第五話
柴田健星の朝は早い。
とはいえ、午前4時はさすがに早すぎる。朝刊すら届かない時間だ。登校に利用する始発の電車は6時30分。朝食を摂り、着替えや学校の準備をしても時間は有り余る。
カーテンの隙間から覗く街灯の白色に目を細める。カラスやすずめの鳴き声も聞こえず、時折、遠くの高速道路を駆けるトラックの走行音が微かに聞こえるだけだ。時間的には早朝というのが正しいのかもしれないが、気持ちとしては完全に夜中である。
そんな早すぎる朝に柴田は目を覚ました。別に早朝から勉強しようとかそんな殊勝な目的があったわけではない。今日はたまたま早く目覚めたというだけのことである。
自室を出てリビングに到着、当然誰もいない。両親はまだ夢の中だろう。冷蔵庫にあったポットからコップに麦茶を注いでそれを一気に飲み干す。
「……っぷはぁ……」
流れ込む冷たさが心地よかった。冷蔵庫が鳴きださない内に扉を閉める。
(さて、どうするか)
何となく早起きしてしまった朝。ダラダラと生産性無くスマホを見て過ごすというのももったいない気がする。普段の休日ならばいつまでも惰眠を貪るが、二度寝をする気にもなれず、何となく何かしたい。早起きは三文の徳という、いつもなら気にも留めない諺を思い浮かべていた。
とりあえず5分ほどテレビをザッピングするも、どのチャンネルもテレビショッピングやお天気情報、外国の自然映像などを無味乾燥に垂れ流すだけなのですぐに電源を消す。
(こんな時間にハードなバラエティがやってるわけもなく)
手持無沙汰にリモコンの電池の蓋を外したりはめたりしながら柴田は昨日のことを思い出す。
『任せてくださいよ! ぶっちぎりで走り抜きますから!!!』
瞬間、クラスは湧いた。「いいぞシバケン!」「がんばれー」と多くが笑いながら好意的な反応を示してくれたのは救いだったが、柴田にとってそれは大言壮語に他ならない。
役目が決まったからには責任がある。無様な走りは絶対にできない。
後悔が頭の中を駆け巡るが、それらを切るように沈み込む身体をソファから起こして立ち上がる。
「本当、無駄なところで格好つけたがるな俺は……」
トレーニングウェアを衣装ケースから引っ張り出す。中学時代のものなので少し寸足らずな感は否めないが今はこれ以外ないのだからしょうがない。ランニングシューズは以前、部活用に使っていたリュックの中から見つかった。当時の泥の痕が確認でき、底のすり減りまで当然だが当時のままだ。まるで時が止まっていたかのような錯覚があった。少しの間シューズを眺めてから、玄関で履いてみるとやはりこれも少し小さかった。しかし長時間走るわけでもないから心配はいらない。
扉を開けると予想外の冷気に肩をすくめた。
流石に吐く息が白くなるほどではないが、それでも鳥肌が立つ程度には寒い。上着を取りに戻ろうかとも思ったが、走っているうちに身体は温まるだろうと思いなおし、柴田は静寂に包まれる町に駆け出した。