第五十一話
加納は仲間たちと自慢のバイクに跨る。
駐輪場に人影は無く、タバコをふかしても咎められることはない。そもそも彼らは西高の生徒ではないのだから教師に見つかったところで何の問題も無い。はぐらかせば良いだけだ。
「うっは~! それマジで⁉」
仲間の一人が吹き出した。
それにつられて他の仲間たちも笑う。
そんな中で、加納だけが不機嫌を隠そうともせず、苛立たし気に煙を吐く。
加納は一昨日から昨日にかけて追加で金を集めた。柴田には知られないよう、目標金額の30万を集め終わって尚、ギャンブル参加者を募り続けたのだ。
加納がスマホの画面を手下たちに見せつける。映されているのは帳簿。合計の欄には45万近い数字が記録されている。
「ヤッバ! 目標よりもはるかに稼げてんじゃん! すっげぇ……さすがとしきだわ~。本当に柴田のクラスが優勝すれば丸々俺らのものってことだよな⁉ ははっ、真剣に応援してこようかな」
「お、俺も行くかな、本気で優勝してほしいわ!」
加納の舌打ちが興奮する男達を制した。
「馬鹿かお前ら。何で俺たちがそんな事しなくちゃならねぇんだ? 俺たちは胴元だぜ、賭けの結果に関わらずテラ銭が入ってくる仕組みだ。どこのクラスが勝とうと関係ねぇ。一定の金は必ず手に入るんだ。まぁ、誰も賭けてねぇ柴田のクラスが勝ちゃ総取りになって最高だがな」
「テラ銭だっけ……? そ、それっていくら?」
加納が何度かスマホを操作し、改めて見せた。
「え……これって……」
男たちの表情が固まった。
29万円。目標金額を下回っていた。
低く掠れた、まるで洞窟の奥に潜む怪物が獲物を確認したように、加納が喉の奥で笑った。
頭の悪い男達でもすぐに分かった。「このテラ銭の設定ははわざとだ」と。いくらでも控除率は変更できるというのに、わざとこの金額になるように設定したに違いない。
「この一か月チマチマ面倒臭ぇことを続けてきたんだ、当然金はいただく! だがな、柴田の考え通りに事が進んで、はいサヨナラってわけにはいかねぇ! 上手く立ち回って俺を躱し続けるなんざ甘いんだよ………………。ムカつく、本当にムカつくな……柴田柴田柴田ぁ、お前はどうあがいても絶対にコロス。優勝とか約束とか目標金額とか関係ねぇ、俺を舐めんじゃねぇぞ、あぁっ⁉ 舐めた目で! 口で! 俺に逆らうんじゃねぇぞカスがぁっ! コロス、絶対にコロス!」
男たちも、スマホも見てはいない。加納は虚空に目を落として叫んだ。
「お、落ち着けよ、としき。そんなに拘らなくても良くね? 金は十分あるんだし、いつも通り適当にシメれば……」
そう言った男の唇にスマホが突き刺さった。
激痛に悶え、低い悲鳴を上げながら地面を転がる。
加納にいつもの邪悪な笑顔はない。能面のように真顔だった。
男たちの顔が引きつる。
冷え切った空気は氷のようで、誰一人話すことができなくなった。
彼らでさえ初めて見る加納の発露は異を唱えることを許さない。
加納を咎める者は誰一人おらず、彼を避けるようにして男たちは負傷した者の傍でしゃがみ込んで介抱する。
「何見てんだ、あぁっ⁉」
一瞬、自分たちに言われたのかと思い、肩をびくつかせる不良たち。
恐る恐る周囲を見渡してみると、体育館の玄関口、顔も判然としないほど遠くの方でこちらを見ている男がいた。
スポーツに適した服装とは言えず、西高の生徒ではなさそうである。
「誰だ?」
「さぁ……。としきの声に反応しただけだろ?」
加納がズカズカ歩き出し、威嚇すると、目撃者は慌てて館内に引っ込んでいった。
「ちっ、お前ら、目立つことすんじゃねぇぞ。体育祭が終わるまでジッとしとけ」
負傷した男は「お前が言うな」と喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。




