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第四十九話

「よくやった三橋! マジ助かった!」

「流華ちゃーん、ナイスゲーム! ありがとーう!」

 上階の客席より拍手と歓声が送られ、流華は得意げにガッツポーズをした。

 試合内容としては危なっかしいもので、最終セットのデュースを制し、なんとか勝利をもぎ取った感じである。

 隣のBコートでは卓球男子準決勝が行われているところであり、内田が暴力的なまでの実力を見せつけ、得点ごとにクラスメイト達が大騒ぎしているのが見える。

 柴田がいる客席からスコアは小さくて見えづらいものの、審判が内田側の点数を機械的に捲っているのを見るとやはり圧倒的なのだと分かる。

「まさか卓球でここまで行けるとは思わなかったな。男女混合ダブルスもあるしこれは相当順位も伸びるぞ」

「それな! 内田と流華ちゃんさまさまですわ! あとは俺たちバレー組とリレーで決まるって感じやで~!」

「はぁ、全部俺が出る奴じゃねぇか……。圧倒的に負けてたら覚悟もできるってのに、なまじ希望が残っていると思うと、どうにもプレッシャー感じるな。ソフトボールも男女共に全滅だし……」

「でも、結局やるんだろ?」

「そりゃそうだろ……。ってか、やるしかない、だけどな」

 流華と別れ、2階席に移動してきた柴田はなぜか当たり前のように卓球を見に来ていた山川と観戦していた。

 山川曰く、「他校の可愛い女子が来てるかもしれないだろ? スポセン内をパトロール中であります!」とのこと。

 各競技の得点一つ一つに一喜一憂し、神経をすり減らしている柴田とは反対に、この坊主頭は気楽なものだ。

「5分休憩の後、すぐに女子準決勝だっけか」

「そうそう。もし勝てば2位確定。負けても3位決定戦が残ってるぜ」

 バレーの試合まではまだ猶予があるため、二人はこのまま流華の応援を続けることにした。

「可愛い子いた?」「いたけど……な?」「あぁ、理解した。ごめん」などと駄弁っていると、階下から騒がしい声がした。

 手すりに手をかけ、身を乗り出して真下を覗き込むと、いたのは流華だった。

 プレー中はそうすると決めているのか、珍しく髪をポニーテールにしていた。

「二人とも応援の声うるさ過ぎだから! 集中したい場面でもあれじゃ集中できないじゃん! とくにシバケン! 点取られただけで慌てすぎ、奇声あげてるだけで全然応援じゃないし!」

 流華の友達も応援に駆け付けているのだが、そちらの方には目もくれず文句を飛ばした。

「はは……盛り上がるかなと」

「せめて、選手がサーブする瞬間は静かにして。マナーでしょ」

「マナーって所詮内輪ノリに過ぎないと思うんだ。卓球観戦なんてしたことないからそう言われてもな」

「アホか! 周りが静かにしてたらそれに倣えば良いっしょ!」

 プンスカ怒りながら流華が奥に引っ込んでいく。

 一階と二階の距離のおかげで手や足が飛んでくる心配がないので柴田は余裕をもって笑った。

 その様子を見ていた山川は不思議そうな、また、驚いたような顔で、

「本当に付き合ってないん?」

「はぁ? 三橋と? だから付き合ってねぇって!」

 今のやり取りでなぜそんな事を思えるのか。柴田は必死になって否定した。そんな勘違いをされては流華に迷惑である。ましてやつい先ほど、女子内の面倒くさい事情を聞き齧ったばかりだ。ここははぐらかしたり、冗談でも肯定してはいけないのだ。

「ホンマか~? お前も体育祭マジック狙ってんちゃいますのん?」

「しつこい。ずっと思ってたけどエセ関西弁もしつこい」

「長谷川なんか朝から紗季ちゃんの周りウロウロしてチャンスを待ってるし、秋穂に彼氏ができたことで女子達もそういう話題に敏感になってる。今が最高のタイミングだって男子の何人かはアタックしかけてるらしいぞ。シバケンも流華ちゃん狙ってんちゃうの~? んん~?」

「鬱陶しい……。今は彼女うんぬんよりも今日という日が無事に終わってくれることの方が大事だ。んな浮ついたことやってられねぇよ。大体、『も』ってなんだよ? 誰かが三橋狙ってんのか?」

「そりゃそうよ! 顔強くてスタイル良くて、頭良いしノリも良い、モテない方が不自然だろ。今頃、流華ちゃんが一人になるタイミングが来るのを待ってる男子が何人もいるはずだ!」

「三橋に彼氏ねぇ……」

 流華の交際事情を詳しく知っているわけではないが、昔、噂を聞いたことがあった。

 思い出されるのはバスケ部の先輩だった男の顔。傲慢なほど自信に満ち溢れ、利己的で攻撃的な男だった。

 柴田が加納を潜在的に嫌っているのは単に彼がヤンキーで柴田を目の敵にしているからだけではない。どこかあの男に重なる部分があるからだろう。

(嫌な奴を思い出した……)

 柴田は小さく舌打ちをした。

「彼氏いたことあんのかな? 何かそういう話知ってる?」

「知らねぇよ。中学ん時は話したことも無いって前言っただろ」

「え~、噂くらい聞いたことあるだろ~、小さい中学校だったんだろ?」

「しつけぇなぁ、知らんもんは知らん!」

 山川の追及を躱しつつ時間を潰す。

(待てよ、もしかして山川は三橋の事が好きなのか? うん、まぁ、もしそうだったら頑張れとしか言えないな。札幌で話した時は完全に脈が無さそうだったことは伏せておこう)

 などと失礼な考えていた柴田だったが、山川は単に周りの友人たちに恋人ができることによって独りになることを恐れているだけであり、特定の誰かに好意を寄せているわけでは無い。「彼女欲しい~」と口癖のように言いながらも具体的な行動は起こさない典型的な非モテの言動。ただそれだけの事である。

 そんなやりとりを5分ほど続けて、ようやく山川が大人しくなった。

「シバケンは俺の仲間ってことで良いんだな? 本当に良いんだな?」

「はいはい、そうですそうです。俺に彼女はいないし直近でそういう関係になりそうな女子もいません。これで良いか? はぁ……ったく、長谷川だって上手くいくとは限らねぇのに何焦ってんだよ……」

「ズットモだぜ、俺たちはよぉ!」

 とても良い顔で嫌なことを言った。

 二人は握手をし、独り身同盟をここに結成した。

「抱きつくな! 暑いし汗臭いんだよ! ほら準決勝始まるぞ!」

 階下の流華が熱く抱擁を交わす野郎二人をゴミでも見るかのような表情で見上げていた。

「お、おー……。頑張れよー!」

「流華ちゃん、ここ勝ったら表彰台確定だぜ! 頼むよー!」

 激励の声をかけるが流華の表情は変わらない。むしろより険しい顔になった。

「なんだその白けた顔は⁉ こっちは割と真剣に応援してるんだぞ! もっと気張っていけぇ!」

 現時点で勝ち進んでいる1年A組のチームは男子と女子のバレー、内田と流華の卓球だけである。1年生が二日目のこの時点でこれだけ残っていること自体、大健闘と言えるのだが、柴田が狙うのはさらに上、総合優勝だ。

 どう計算してもそれぞれの競技で準優勝、最低でも3位に食い込まなければ勝機がない。

 頭の良い流華ならその辺りの事情を分かった上でプレーしているはずなのだが、


「シバケン! 後ろ!」


流華が上ずった声で叫んだ。

表情が一変。目を見開き、何かを指差した。

それは、柴田。

否、

その奥。

自分の背丈と同程度のどす黒い影が知らぬ間に後ろにいる。そんな感覚に襲われた。

たばこに匂いに気づいた瞬間、全身の毛穴が開き、警戒信号が全身を駆け抜ける。

 振り向く。それだけの単純な動作を最大の警戒をしながら行うと、


「よぉ柴田ぁ。遊びに来たぜぇ」


 何を考えているか分からない瞳、犬歯をむき出しにした凶悪な笑顔が間近にあった。

「加納」

 柴田は目の前の男の名を口にすることしかできなかった。

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