第五十二話
観客席に戻った柴田。
流華の試合が終わり、彼女も二階に上がってきた。
ひとしきり紗季やその他の友人達と話してから、トボトボと柴田のいる場所までやって来たのだが。
「……」
途中からの観戦となったが彼女の活躍はかなりのものだった。終わってから知ったことだが相手選手は中学の時、卓球部に所属し、昨年の体育祭で優勝したこともある先輩だったのだ。言うなれば、女子の部における大本命、優勝候補だったのである。
だから負けたとて流華が責められるいわれはない。むしろ、ここまでよく勝ち進んだと褒められてしかるべきである。
「そんな悲しい顔するなよ、こっちまで責任感じるわ。本当によくやってくれたと思ってるぞ」
「そうだよ流華ちゃん! ここまで来れたことがすごいことだって! それに、まだ3位決定戦もダブルスも残ってるんだし、しょんぼりしてる暇ないよ!」
柴田と山川の二人がかりで励ましても流華の表情は暗いままだ。
優勝に貢献してくれようとするのは大変ありがたいことなのだが、柴田は何より、その結果で責任など感じてほしくない。
彼女の負けず嫌いな性格も起因しているだろうが、やはり柴田の事情を知ったことで『勝たなければ』という気持ちもあったのかもしれない。
「ほ、ほら、アイス奢ってやるよ! 行こうぜ!」
ポケット内の小銭を取り出して数える。
こんな時、女性の扱いに慣れていないと機嫌をとることができない。自分の恋愛経験の無さを苦々しく思う柴田。
すると、俯きがちの流華がぽそりと言う。
「恥ずかしい……」
一体なにが恥ずかしいんだ、と聞き返す。彼女に恥じるべき点などないはずだ。
「あんなに格好つけて、あっさり負けてめっちゃダサいじゃん私ぃっ! 私が優勝させる的なテンションだったのにストレート負けってマジであり得ないでしょ! 女子の皆は無邪気に労うし、あんた達は慣れないフォローまでするし。あーもう、あんなドヤ顔なんてするんじゃなかった…………」
せきを切ったように捲し立てる姿を見て、柴田が破顔した。
「んだよ、そんなこと気にしてんのかよ。俺は全然気にしてねぇよ? 『私はそんなにか弱くない』だっけか? あれ嬉しかったな~。珍しいもん見れたし俺はもう大満足だ」
「っだぁああああ! 黙れぇ!」
振り回されるラケットと脚を避ける。彼女の激しいツッコミにもずいぶん慣れてきた。
「え、つーか。流華ちゃんは、その、色々知ってるの?」
「あぁちゃんと言ってなかったか、成り行きでな。俺から話したんだよ」
柴田がひらひらと手を振り言うと、後方より忙しない足音が複数。
やってきたのは同じクラスの男子達だった。見知ったバレーメンバーではない。全員他の競技に出ている者たちばかりだ。
何事かと柴田が目を丸くした。
全員が頭を下げたのだ。
「すまん、シバケン! 俺たち負けちまった……。できる限りのことはしたんだけど、表彰台にも上れなかった……」
男子ソフトボール、バスケの選手達だった。
普段はノリの良い野郎どもが、がん首揃えて真剣な顔をしていた。
柴田はため息をついてから、
「どいつもこいつも何なんだよ。ははっ、体育祭なんだからもっと気楽にやれよな。いやマジメに楽しむってのはスポーツ的に良いことだけどさ。俺以上にストイックになられたら逆にこっちがプレッシャー感じるわ!」
「い、いやでもさ。優勝しなきゃヤバいだろ……。加納達も来てるんだろ? お前、ただじゃ済まなくね」
「そんなこと何週間も前から分かってたことじゃねぇか」
「で、でもさ。これだけ工業の連中が来てたら流石にビビるよ……。今になって事の重大さが分かって来たって言うか……」
反対コート側の応援席には西高生ではない若者の姿がちらほら。明らかに生徒の家族ではなさそうな者も多い。
それらを横目で確認して尚、柴田は言う。
「大丈夫だ。加納が番長だったとしても工業生全員を従わせてるわけじゃねぇ。そもそも体育祭ギャンブルは秘密裏に行われているわけだし、不良映画みたく百人対俺一人なんてとんでもない構図にはならねぇよ」
「でも! 加納はヤバい奴だし、万が一ケンカにでもなったら……」
「だから大丈夫だって! そん時はそん時。実は俺って結構強いんだぜ。競技シーンじゃイマイチだけど、身体能力のスペックには自信があるし、力押しの殴り合いなら負けねぇよ!」
「そ、そうなの⁉ 流華ちゃん⁉」
急に聞かれた流華。片方の眉を上げながら、
「まぁ確かに……。結構強い、らしい……かも?」
おぉ! と男子達が沸き起こる。
しばらくして、安心したのか、男子達はぞろぞろと観客席から出ていく。
「流石シバケンだな~、加納相手にやる気だぜ」
「いや~良かった良かった! 最悪、俺たちも加勢に行かなきゃって思ってたけど、シバケンなら大丈夫だよな! 頼りになるわ!」
「バレーの応援行くからなー!」
口々に言う男たちの背を見送る柴田の額に汗が浮かぶ。
「シバケン、あんた本気で言ってんの?」
「最悪の場合に備えて、一緒に戦ってくれって頼んだ方が良かったんやない?」
山川の当然な指摘が突き刺さる。
(もう今更しょうがねぇだろ! あいつらを争いごとに巻きも見たくねぇし、何より、今さっき言ったことを訂正すんのは格好悪い! つーか知らねぇところで俺の評価が上がってる⁉ 格闘家でもない普通の高校生が一対多数の喧嘩で勝てるわけねぇだろうがっ!)
見栄と虚勢を突き通す男、柴田健星。いよいよ後がなくなってきた。
今、どのチームが生き残り、どこまで記録を伸ばせば優勝できるのか。改めて確認して、そんなことは既に不可能だったと分かってしまうのが恐ろしい。しばらく第一体育館の順位表は見たくない。
「じゃあ、流華ちゃん。悪いけど俺たちは準決勝があるから。シバケン行くぞー」
山川が扉から出ていくのを確認して、柴田は流華に向き直る。
普段の柴田らしくなかった。いつもの悪い癖によって勝手に追い詰められていたのだ。
「な、なに……私もすぐにダブルスの試合があるんだけど」
正面で流華の両肩に手を置いた。
流華の目が泳ぐ。オロオロする女の子を正面で見据えて柴田は、
「死んでも勝て!」
「え、えぇ……」
先ほどと言っていることが真逆だ。
元より負ける気など彼女にはなかったが、流華は面白くなさそうに唇を尖らせる。
「アイス……絶対奢ってもらうから……高いやつ……」




