綺麗とは言えないフォーム。

 だが、力任せに打ったサーブは前衛の上空を超え、ネットを超え、ついには相手の後衛も超えて、エンドライン際に落ちた。

 ボン、と鈍い音が響き、

「どっち⁉」

 一瞬迷ったエンドラインのラインズマンが旗を振り下ろした。

 同時に笛が鳴り、歓声が上がる。

「危ないよぉー……」

 秋穂がへにゃへにゃと崩れ、流華の肩に倒れ込む。

「おっとっと……でもまぁ、先制点だし……まぁ、顔は腹立つけど……」

 サービスエースを決めた山川。

 翼の様に両手を広げ、煌々とした照明と歓声を全身で浴びている。

 山川の先制点という絶好のスタートを切って、決勝第2セットが始まった。

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