第四十話
『さぁ、全出場者が揃いました!』
暑さにやられていた空気はどこへやら。ドォッ、という大きな歓声が起こり、生徒全員がコートに注目する。
『まずは基準となる木場会長からプレイボールです! 持ち球は全部で9球! 会長のスコアが悪ければ悪い程、皆さまの得点チャンスが大きくなります! 皆さまご唱和ください。さぁご一緒にぃ⁉ はーずーせっ、はーずーせっ!』
「「「「「はーずーせっ! はーずーせっ!」」」」」
突然毒舌と化した進行役に会場は大盛り上がり。一つになって、はずせの大合唱。
これで良いのかと苦笑するが、気づけば柴田もその和の中にいた。
『ははははは! 良いぞ副会長! そうだもっと盛り上げてやれ! どうせすぐ青ざめるんだからなぁ! 行くぞおらぁあああ!』
木場が籠の中に入ったボールを雑につかみ取ると、そのまま力任せに投擲した。
会場の全員が軌道を目で追う。
ボールは回転がかからずメチャクチャな動きをして、
ズバァン!
5番のパネルを直撃した。
「「「「「はぁぁぁあああ⁉」」」」」
どうしてその軌道で成功するんだ、と会場がどよめく。
『き、木場会長、見事にど真ん中です! 5番を抜きました!』
『いやぁ、回転加えないとダメだね! 次は調整しまーっす!』
あっけらかんとした調子で言うと、木場は再びボールを掴む。今度は握りを確かめるように何度か持ち直した。
会場の興奮冷めやらぬ中、指の位置を確認して第2投。
スパイラルがかかり、ボールは安定した球速を保ちつつ真っすぐ伸びていき、
『お、お見事ぉ! 1番を抜きました! わずか1球で修正してきました! これはどこまで記録が伸びるのでしょうか!』
『おやおや、もう負けを認めちゃったのかにゃ⁉ まだ二球しか投げてないんだぜ⁉』
「うるせぇ、さっさと投げろー!」
「やっぱ練習したんじゃねぇのか―⁉」
「インチキ!」
『だぁーっはっはっは! 早くも負け惜しみかね⁉ やれやれ、精神まで卑屈になってはいかんよ?』
第3投は上段のフレームに当たってミスとなった。その瞬間会場はスタジアムの様な大歓声に包まれ、木場のミスを大いに喜んだ。
しかし、これを機に木場は観客を煽ることを辞めた。
黙々と投球を続け最終、9投目。
残ったパネルは僅かに二枚。8番と9番。右下で隣り合った二枚である。
嫌な予感がしたのは柴田だけではない。会場中が同じ想いだった。
ズバァン!
弾丸の如く一直線に伸びたボールは8番と9番の間に吸い込まれた。
カラン、と音を立て、プラスチック製のパネルが静かに地に落ちた。
『に、2枚抜きです! き、木場会長パーフェクト達成です‼ …………本当、なんなのこの人……』
『はっはっはぁ! 副会長、マイク入ってるぞ!』
爆発的な歓声が響き渡る。賞賛というよりも呆れた笑いがその大半を占めていた。
『そ、それではまず1年生の代表者6名の挑戦です! 代表者はA組から順に位置についてください!』
他の観客と同じように唖然としながら投球を見ていた柴田が思わず漏らす。
「無理ゲーだろ……」
誰もがそう思った。
慌てたアナウンスちゃんが『パーフェクトスコアなので会長に勝つことは不可能になってしまいました! よって同点、つまりパーフェクト達成者がポイント獲得ということにします!』と補足してくれるが、誰が投げたことも触ったこともないボールでパーフェクト達成できるというのか。
『パーフェクト目指して頑張りましょう! 皆さん諦めないでください! それでは1年生の投球、第1投お願いします!』
1年生の代表者6名がそれぞれの的目がけて放つ。
狙いが外れ無情にも床を跳ね回るボールたち。
そんな中、
『おぉ! 1年A組、長谷川君が1番を抜きました!』
一同が拍手に沸き、長谷川はしたり顔で客席に親指を立てて見せた。
たまたま抜いたのではない、狙ったのだ。とでも言いたそうだ。
「いいぞー、頑張れー」
山川を筆頭に1年A組が声援を送る。長谷川は早くも2投目の準備をする余裕を見せた。
「長谷川って経験者なのか? 回転もかかってたし初めてとは思えないんだが……」
「まぁ、あいつコントロールだけはいいからなぁ」
「でも野球の球とは違い過ぎるだろ」
「あれだ。注目されて舞い上がってるだけに決まってる! 見てろ、どうせマグレだし、すぐにミスって……」
『長谷川君! 2投目はど真ん中! すごい! 安定感のある投球です!』
「……」
「……」
1年A組の観客席はお祭り騒ぎになり、3投目を2枚抜きするとほとんど絶叫だった。
「はせやーん! すごーい!」
「長谷川くーん。頑張ってー!」
長谷川が声援に手を振り返すと、女子を中心に歓声がひと際大きくなる。
「あんなスマートで涼しい顔する軟派野郎は俺の友達にはいないね! あんな奴知らないね!」
「落ち着けぇ! 確かに優男気取りのイケメンは赤井だけで十分だが、俺たちは味方。応援する側だ! 友達の活躍を素直に喜べなくなったらそれこそ……っ」
歓声が爆発した。
長谷川以外の5名は相変わらずまともに投げられていない。
『またも2枚抜き! 8球以下でパーフェクト達成となれば完全に会長を上回ったことになります! 長谷川君頑張ってください!』
『なんか実況が個人的なものになってないか副会長! まぁ面白いから良いか、わっはっは! おら長谷川ぁ、気合入れていけぇ!』
1年A組だけではない。全校生徒全員が長谷川を応援していた。他の代表者も投げ続けているのだが完全に意識の外だ。
多くの視線が集まる中で長谷川は冷静に4投目を決めた。
「クソがぁ……野球部の分際でなにイケメンムーブかましてんだアイツ!」
「いや野球部関係ねぇだろ」
「いやある! 野球部は泥臭くて男子校みたいに馬鹿な内輪ノリで盛り上がるシャイなあんちきしょうの集まりなんだよ! あんな爽やかな活躍、野球部にあってはいけないんだ!」
「全く意味が分からん」
「いや、山川の言うとおりだ」
「あのすかした態度は野球部に似つかわしくない。早急に野球部らしさを取り戻してもらわねば」
どこから湧いてきたのか野球部が口を揃えた。
「山川、奴を剥こう!」
「おぉ! 追い込むか!」
「笛ならあるぞ!」
「「よし!」」
気づけば1年生応援席の最前列には他クラスの1年生野球部が勢ぞろいしていた。
ピィー! とある者が笛を吹くと、野球部が、
『おーおーおー、おーおお、おおー! はっせがわっ! はっせがわ! おーおーおー、おーおお、おおー! チャンス、チャンス、はっせがわ!』
テノールの合唱団かと思わせる程野太く低い歌声が響き始める。
『おっと、ここで1年生観客席から応援歌の後押し……です……?』
『にっくたいび! にっくたいび! 輝く汗の肉体美!』
※以降繰り返し。
長谷川はボールを持ったまま固まり、何かを叫ぶが歌のせいで客席に届かない。
「長谷川ぁ! お前野球部なら盛り上げろぉ!」
山川が叫び、観念したようにボールを籠に戻す長谷川。
すると、おもむろにシャツの裾に手をかけた。
『ここで長谷川君のパフォーマンス! 上半身裸になってシャツを床に叩きつけました!』
爆笑する男子達。
そして、
それを覆いつくすほどの黄色い歓声が上がった。女子の甲高い絶叫が野球部の歌をかき消したのである。
「あっはははは! はせやん意外と良い身体ぁ!」
「わ、わぁ……腹筋すご……!」
「ごくり……」
山川は汗に濡れた前髪をかき上げて、観客席にアピール。
2,3年生のお姉さま方まで熱い視線を送っていた。
『おいおい、この歓声。俺ですら嫉妬しちゃうぞ! ナイスパフォーマンスだ長谷川!』
『できるだけ早く投げてくださいねー、この後もゲームあるので―!』
この興奮を記録しようと多くの生徒がスマホのカメラを向ける中、野球部は今にも泣きだしそうである。
「内輪ノリでドン引き作戦が」
「俺たちはダシにされたというのか……っ!」
愕然としていると、柴田の後ろの席に座っていた流華が言う。
「惨め過ぎ」
トドメとばかりに冷や水を浴びせられた野球部たちは意気消沈。それぞれの座席へトボトボ帰って行った。
「三橋は冷静だな。こういう時一緒になって盛り上がるもんだと思ってたけど」
「まぁ笑ったけどさ、隣の騒ぎようを見たら逆に冷静にもなるって」
三橋の隣に視線を移すと、紗季が豪快に笑いながらムービーを撮っていた。プギャーと奇妙な声で涙を流す様子はとても女子高生がして良いものではないだろう。
「それに、もっと笑える展開がこの後あるんじゃないかと思ってるんだよねー」
「うん?」
意味を尋ねる前に、再び歓声が爆発した。
『なんと、長谷川君、ここまでノーミスです! いよいよ会長越えも見えてきました!』
上半身裸のまま放ったボールがまたしてもパネルを抜いたらしい。
「マジかよ……、本当にすげぇな。勝負弱いなんてただの杞憂だったんじゃないか⁉」
「きゆー、の意味は分からんけど、絶対最後まで続かねぇよ! あいつはそういう奴だ!」
山川はそう言うが既にパネルは残り2枚であと4球。ここまで一度も失投していないことを踏まえると、本当にパーフェクト達成が現実味を帯びてくるというもの。
「こうなったら素直に応援しようぜ。いや元々、妨害しようとする方がどうかしてたんだけどな。他に達成者もいないなら、成功すればポイントは俺たちだけのものになるし、優勝の可能性が大きくなるだろ? 俺としてはこの調子で頑張ってもらいたい」
「はぁ……分かってんよ。イケメンムーブは確かにムカつくけどな、俺も応援してはいるんだ。ただこのまま長谷川が恰好つきとおせる気がしなくてよ。大舞台で大ヘマかますぐらいなら、裸芸みたいな小さな恥で、せめて笑いにしてやろうと思って……」
「どんだけ信用無いんだあいつは」
「そろそろやらかすぞ」
山川の予想は現実のものになった。
ここまで完璧だった長谷川の投球が突然、乱れたのだ。
ふんわり山なりの軌道ながら回転のかかった綺麗なものから一転、めちゃくちゃな軌道で的の2メートル手前に落下した。
会場全体がため息に包まれる。
「ほらやった……」
「……」
柴田は「このことを言っていたのか」と理解し、山川と同様に頭を抱える。
コート上の長谷川自身もなんとなく理解していたのか、苦々しい笑みを浮かべ、ぐるりと肩を回した。
(……でもまだ球は残ってるし、2枚抜きの可能性だってある……! まだあわあわあわてるような時間じゃないっ!)
『あーっと! 長谷川君、2投連続の失敗! これは痛いか⁉』
アナウンスが煽る。その影響を最も受けたのは長谷川本人ではなく、おそらく柴田だっただろう。
山川の肩に手を置きながら聞く。
「長谷川って、ご褒美と罰があったらどっちが力出せる⁉」
このままではズルズルと失敗が続きそうだと嫌な予感が頭をよぎった。
勢いに押され、少し戸惑った様子の山川は少し考えてから、
「罰……かな……?」
「根拠は⁉」
「え、あぁ……。あと一歩でヒーローになれる、っていうのがご褒美だとするなら、今までそれを逃してきたことになる……。それなら逆にって感じで」
「消去法かよ!」
「仕方無いやん! 急にんなこと聞かれても分かんねぇわ!」
とにかくダメで元々。何かしら動かなければ長谷川の調子は二度と戻らない。
予想ではなく確信めいた思いがあった。
「長谷川の尻を叩く様な罰ゲームはないか⁉」
山川が一発ギャグはどうだ、と提案するが、柴田にはピンとこなかった。山川ほどではないにせよ、長谷川も他の野球部と同様にノリが良い男だ。今も上半身裸で投げていることを考えると、今更一発ギャグ程度のことを嫌がる性格では無いように思える。罰としては不適だ。
長谷川が投球に入ろうとしていた。
もう時間がない。
やけくそになった柴田と山川が「ミスったら一発ギャグだぞ!」と叫ぶ直前。息を吸い込んだ瞬間。
まったく別の者が声を上げた。
「はせやーん! ミスったらケツキックだかんなぁー!」
紗季だ。
紗季が声を張り上げた。
一瞬、投球モーションが乱れてボーク気味になったままボールが手を離れる。
「!」
誰もが失敗を確信したのだが……。
『ナイスピッチ! これで残すパネルは1枚となりましたぁ!』
わぁっ! と会場が湧き、拍手が巻き起こった。
「っぶねぇ……」
腰が抜けた柴田は中腰の姿勢からストンと座席に落ちた。
「なにしてんだぁ! 紗季ぃぃいい!」
真横から怒号が飛んできた。発信源は山川。
キョトンとしたのは柴田だけではない。紗季も同様だ。
「は、何なに? 罰ゲームやるんしょ? ケツキックって定番じゃね? ほら、今シバケンも言ってたじゃん。『尻を叩くような罰ゲーム』って」
「あれはそういう意味じゃねぇだろ! やる気を起こさせる的な意味だ馬鹿! 国語力ゼロかお前は!」
「はー⁉ あんたに言われたく無いんですけど⁉ つーか急に何なんマジで」
そばにいる流華も不思議そうな顔をしている。
柴田がどういう事かと訊ねると、山川は俯き、震える声で言う。
「あいつは…………ドMなんだよ……」
シン、とその場の時間が止まった。
「えぇっと……」
「あいつにとって女子からのキックは罰ゲームじゃなくてご褒美なんだよ!」
山川の叫びを聞いた柴田は慌ててコート上の長谷川を見た。
上半身裸の男はこれ以上ない柔らかな笑みを浮かべながら何かを言っていた。
聞こえるはずもないが柴田が注意深く観察すると一つの言葉を繰り返していると分かった。
「ご……め……ん……⁉」
その後、長谷川は全球、的に掠ることもなく投げ終え、返ってきたところを柴田に全力で蹴られたのだった。
尻を。




