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第四十六話

「っしゃぁああああああ!」

 1年E組の選手が吠えたと同時に短いホイッスルが吹き鳴らされ第2セットの決着が告げられた。

 応援と拍手が上階より降り注ぎ、全身を叩く。

「はぁはぁ……あ~クッソ!」

 山川がシャツの裾で汗をぬぐう。

「逆転負けか~!」

 言いながら柴田を含む選手たちが市中の外側を通って各ベンチに帰っていく。

 決勝トーナメント一回戦。1年A組対1年E組。

 決勝トーナメントに勝ち進んだ1年生同士の対戦とあって同級生のギャラリーが大勢詰めかけていた。二回戦以降は上級生とあたることが決定しているため、お互いに『勝てるとしたらこのチームしかない』と考えていた。その為、応援にも力が入る。先にも触れた工業生や他校の見物人も多く、昨日とは比べ物にならない歓声が会場を賑わす。

「1セット取られただけだ。第1セットは俺たちが取ってるしイーブンだろ」

 あくまで冷静に柴田が言う。

「でも、リードを捲ってアイツら調子づいてるやんな。特に赤井がなぁ……。正直、俺の身長じゃブロック行ってもあんま意味ないって感じだし……シバケン、ちょっとブロック行ってみる?」

「シバケンは試合前にリベロとして登録してるから前衛には回れねぇよ」

 皆、真剣な表情だ。インターバルであっても集中力を切らさず、意識はコートに向いており、それでいて楽しんでいる。そんな表情だった。

 スポーツに向き合う姿勢が柴田とは違う。

 彼にとってスポーツとは課題であり、こなすものである。元々の運動音痴もあって団体競技に良い思い出は無いし、どちらかと言えば嫌いな方だ。人生を振り返ってみれば心からスポーツを楽しんだことが一度でもあっただろうか、と疑問が浮かんでしまう。

 乗り越えたことは何度もある。もちろん、そうでなかったこともある。

 だが今目の前にいる野球部達を見てはっきりと思う。

(成し遂げたことは絶対に、一度も無いな……)

 楽しみながらも本気で取り組む彼らを見ていると自分の薄っぺらさが恥ずかしくなる。

 大量の歓声と衆目に晒され、柴田はやや委縮すらしているというのに彼らは緊張など微塵も感じさせずにプレーに集中しているように見える。

 もっとも、先ほどからライン際に落ちるボールを拾い、アタックを当たり前にレシーブしている所を見ると、柴田も十分に堂々とした態度なのだが。

「シバケンさん! 何か良い作戦無いっすか⁉」

 本当に楽しそうだった。

(俺が言い出しっぺだしな……)

 柴田は立ち上がり、ベンチに座るメンバーの前に立つ。

 不思議な心地よさ。期待されて自分に酔ういつもの感覚とは少し違う。もっと熱く、力強い何かを感じる。手先が冷たくなっても、鼓動が早まっても。それでも尚、腹の底から沸き起こる興奮が柴田を支える。

「赤井のローテに合わせて俺が受けよう」

「その心は?」

「相手チームは赤井の決定力に頼った攻撃偏重のプレーが目立つ。その一方で、赤井が後衛に回った時の攻撃力はそこまでだし、そもそもレシーブの連携が粗末だ。つまり、重要なのはいかに赤井の連続攻撃を凌ぐか、という点にある」

「お、オタク特有の早口?」

 茶化す山川を濡れタオルでしばき回してから続ける。

「赤井が前衛に出る。後衛には俺がいる。赤井が打つ。俺が拾う。誰かが返して得点。そういう感じだ、簡単だろ? 赤井の攻撃を最短で終わらせるんだよ」

 言い終わると皆が吹き出した。

「んじゃ、シバケン頼んます~!」

「あ~あ、お前が上げられなかったら俺たち負けちゃうのかぁ~」

 軽口を叩いてコートに戻ろうとするメンバー。

「あ、あのな。そうは言ったけどこれはあくまで理想だから。臨機応変に対応して皆で頑張ろうってそういう……なぁ⁉ 聞いてる⁉」

 抗議の声を無視して今一度円陣を組むA組。ギャーギャー騒ぐ柴田も無理やり引っ張られる形でその輪に加えられる。

 左右で肩を組み、全員の顔が見えるようになると山川が言った。

「んじゃあ、シバケンの天才的な戦略とプレーに期待して第3セット行きますかぁ!」

 おー! と野郎ばかりの低い声が響く。

「俺たちの師匠である秋穂はこの試合を見に来ていない! きっと別会場で暴れまくってる頃だ! さっさと終わらせて俺たちの勝利を届けようや!」

 笑いの混じった怒号が発せられる。

(こういう感じ、やっぱり良いな……。おもしれぇ……!)

 そして、締めの言葉「絶対勝つぞ!」を言いかけた時、メンバーの一人が腰を折った。


「え、秋穂ならE組の応援席にいるじゃん」


 一同の時間が止まる。一瞬何を言っているのか理解できなかった。

 自然とお互いの顔を見つめ合う奇妙な間が生まれる。

「それ、どゆことよ」

 山川が目を丸くして聞いた。

「なんか、赤井と付き合ってるって聞いたけどな。実際に俺たちの応援にいないってことはやっぱりそうなんじゃね? 知らんけど」

 怖くて誰も観客席の方を見ようとしない。柴田は誰の目も見ずに震える声でひとり言のように言う。

「そ、そういえばさ……、昨日の昼休み、俺、赤井と会ったんだよね……。なんか……彼女と待ち合わせるとか言ってた……」

「昼休みと言えばよぉ、昨日の昼休み入った時、秋穂の奴、観客席にいなかったよな? あれ、どこ行ってたん……?」

「栗田さん、遅れて帰って来てたよな……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 沈黙する一同。

 相手チームは既にコートに入り準備万端のようで、主神の笛の音が鳴らされてA組が注意を受ける。

「まぁ……秋穂は別に良いけどな。物好きもいるもんだなー」

 全員が山川の言葉を待つ。

「とはいえ……、とはいえだ……」

 珍しく低く落ち着いた声。よく見れば震えている。きっと怒りに違いない。

 アホのリーダー。アホでもリーダー。集中力を切らしかけているメンバーに最高の言葉をかけた彼はやはり1年A組のリーダーなのだ。

「彼女持ちぃぃぃっ! ぶっっっ殺すっっっっ‼」

「「「「「「おお!」」」」」」

 憎き『彼女持ちのイケメン』を打倒を成し遂げるため!

 心を一つに1年A組男子バレーボールチームが今、立ち上がる!

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