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第五十六話

「今回、俺はリベロを辞める」

 柴田の発言に他の6人が目を丸くした。

「な、なに言ってんだよ。シバケンがまともにプレーできるわけないやん!」

「うるせぇな、いろいろ考えた結果。守備に徹するよりも攻撃に重きを置いた方が良いって結論に至ったんだよ。……いいか?」

 相手は木場の攻撃力を主軸としたチーム。彼のスパイクを防げる可能性があるのはこのチームでは唯一、柴田だけ。だが、それも完ぺきに抑えられるという保証は無く、また自信もない。ならばいっそのこと、柴田も攻撃に回った方が得点の機会が増えるのでは、と考えたのである。

 たとえスパイクが下手でもネット際にふわりと落とし返す程度なら可能であり、このチームで最も身長が高い柴田を無視できないはずだ。更に、高身長を活かしたブロックも有効だろう。

 相手は圧倒的に格上。どの道、得点しなければ勝てないのだから、慣れない前衛に回るのも致し方ない。

 柴田がこれらの根拠を説明して尚、メンバーは難色を示した。

「シバケン、サーブできないやん」

「実は密かに練習したから大丈夫。ママさんバレーみたく、下から腕をぶん回せばなんとか入る。それに……」

 柴田は山川を指差した。

「お前がアタックで得点してくれりゃ、俺のサーブミスなんて大した問題じゃないだろ? 頼むぜ、キャプテン」

「いつから山川がキャプテンになったのさ……」

 山川はとても頼もしい顔になって親指を突き出した。

「それと長谷川。ちょっとやってほしいことがあるんだけど……」

「?」

 こうして始まった男子バレー決勝。

 全校生徒が揃う開会式の盛り上がりも壮観と呼べるものだったが、現在、この第一体育館には全校生徒の倍はいようかという数の観戦客が詰めかけている。

 チーム関係なく、得点する毎に歓声が沸き上がり、応援チームの攻撃の度、テレビでよく聞く、『ニッポン、チャチャチャ』が歌われる。

 およそ、高校の体育祭では珍しい程の盛り上がりの中、仲間がサーブカットしたボールがネット際へ打ち上がった。

 助走をつけた柴田が飛びあがった。

「ちっ……!」

 タイミングが早過ぎる。前衛の練習は全くしていないのだから下手で当然だ。

 だが、

 タイミングが合わず、最高到達点より落下し始めたその瞬間、柴田は指先でボールを押した。

 方向が狂ったボールが緩やかに相手ブロックをすり抜け、

 ピッ、と短く笛が鳴らされる。

「おっしゃあああああああああ!」

 着地した柴田の下へメンバーが駆け寄って歓喜の声を共に上げた。

「やらしい攻撃~! 敵さんイラついてんなぁ!」

「乱れてもいないのに、2回目のボールコンタクトで返してくるとは思わないよね」

「次はどうする⁉」

 口角を上げる仲間たちの顔が見える。

 柴田はいたずら好きの少年のように笑って、

「長谷川、頼むわ」

 ボールを手にした長谷川がスキップ気味にサーブエリアへ向かう。

「おい少し下がれ! あいつ、めちゃくちゃ飛ばしてくるぞ!」

 相手チームの男子が声を張り上げた。

(せいぜい警戒するが良いさ。ここまで、長谷川に全力サーブをさせてきたのはこの為なんだからなぁ)

 ネット越しに木場が見える。

 焦りの色が伺える他の男子とは違い、無表情のままじっとこちらを見ている。

(……本当、何なんだよ……。サーバーを見ろって)

 試合直前まで観客を煽って盛り上げていたのが嘘のようだった。

 プレーとプレーの合間、もう何度も木場と目が合っていた。

 大量リードされているというのに、彼からは余裕すら感じられる。

(このセットは捨てるつもりか……。完璧主義で熱くなるタイプだと思ったんだが……)

 恐怖を伴う疑念は拭えない。だが、今はこのセットに集中すべきだ、と柴田が低く構える。

 プレーが再開される。

 ボールを二度床で跳ねさせ、長谷川が歩き出す。

 瞬間、前衛の木場の眉が僅かに動いた。

 成功率はそれほど高くない。休み時間と練習の合間に遊びでやっていたのを見ただけ。

 だが、柴田は長谷川の器用さを信じた。

 プレッシャーに弱いという彼の為、舞台を整えた。安心して失敗できる大量リードのこの状況、必ず成功する確信があった。

 歩き出した長谷川はその流れで軽くトスを上げると、軽く叩いてボールを打ち出した。

 何の変哲もない、ともすれば初心者が打つようなサーブ。

 実際、その通り。初心者が早いうちに習得するサーブである。

 だが、

「お……おああああ!」

 勢いのない直線的な軌道がネットを超えたあたりで急激に変化した。

 慌てて飛びつく相手の後衛。

 突き出した右腕に弾かれボールが、審判の後方へ飛んで行った。

 ピッ。

「よっしゃあああああああああ!」

 長谷川が雄たけびを上げた。

「めっちゃ落ちるやん! フォークの変化は全然つかないのに!」

「うるさい。今のは野球で言うところのフォークじゃなくてナックル。無回転だよ無回転。今は下に変化したけど次はどう変化するか分からない」

 後方の賑やかな声を聴きつつ、柴田はじっと観察していた。

 それに気づいたネット越しの木場が話しかけてくる。

「急にフローターサーブか、やるねぇ」

「名前を知ったのは昨日だけどな」

 軽く笑った木場はそれ以上は何も喋らず、今しがたレシーブミスをした男子に声をかけに言った。

「……」

 得点により、サーブ権は継続される。ボールが長谷川に返却され、プレーが始まる直前、前衛で構える柴田は一瞬、後ろを振り返った。

 長谷川と目を合わせ、小さく頷く。

 合図だ。

 ボールを床で跳ねさせ、長谷川が走り出す。

 先ほどよりも速く、トスも高い。

「下がれ!」

 木場が叫んだと同時に長谷川が飛んだ。

(歩き打ちは変化するフローター、走り出したら鋭いジャンプサーブ。気づくの早いって……。でも、読んでるぜ、気づくことは!)

 完璧なタイミング。長谷川が最高到達点でボールを芯で捉えた。

 先ほどよりも速く鋭い。だが、これまで打ってきたジャンプサーブにしては勢いがない。

 回転のないボールが軌道を右下方向へ変化した。

 ジャンプフローターだ。

「マジか……」

 柴田はボールを見ない。

 驚いた表情の木場を見た。

 笛が鳴らされ、スコアボードに24点目が刻まれた。

「直前のフォームで見分けられると思ったか?」

「ははっ、あぁその通りだ。歩けば緩い変化、走れば鋭い直線ってな。いやいやまさか俺が気づいて助言するのを読まれるとは……、柴田くんは意外と姑息だねぇ……」

「負けられねぇからな……、頭でも何でも使わねぇと」

「ふふ、まだ何かあるのかな? 次のセットが楽しみだ」

 笑う木場、睨む柴田。

 それを見た長谷川が呟く。

「頭脳戦みたくしてるけど、頑張ってるの俺だからね?」

 そして同時に、木場のクラスの後衛も呟く。

「まだマッチポイントだからこのセット続いてるんだよなぁ、木場よ……」

 そしてすぐに第1セットが終わった。

 25対12。木場率いる3年生チームが1年生に負けた。その事実に西高生徒は沸き、ギャンブルに参加している工業生徒は愕然とした。

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