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第四十四話

 高校入学から早2か月が経過した。この時間に起床するのもずいぶん慣れたし、今では目覚ましが鳴る直前にアラームを解除できるようになった。

 早朝5時29分。カーテンを開けて朝日を浴びながら柴田は伸びをした。

 別にスッキリ起きられたわけではない。目が覚めた瞬間今日という日が憂鬱過ぎて、いてもたってもいられなくなっただけである。できることなら身支度などしたくはないがそうも言っていられない事情があった。

 今日は柴田の運命を決する勝負の日だ。

 自室を出て、顔を洗い、朝食を摂る。

 パンと目玉焼き、インスタントのスープとサラダを高速で胃に流し込む。いつもならその「味わうって何?」的な食事のやり方に小言を言う母親だがどうにも今日は様子がおかしい。食後にわざわざ剥いたリンゴまで出してくれた。

「何か嬉しそうだね」

「そりゃ息子が何年振りかに本気で走るって言うんだもん。楽しみにしない親がいようか⁉ いやない!」

「はぁ⁉ 見に来る気かよっ! やめろよ恥ずかしい、小学校の運動会じゃねぇんだぞ」

「でも別に親が見に行っちゃいけないってルールは無いんでしょう? だったら良いじゃない、端っこの方でバレない様に大人しくしておくからー。それに今日は土曜日だし親とか他校の生徒も来るんじゃない? お母さんが混ざってても変じゃないと思うけど」

 学校祭ならいざ知らず、体育祭の応援・見学というのはあまりイメージが湧かない。

 柴田は歯を磨きながら母親に抗議するが、押し問答になった時の母親は強い。息子とは比べ物にならないほどの忍耐力を持っているのだ。数分ほど進展のないやり取りが続いたところで息子が先に折れた。

「頼むから目立つなよ⁉」

「分かってるってー♡」

 言いながら慌ただしくジャージに着替える。当然だが今日は校舎に行くこともなければ教科書が必要になることも無い。申し訳程度の整髪料で髪型を整えて、タオルや制汗スプレー、シューズと着替えをスポーツバッグに詰め込み身支度を終わらせる。

 それでも合間ににスマホを見ていたりすると時間はすぐにやってくる。

 上に羽織るジャージをリビングに取りに行くと、普段なら気にも留めないテレビの星座占いがちょうど放送中だった。

 やめておけ、と心の中の冷静な自分が制止を勧めるが、

『残念! 最下位はおとめ座のあなた~。今日は勝負弱い一日です、重要な勝負は次の機会にした方が良いかも⁉ ラッキーアイテムは『大切な人の写真』です!』

 時すでに遅し。

(最悪だ……。こんな日に限って嫌なもん見ちまった……)

 出かける前から出鼻をくじかれた思いだ。後悔の念に苛まれ肩を落とす。

「おはよ~…………」

 大切な人の写真……、大切な人の写真かぁ……、とぶつぶつ言っているところに寝起きの妹がやってきた。中学生の妹は休日のはずだがいつもと同じ時間にリビングで麦茶を飲む。

「……まぁ…………これで良いか……」

 スマホを構え、寝ぐせバッチリの無防備な姿をパシャリ。

「いてきまー!」

 烈火の如く突進してくる妹の気配を背中で感じながら柴田は家を飛び出した。




 6時30分。いつも使う駅のホーム、いつもと同じ時間。いつもと違うのは利用客があまりに少ないということだ。

 柴田を含めホームで列車を待っているのはたった5人。休日の早朝とあって近くの街の高校に通う顔見知りも見当たらない。

(俺が使う間は廃線にならなきゃいいけど……)

 田舎路線の財政状況を憂いつつ滑り込んできた車両に乗り込む。

 ステップの一段目に足をかけた、

 その時。

 柴田は駅舎の方を振り返った。

 何故かは自分でも分からない。意味なんて無いただの気まぐれだったのかもしれない。

 生き別れた兄弟がいた気がした、とか、引っ越してしまった初恋のあの子がいた気がした、とかそういう大層なものではない。

 ただ、

 ただ、何となく。


 とても久しぶりな感じがした。

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