第五十五話
「アイツ、全然来ないじゃん……!」
三橋流華は唇を尖らせ、不機嫌さを全開にしていた。
女子卓球三位決定戦。割と死に物狂いで勝ち取ったというのに、頑張りを見て欲しかった少年の姿は観客席のどこにも見当たらない。第二セットの途中まではいたはずだが、試合が終わる瞬間には立ち会っていなかった。
「流華―、お疲れ様―!」
「あ、うん、ありがとー。なんか応援少なくない? 結構頑張ったのにさ、寂しいんだけど—」
隣の卓で女子の決勝が始まろうとしているのだが、両者の応援はまばら。いくら卓球が不人気だとしても十人程度しか集まらないのは普通のことだろうか。
自分の知らないところであくせく動いているであろう柴田は置いておくとしても、流華の友人達の他にクラスメイトすら来ていないのは結構ショックだった。
「しょうがないって、だって今、男子バレー決勝始まってるんだもん。生徒会長のチーム対ウチのクラスだよ! 私も早く見たいから流華も上がって来てよー」
これが注目度の差である。思わずがっくりと肩を落とす。
「表彰式あるから、私は待ってなきゃいけないの。先に行ってて」
紗季は軽い調子で返事をして、さっさと会場から出ていく。
他の友人たちも移動を始め、流華はいよいよ独りぼっちになってしまった。
「……ったく、シバケンは私を誰よりも応援しなきゃいけないでしょうが」
壁際で立ち尽くしていると、誰もいなくなったはずの上階から明るい声が飛んできた。
「流華―! シバケンから伝言あったんだった!」
こちらを見下ろす紗季の顔があった。
「終わったら、アイス奢るってー! なんか約束でもしてたん?」
「そんなとこー」
失礼なのか律儀なのか。とにかく柴田らしいな、と微笑む。
「ねぇねぇ、誰もいないから聞きたいんだけどさー」
「何―? 早く行かないとバレー始まるよ?」
声を抑えた紗季が内緒話をするように言う。
「シバケンのこと気になってる?」
「……」
流華はやや黙った。慌てて反論すれば「そういうことなんだー」と決めつけられてしまうからだ。
それから改めて向き直った。
冷静に、それでいてはっきり言わなければならない。
「いや全然気になってるとかそんなことないし、同じ中学だったから最近話すようになっただけで。大体、高校に入って色んな人がいるのに、わざわざ今更、同中と付き合うとか意味分からないじゃん? そもそも、あいつって見栄っ張りだし、ボッチだし、モテないし、どっちかと言うとネタキャラじゃん? 好きになる要素なんて」
紗季がぽかんとした。
「オタク特有の早口?」
「ち、違う!」
整然と「ない」理由を言ったはずだったが、紗季はニヤニヤ口の端を歪めている。
勘違いされていそうだが、これ以上必死になってはそれこそ怪しい。
流華は鼻を鳴らして、そっぽを向く。
「うーん、私はあんま知らないけど~、シバケンにボッチの印象ないけどな~? よく山川とか長谷川とかと一緒にいるじゃん」
「ま、まぁ、最近はそうだけど」
「それに結構モテるんじゃない?」
「は、それはない」
「だって~、さっき、他クラスの女子から写真お願いされてツーショットしてたよ? 意外に人気あったりして~、あはっ、背は高いし、この二日間で結構目立ってるし……ひっ」
ペラペラと話しかける紗季が、そこで思わず一歩後ろに下がりそうになった。
ギャルの目がとんでもなく冷たかったからだ。
「その話、詳しく」
女子卓球の決勝やしょぼい表彰式など知った事ではない。
「表彰式まで待機していてくれ」と言う係の制止を振り切り、紗季の手を引っ掴んで第一体育館へ驀進。
バレー決勝の全てを見ようというわけではない。ちょっとだけ、ちょっとだけ様子を見よう。
第一体育館観客席出入り口の扉を開け放つと、音の洪水が流れてきた。
観客席はほぼ満席。他競技の準決勝、決勝も行われているにも関わらず、全校生徒のほとんどが詰めかけている。
テレビ中継でしか見ないようなリズムに合わせた拍手やら掛け声やらが飛び交い、気温も二,三度高いのか、じっとりと汗ばむ熱気で満ちる。
白熱。
まさにそんな言葉がピッタリだ。
甲高いホイッスルの音が響き渡ると、会場は狂気した。
通路に溢れた人ごみの中を縫うように移動し、流華と紗季はやっとの思いで1年A組の客席にやって来た。
生徒用客席は一般客のものと仕切られているため、それほど混雑はしていない。
視界が開け、ようやく全容が見えた。
流華は飛び込んできたその光景に絶句する。
「お、すごー! 3年生相手にリードしてんじゃん!」
呑気な紗季の感想はその通りだ。
だが、
これは、凄過ぎではないか?
試合は始まったばかりのはず。
流華は自分の見間違いではないか、と何度もスコアを確認する。
第一セット、21対12。
柴田達、1年A組が10点差近くリードしているではないか。




