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第五十三話

 クラス対抗大縄跳びは学年ごとに行われる。

 午前最後のプログラムであり、各会場に散らばっていた生徒たちが第一体育館に集合していた。

 飛べた回数順に順位が決定され、最後まで残ったクラスがこの競技の優勝クラスとなる。他学年と競うわけではないため、当然初参加となる1年生にとっては救済的な競技となる。

 体育教師の号令がかかり、生徒たちが所定の位置に着く。

 柴田は縄を回す役割である。

 別に目立ちたいわけではないのだが、身長が高い者が回す係になるのは当然であり、半ば自動的に決定した。

 両端には女子が配置し、男子は中央付近に集まるはずだったのだが、

「なんでお前が先頭なんだよ」

 山川が目の前にいた。

「しゃあないやん。先頭って意外と高く飛ばないといけないし、ここの担当だった子が代わってほしいって言うんだもん」

「背が低い運動部って言ったらお前が適任ってことね……」

「そうだけどムカつく!」

 とはいえ、特に問題は無い。

 強いて言えば、弾む双丘を特等席で見られなくなったことは残念と言えるだろうが。

「体育の時間に一回練習しただけで、大丈夫なんだろうな……。いやまぁ、クラス全員が放課後集まって練習するのは無理だとは思うけど」

「大丈夫やろ~、他のクラスも一回練習しただけらしいし、条件は一緒のはず……つーか、シバケンは回すだけじゃん! 飛ぶ方の身にもなれよな、結構プレッシャーなんだぞ!」

「バカお前、回す方もしんどいっつーの。なるべく飛びやすくする為にすっげー大きく回してんだぞ。縄振り回してスクワットしてるようなものだ。小さい奴が羨ましいぜ」

「低身長サベツー!」

 山川の抗議を聞き流しつつ、体育教師の姿を横目で追う。ホイッスルが開始の合図である。

(諸先輩方はどれだけ飛ぶのか知らんけど、10回飛べたら良い方かも……?)

 軽口を叩く柴田は内心、ドッキドキだ。

 何せ、頑張るのは飛ぶ側であり、柴田にできることは殆どない。

 終幕が近づくこの局面で、他人に成否を委ねなければならないのはとても歯がゆい。

 昨日の昼休み、『対決・木場』に並び、彼ら1年生にとって貴重な得点源であることを踏まえても、どうにかここで好成績を残しておきたい。

(考えてもしょうがない……か。なるようになってくれ……)

 クラスの団結を信じるしかない。

 体育教師が笛を吹き鳴らす。

「よっしゃああああ! ミスった奴ぁ、ジュース奢りなぁ!」

 山川の勇ましい号令に合わせ、大繩が動き始める。

 反対側にいるもう一人の回し役と呼吸を合わせ、柴田の腕に力が込められる。

「いっせーのー……せっ!」

 タイミングはどんぴしゃり。

「いーっち……っ!」

 ドン! と1年生総勢240人分の着地音が響いたと同時。

 パシン、と乾いた音がした。

 1年A組の大繩が無情にも地べたに横たわる。

 悲嘆するわけでも笑いが起こるわけでもない。気まずい沈黙が支配した。

 次々と回数を重ねる、隣のB組の賑やかさと対比になって、痛々しい。

 呆然とするクラス。やがて、ざわざわと動揺し始め、誰が失敗したのかと冗談半分に責める者、それを止めようと諭す者が現れ始めた頃。

 柴田の目の前。

 名状し難い複雑な表情をした坊主が恐る恐る手を上げた。

「ご……ごめんちゃいっ!」

 誰よりも早く、柴田は戦犯野郎の尻を蹴飛ばした。




戦犯やまかわ。集合写真撮るってさ。皆、本気で怒ってるわけじゃないから入れよ」

「……ぐすん」

 完全に慰められ待ちだと柴田には分かっていたので、ここはフォローが十八番の長谷川に任せる。

 わざと失敗したわけでもないのだから、あまり責めすぎるのも可哀想だと思った柴田。

 だが、聞くところによると、山川は周囲の反対を押し切って、先頭の位置に代わってもらったらしい。つまり、女子が山川に頼んだのではなく、目立ちたいがために無理やり配置を変更した、ということだ。

(擁護のしようがねぇ……まぁ、一時的なノリだし、別に良いか)

 全体的に、やれやれ、といった空気が流れている。本気で彼を責めているわけではないのだ。今日が終われば笑い話になっているだろうし、山川的にも鉄板ネタができてオイシイのかもしれない。

 クラスの写真撮影を終えて観客席に戻ると、1年生中にとあるノリが流行していた。

 秋穂とミッコがスマホ片手にやって来た。

「柴田くん、撮ろうよ!」

「ん……少し屈んで。デカすぎて画角に収まらない」

 ミッコにシャツの裾を引っ張られ、前屈みになる。

 スマホの内カメラに収まるように微調整する二人に戸惑いつつ、柴田もとりあえずカメラを見て笑ってみる。

「こ、これ何。なんであっちこっちで撮影会が始まってるの? コスプレしてる奴とかいないよね?」

「イベントに写真は付き物。撮りたがるのは当然」

「なるほど……」

 撮るよー、という掛け声の後、わざとらしいシャッター音が鳴った。

(こういう時、どんな顔すれば良いか分からねぇな……。笑えばいいと思うよってか? うるせぇよ)

 こうして非常にシームレスに記念写真を撮れるのは彼女たちが日ごろからSNSの為に撮影という行為を頻繁にしているからかもしれない。

 乗り遅れていると思われたくないが為に、柴田もSNSアカウントは持っているが、常日頃から投稿をしているわけもなく、ほったらかしである。当然、自分が映った写真をアップしたことも無い。

 辺りを見回すと、能動的に写真を撮っているのは女子が中心だ。わざわざ男子だけで撮影している者は少数だった。

「やぁ」

 傷心の山川でも誘ってやるか、と思っていると、意外な人物に声をかけられた。

「赤井……」

 とっさに秋穂の顔を見てしまう。

 彼女に変わった様子は無く、動揺している風でもない。

 堂々とカップルで記念撮影か? と喉まで出かかったが、どうやら彼の目的はそうではないらしい。

「あの~、一緒に撮りませんか?」

 赤井の一歩後ろに女子生徒が立っていた。

 小さい顔にポニーテール。Tシャツの袖を肩まで捲り、いかにも活発という印象を与える少女だが、遠慮がちに赤井の陰に半身を隠している。

 誰だろう、と柴田が顎に手をやる。

「俺のクラスの川合さん。一緒に写真撮りたいんだってさ」

 自分はいつから人気者になったのだろうか、と少し恥ずかしくなる柴田。

 少し緊張するも断る理由は無い。二つ返事で引き受ける。

 隣に川合がやってくる。遠慮がちだったのは一瞬で、距離が近く、表情も一変して明るくなった。これが本来の性格なのだ。

「バレー見てたよ、スゴイ上手なんだね~! 決勝も出るんだよね⁉」

「あ、あぁ。そうだよ」

 直球で褒められると少しむず痒い。

 距離感の近さも相まって、少しのけ反る柴田。

「じゃ、撮るよー」

 そう言ってシャッターボタンをタップする時、彼女の腕が柴田の肩に回され、上体が触れ合った。

 パシャリ。

(俺、今ヤバい顔してた……? すっげーダサい、決定的瞬間が収められた気がする……)

 柴田が腕に感じた幸福な柔らかさを反芻していると、川合はスマホを操作しつつ言う。

「イ〇スタやってる? フォローしても良いかな⁉」

「あぁ、ちょっとまってね。えぇっと……IDは……」

 SNS上で相互フォローになったのを確認すると、川合は手を振って自分のクラスに帰って行った。

 可愛らしい少女とお近づきに慣れる予感に柴田は鼻の穴を膨らませた。

(僥倖)

 中学の時、初めて流華を見た時の印象と重なる雰囲気があったな、と感じる。

「流華ちゃん、芸能人みたいだね~」

 秋穂が言い、柴田が観客席の後方に目をやる。

「アイドルのチェキ会かよ」

 そう例えられるほど、流華は男女関係なく大勢に囲まれていた。

 たった一人の女子に舞い上がっていた柴田とは大違い。慣れた様子で次々とポーズを変え、レンズに向かって笑顔を振りまく。ちょっとしたプロフェッショナルすら感じさせるほどだ。

「柴田くんはいいの?」

「何が?」

「え……。流華ちゃんと、写真」

「俺が? 何でだよ。はははっ! 三橋だって俺とのツーショットなんか要らねぇだろ」

 柴田以外、3人が同時に驚いたような顔をした。

 次の瞬間。

「え、ちょ、ちょっと! 何、何で押すの!」

「いいから行ってこい」

「ミッコちゃん⁉ いつも思うけど、言葉足りなさ過ぎじゃないかな⁉」

「私は的確なんだ」

 あれよあれよという間に後方まで運ばれる。

 人ごみを押しのけ、流華の目の前に吐き出された。

「シバケン? 何、撮りたいの?」

 意地悪で蠱惑的に笑う流華。

「あぁ、何でか知らねぇけど、撮らないって選択肢は許されないみたい、い、痛! ミッコちゃん叩かないで!」

「私が撮ってやる。並んで」

 状況的には流華の方が困惑しているはずだが、柴田の脳内にも沢山の「?」で埋め尽くされていた。

 二人が並び、

「3、2,1」

 パシャリ。

 スマホの画面を見たミッコが珍しくニヤリとした。

 無言で突き付けられた画面は柴田にとって喜ばしいものではなかった。

「何これ、証明写真? シバケン、顔硬すぎっしょ」

「お前も似たようなもんだろうが!」

 柴田と流華がおでこが衝突しそうな距離でにらみ合うが、流華と写真を撮りたい者はまだ多く、アイドルの握手会スタッフの如く、紗季が柴田を剥がした。

「本当に何だったんだ今の時間は」

「ふっふっふ、記念写真は大事。待ってて、今送ってやる」

 柴田としてはあまり見返したくない写真だ。隣に女がいてガッチガチになった自分など、見ても恥ずかしい以外の感情が浮かばない。

「送った」

 ミッコから送信された写真は複数枚あった。

 今撮ったツーショットだけではない。バレーの試合中のもの、土嚢運びのもの、その他競技の応援をしている場面や休憩中に撮影されたと思われる何でもない写真もあった。中には柴田すら映っていないものも混じっている。

「これは……?」

「写真が趣味だから。クラスの写真をたくさん撮っている」

「そうか」

 今朝、登校する前に自宅で見たテレビを思い出した。

「…………ラッキーアイテムか……」

 最後に送られたのは流華と柴田のツーショット。

 やはり、柴田の表情は硬く、緊張している様子がはっきりと映し出されている。

 苦笑する柴田はそれら全てを選択し、自身の写真フォルダに保存した。

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