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第四十一話

「シバケン、ごめん。だからさ、その……呆れた感じヤメテ……ね?」

 柴田の周囲数名は冷ややかな目で長谷川を迎えた。

「俺結構頑張ったよね⁉ なんでそんな冷たいんだよ、もういい! 罰ゲームでもなんでもやってやりますよ! そうだ、紗季ちゃんのケツバットだったっけ⁉ さぁ、遠慮なくどうぞ!」

 紗季の前に立ち、尻を向けて受け入れ態勢を取る長谷川だったが、

「いや普通に無理……」

 罰ゲームがご褒美になってしまうどうしようもない癖を知ってしまった紗季がドン引きしていた。

 どういうこと⁉ と騒ぐも誰一人目を合わせない。

「三橋、蹴ってあげたらどうだ? ちょっと可哀想になってきた」

「無理過ぎるし」

 紗季ににべもなく断られた長谷川が泣きついてくる。

「確かにポイントは取れなかったけど、結構良い線いってたよね⁉ シバケン、これはあまりにあんまりなんじゃない⁉」

「お前、わざとミスしたろ」

 長谷川に言い放つと、全てを理解したらしい長谷川はスッと席につき、以降、この件について何も言わなくなった。

 柴田は切り替えるため、一度皆がいる観客席を離れた。

 皆といると楽しいのだが、彼にはやらねばならないこと、考えなければならないことが沢山ある。バカ話をしながら体育祭を純粋に楽しむわけにはいかない立場だ。

 観客席の一番後ろ、ランニングスペースにもなっている広い空間に移動した。

(2年生もパーフェクト無しか……。長谷川の失敗は痛いけど、ポイント獲得者が一人もいないなら、順位は伸びも開きもしない。他クラスに有利にならないだけでも得と考えよう)

 だが、この昼休みの生徒会イベントは無視できない。

 身体の成長、経験に勝る上級生は圧倒的に有利であり、実力一つで総合優勝を目指すのはやはり難しいと言わざるを得ない。

 この昼休みの『対決・木場』は木場会長に挑戦するという体を装って入るものの、その実、不利になりがちな1年生の救済措置なのではないか、と柴田は考えた。

(アナウンスちゃんが女子の参加を促したこと、野球部が有利にならない特殊なストラックアウトをやったことからも分かるように、これは体育祭が単に運動神経の競い合いにならない為に企画されたんじゃないか……。だとすれば、これはチャンスだ。1年生の俺たちが優勝するにはこの昼休みでの得点が必要不可欠だ)

 だが、同時に問題がある。

木場に勝てる程の人材がクラスにいる確率が低すぎるのだ。否、全校生徒の中に一人でも存在するのか、というレベルだ。

 本当に練習もせずにアメフトボールを完璧に投げられたとすればそれは間違いなく天才と言えるだろう。文武両道を極めたような人間。そんな男に勝てる程、一芸に秀でた人材がクラスにいて、なおかつその分野で勝負できるゲームでなければ勝機は無い。

 例えば、たまたまクラスにけん玉のチャンピオンがいて、たまたま生徒会が考えたゲームがけん玉になる。その位厳しい条件なのだ。

 少々間の抜けた仮定とはいえ、おそらく木場はけん玉であってもかなりの腕前を持っているだろう。

 柴田は再び呟く。

「無理ゲー……」

 考えても仕方が無いのだが思わずため息が漏れる。

「やぁ、柴田くん。長谷川くん惜しかったね、あと少しで木場さんに並べたのに」

 横合いから爽やかな声があった。

 振り向かなくても分かる。赤井だ。

「そう思うならもっと残念そうな顔してくれる? 目の前のチャンスを馬鹿の性癖で逃した俺は今、落ち込んでんだ。その余裕たっぷりの微笑みがストレスですらある」

「いきなりひどいな。悪いけどこれが俺のニュートラルな顔だから変えられないよ」

「何か用か? 愛しの彼女との逢引きは済んだのか」

「うん、あまり人目につきたくないからね」

 前髪を払いながら赤井は言う。

「さっき、言いかけた話。やっぱり伝えておこうかと思ってね」

 柴田の腹の底が急速に冷え込む。

「加納が恐れているかもしれない誰か……ってやつか……」

「実際は敵か味方か分からないけど、知らないよりは知っていた方が良いかと思ってね。あくまで可能性として考慮に入れておいてほしいんだ」

「分かった分かった、回りくどい。さっさと言えよ、だれがジョーカーかもしれないんだ? もったいぶらずに言ってくれ」

 僅かに逡巡して、赤井はおそるおそる人差し指を向けた。

 指したのは階下のコート。

 筋骨隆々のミニアフロ。

 木場だ。

 柴田は一瞬眩暈がして手すりを掴む。

「マジで言ってんのか……。いやまぁ、味方ならこれ以上ないくらい頼もしいけど……」

「そう、まだ分からない。もし加納側にいるなら接触することすら危険だね。裏切りがバレるし、最悪、木場さん本人から狙われることにもなるかもしれない……。身体能力、スペックをみても加納よりこっちの方がヤバそうだ。柴田くん、いざという時は木場会長と戦う自信ある?」

「冗談だろ……。あんなハイスぺ超人、相手にできるわけねぇ」

 マイクパフォーマンスで観客を盛り上げる木場を眺めると、柴田の背中に冷たいものが伝った。手先が冷え、鼓動が早まるのを感じた。

 文武両道の超人気者。生徒のカリスマ。憧れを集め、嫉妬すら届かないだろうと思える男が敵かもしれない。その可能性一つで恐ろしい怪物に見えてくる。

 柴田は一度深呼吸をして赤井に尋ねる。

「木場会長は中央中学出身だったよな、加納もか?」

「うん、そうだけど……どうかした?」

「いや……。その二人って仲が良いのかなと思って」

「どうかな……。少なくとも俺は話しているところすら見たことないね。木場さんは中学でも生徒会長をやっていた優等生だったし教師ウケもよかったと思うよ。だからこそ二人の関係は見えないし、敵か味方か判別が難しいんだ」

「ヤンキーと生徒会長……普通に考えれば繋がりなんて無いわな……。実は木場会長が裏番長で、加納と仲良し、あるいは敵対してたってことは?」

「いつの時代のヤンキー漫画? それにやんちゃな奴らは何人も知ってるけど木場さんの話をしていた人はいなかったはずだよ」

 使えねぇな、と喉まで出かかったが、すんでのところで言葉を飲み込む。赤井は有用な情報を伝えてくれたかもしれないのだ。それに、現状、優勝を目指すクラスメイトの他に事情を知る協力者は赤井だけだ。くだらない失言で台無しにしてはいけない。

「それで、赤井はどうして加納が木場会長を怖がっていると思ったんだよ。二人のこと全然知らねぇじゃん」

「加納の仲間達が木場が、木場が~って言ってるのを聞いたんだ。西高には木場がいるってことを何故か気にしていたんだよ」

「は、それだけ?」

「俺はあいつらと付き合った時間だけは長い、不本意だけどね。でもだからこそあいつらがビビったり、警戒しているときの雰囲気は分かる。余裕なんか全然ない様子だったよ……。それに、加納の強さを知ってる取り巻き達があそこまで警戒する理由が分からなかったのもある」

「そこで、あいつらにとって木場が天敵だから、って可能性が浮かんできたと……」

「うん、そしてこれは今日知った情報なんだけどね、木場さんと加納の繋がりがないって言ったけど、実は一つだけあったんだ」

「それは……」

「小学生の時、同じ空手教室に通っていた……、らしい……」

「はぁ……そ、それだけ?」

「うん、それだけ。…………ね、曖昧で不確定な情報でしょ?」

「あぁ全くその通りだよ! 根拠として薄すぎるわ! だから言ったでしょって顔すんな!」

 とはいえ、赤井の情報には一考の余地がある。

 1年A組が優勝できなかった時点で柴田の計画は破綻してしまうのだから、なにか保険を作っておきたかった。そのためのジョーカー。

 敵か味方か、という状況だが見極めるためには接触する他はないだろう。

 上手くいけばこれ以上ない手札になってくれるはずなのだから。

「どうするつもり?」

 座席の前の方で山川が忙しなく呼んでいる。何かあったのかもしれない。

 柴田は努めて涼しい顔をしながら自分のクラスに戻っていく。

「高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応していくしかねぇだろ」

 赤井が呆然としながら呟いた。

「まるで中身がない……」

「誰のせいだと思ってんだよ」

「柴田くんでしょ」

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