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第四十八話

 赤井率いる1年E組に辛くも勝利した柴田。

 決勝トーナメントには6チームが出場し、内2チームはシードである。つまり次の試合が準決勝なのだが……。

「……ふぅ……」

 柴田は昨日と同じように第二体育館ロビー横の休憩スペースで缶コーヒー片手に一服していた。

 決勝戦に勝ち進めば木場がいる3年C組と当たることは必定。その木場が今まさに第一体育館のコートで大暴れしているのだが柴田はソファに寝転ぶ。

「正直、木場を偵察したってテンション下がるだけだし。加納と出くわさない様にこうやって隠れて休んでいた方が百倍マシってこと」

 ごろりと寝返りをうって本格的に休み始めた彼を見て、流華が眉を顰めた。

「内田の個人・男子準決勝がそろそろ始まるけど?」

「それまでには行くよ。まぁ、応援なんか無くたってアイツは勝つだろうけど。ここまでほとんど完封試合ラブゲームなんだろ? 全国大会経験者が素人相手に負けるとは思えん」

「まぁそうだけど」

 頭だけを流華の方へ向けて柴田が今更な質問を投げる。

「つーか、三橋はなんでここにいるわけ?」

 言い終わると同時にピンポン玉が飛んだ。ぺちん、と柴田の額に直撃。

 向かいのソファの前に立つ流華が、信じられないといった顔をした。

 柴田が「なにすんだよもう」と床を転がるピンポン玉を拾い上げた時、理解した。

「予選突破したんです?」

「……」

 それはもう見事な仁王立ち。喋らなくても分からせる凄みを放っている。

 柴田はソファの上で正座の姿勢を取り、猛烈に後悔した。

(や、やっちまったぁ! 女子の応援ほとんど行ってなかったなぁ……。体育祭ギャンブルのことを知ってるのは男子だけだからそっちばっかり気を取られてた! 女子の活躍は栗田さんの女子バレーしか期待してなかったとは言いづらい……)

 しかし、今ここで「悪ぃ、悪ぃ。まさか勝ち進むなんて思ってなくてさ」などと言ってしまったが最後、彼女からの信用はマリアナ海溝より深く底に沈むかもしれない。

 よって柴田は

「い、いやー流石っすね! 三橋さんなら行くと思ってましたよ! 決勝トーナメントはぜひ応援させていただくつもりですから! いやーそっかそっかぁ、三橋さんも突破してくれたとなるといよいよ優勝が現実的になってきた気がするなぁ! はっはっは!」

「絶対忘れてたでしょ。私はちゃんとバレーの応援行ってたのに」

「いえいえまさかそんな!」

 手を揉んでへらへら笑って見せる。

(協力してくれるとは言ってくれたけどまさか本当に勝ち進むとは……)

 昨日、柴田は流華に全ての事情を打ち明けた。

 なぜ相談してくれないのか、と叱責されたのを思い出す。

 一度咳払いをしてから、声の調子を落として柴田が尋ねる。

「あ、あのさ……協力してくれるのは嬉しいんだけどさ……その、俺の為にとかあんまし気にすんなよ? あー、ほら、これは元々俺が撒いた種だし三橋が必要以上に責任感じる必要はないわけだし」

「また言ってる……」

 流華がため息をついて自分のこめかみのあたりを人差し指で抑えた。

「舐めんなよ」

「えぇ……」

 柴田を睨みつける視線が鋭くなり、柴田の目が泳ぐ。

 木場の迫力を猛獣とするなら、流華はナイフのそれだ。

 美人の怒った顔は苦手な柴田。ここ最近は随分と見慣れたが、それはそれとして怖いものは怖いのだ。

「私はそんなにか弱くない。まぁ安心して見てなって。優勝は分からないけど良いところまで行ってみせるから」

 あまりに格好良すぎる。思わず笑ってしまった。

「や、やだ惚れちゃいそう」

 流華は照れ隠しのツッコミなのか、ラケットの柄の方を振り下ろし、柴田の側頭部にクリーンヒット。

 悶絶して蹲る柴田を見て、流華は満足げに笑った。

「それよりさ、アイツ……もう会った?」

「いってぇ~……んぁ? 何、誰?」

 こめかみのあたりを擦りながら柴田は脳内に「?」を浮かべた。

「加納か? 多分来てると思うけどまだ会ってねぇよ。俺が逃げてるってのもあるけど、山川とかからも居たって連絡はないな」

 空き缶を捨てつつ答えると、小さな舌打ちが聞こえてきた。

「何やってんの……あのバカ……何の為に誘ったのか分かんないじゃん」

 ぶつぶつ言う彼女の独り言を柴田は聞き取れなかった。

 なにやらお怒りの流華。楽しい話題はないものかと頭を巡らせる。

「そ、そういや。栗田さんが赤井と付き合ってるって噂聞いたんだけど、それって本当なのか? 女子なら何か知って」

 言い終わる前に流華が右手を伸ばして口を塞いだ。ほとんどビンタのような形になり、唇の裏が痛い。

「誰から聞いたの⁉」

「い、いや誰って言うか……、バレーメンバーは知ってる感じだけど……」

 流華の手をどけながら少しだけ嘘を交えた。

「それ誰にも言わないで!」

「あん? 別に言いふらすつもりはないけど……。付き合ってるのが事実なら周りの人たちが気づくのも遅かれ早かれじゃね? なんでそんな必死?」

「女子には色々あんの! とにかく誰にも言わないで! 分かった⁉」

「わ、分かった分かった。とにかく離れろよ……」

 柴田にも様々な事情があるように、女子にも事情というやつがあるのかもしれないな、と柴田はとりあえず結論付ける。

(イケてる女子が赤井を狙っていたけど、そんなこと知らない栗田さんが付き合っちゃったもんだから人間関係がギスギスしてるとか、まぁそんなところだろ。はぁ~嫌だねぇ! 誰が誰と付き合ってるとか、世界が狭すぎだわ!)

 恋愛一つしたことない童貞の分際の柴田。経験がない故に悩んだことも無いのでその手の悩みの話において彼は無敵である。

「面倒だな~、堂々としてりゃ周りも受け入れるだろうに……」

「シバケンみたいに何でもかんでも正面突破で生きてる人間ばかりじゃないの。微妙で曖昧なコミュニケーションの上に女子の交友関係は成り立ってんの」

「あれ、俺、馬鹿にされてる?」

「別に」

 何だか先ほどから言葉に棘があるような気がして、柴田はげんなりした。

 別に真っすぐ生きようとしているわけではない。ただいつもどうしようもない状況になって、やるしかない展開に追い込まれているだけなのだ。

(まぁでも、悪い気はしないか……)

 その姿を見て『正面突破』と評価してくれる人がいるならそれはそれで良いかもな、と納得する。

 絶対に言わないで、と何度も忠告してくる流華をなんとか宥める。

 ここまで執拗に言われるとむしろ『フリ』なのではないかといたずら心が沸き上がるが、柴田としても秋穂、流華をはじめとした女子達を敵に回したくはない。いたずら心に蓋をする。

 それからくだらない会話のラリーをしていると、卓球の試合時間が近づいていた。

 卓球の平均試合時間はバレーやバスケよりもずっと短く、流華の出番はすぐにやってくるだろう。

 ここまで応援の一つもしてこなかった償いも兼ねて、せめて応援の言葉でもかけてやろうとコート入り口の扉まで並んで歩いて来た。

「三橋はどうなんだ? もし彼氏ができたら秘密にして付き合う派なのか?」

「は、え……う、うーん……どうなんだろ」

 彼女は少し戸惑いながら柴田を見た。

「ほーん、意外だな。三橋なら『隠すとか意味分からんし、逆に見せつけたろ的な⁉』って答えが返ってくると思ってた。意外と乙女かよ……ってちょっと待て! それはピンポン玉を弾く用のラケットだから! 俺の頭用じゃねぇから!」

 流華の振り上げた腕から距離を取る。

「体育祭マジックってのは本当にあるかもしれないぞ。赤井と栗田さんもそうだったかもしれないだろ? せいぜい観客に見せつけてやれよ。未来の彼氏が見に来てるかも……おい、蹴るのは無し! お前、少し前に俺の金玉蹴り上げたの忘れたのか⁉」

 飛びのいた柴田は背を向けて走り出す。


「応援してるからなー!」


 第二体育館も第一と造りはほぼ同じ。二階に客席があり、見下ろすように観戦ができる。柴田は階段を駆け上がっていく。

 扉の前に残されたのは少女一人。


「ほんっっっとに、っっっもぉぉ!」


 誰もいなくなった廊下で叫んだ。

 身体の内側が痒い気がして落ち着かないのだ。

 少女はラケットを力いっぱい握り締め、左手で扉に手をかける。

 そしてもう一度、今度は心の中で叫んだ。

(ムカつく!)

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