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第三十六話

 その後、危なげなく勝利を重ねる柴田達バレーチーム。1セットも落とすことなく完璧と言っていい試合が続いていた。この調子でいけば決勝トーナメント出場はほぼ間違いない。

 体育祭一日目の日程のほとんどが予選であり、リーグ戦方式で行われる。柴田達1年A組はAグループに属しており、件の木場率いる3年C組はFグループで柴田からは最も遠いグループであるため決勝戦まで当たることはない。

 また、空いた時間で対戦の可能性があるチームの偵察をしても明らかな脅威となり得るクラスはなさそうに思えた。

 しかし、

 順当に勝ち上がったとしても、木場対策が思いついていない現状のまま試合になれば負けは必定。あれから試合中も作戦を練ってはいたが、名案と胸を張れるような戦略は思いつけずにいる。

 時刻は12時ちょうど。じきに昼休みに入る。

 プログラムが消化され、午前の部、最終戦が各会場で行われているだろう。

 柴田はどこの応援に駆け付けるわけでもなく、第2体育館、そのロビーの休憩スペースに腰を下ろしていた。

 自動販売機とソファが設置され、ロビーの端をパーテーションで区切ったような造りになっているため人目が無く意外と居心地が良い。ソファに体重を預けるとそのまま横になりたい気持ちになってくる。

 会場の扉を一押すれば楽し気な歓声と、汗ばむような熱気が溢れ出す。だが、ここはそんな雰囲気とは真逆で、穏やかで静謐。窓の奥で太陽が一番高い位置で照らしているのが見え、時間の流れがはっきりと分かるようだった。

 1日目ももう半分まで来たのだな、と思い、柴田は瞼を閉じた。

(俺たちバレーチームが木場に敗北した場合、総合優勝はあり得るか……? 男子達はそれなりに頑張ってくれてるだろうが、本当にそれだけで優勝できるのか? 分からねぇ……。正直、もう俺にできることなんてほとんど無い。女子に事情を伝えるわけにはいかねぇし、伝えたところで前向きになってくれるかも分からねぇ……。それに俺のために頑張ってほしいってのは違う……。皆には普通に体育祭を楽しんでほしい……)

 人事を尽くして天命を待つ、という古い言葉を思い出す。

 最後は運命に身を委ねるとしても、それまでは足掻き続けなければならない。

 まだ足掻ける余地は無いか。用意できるものはないか。あらゆる手を尽くしておきたいが、もう何も思い浮かばなかった。

(人事を尽くしたってことで良いのかな……)

 人事、柴田にできる最善とは何か。

 ぐるぐると頭の中で同じ想いが回り続けていると、

「あれ、柴田くん。休憩中?」

 スラリとした長身。爽やかな微笑みを浮かべた少年が仕切りの隙間から顔を覗かせた。

「赤井……」

 赤井は小銭をちゃりちゃり鳴らして柴田の前を横切って自販機に手を伸ばす。

「クラスの応援、行かないの?」

「ちょっと休んだら行く……」

「そっか。リレーだけじゃなくてバレーもやってるんだってね。すごいな、明日の本番まで体力持つのかい」

「これぐらいなんともねぇよ。それより……加納の方はどうなってる?」

 赤井は迷いなく微糖の缶コーヒーのボタンを押した。やっぱり自分とは合わないなと思う柴田。

「もうブチギレさ。下手すると計画がどうなろうとボコボコにするつもりなんじゃないかな」

「分かったよ……、もう加納と付き合う義理は無いってのにスパイなんて役目任して悪かったな」

「気にしないで。こんな状況になったのは俺のせいなんだから。あの時、柴田くんを無理やり引き留めたせいでこんなことになってるんだし、謝らなきゃいけないのはこっちの方だよ。あ、何か飲む? お詫びってわけじゃないけど奢るよ」

「いやいい、これがある」

 ちゃぷちゃぷと無糖のコーヒー缶を振りながら断る。

「それに、お詫びがしたいなら明日活躍してくれればそれで良い」

「うん、もちろん頑張るよ。アンカーって一番盛り上がるしね。それに……」

 突然言葉を詰まらせ、柴田が不思議に思っていると、

「彼女も見てるしね。恰好悪いところなんて見せられないよ」

 照れくさそうに笑う赤井の腕には微糖のコーヒーと紙パックの紅茶が収まっていた。

「彼女いたのか。まぁモテそうだし当然だと思うけど」

 意外でも何でもない。交友関係の狭い柴田でも赤井が人気者だという事は風の噂程度に聞いたことがあった。

 引く手数多だろうに、そんな彼が選んだ相手とは一体どんな娘だろう。と少し興味が惹かれるが、踏み込んでまで聞き出そうとは思わない。目立つカップルになるだろうし、いずれ知ることになるだろう。

「でも、バレーじゃ敵だし、手は抜かないよ?」

「はは、それで良いよ。俺たちも負ける気がしねぇから」

 突然、会場の方から大きい歓声が上がり、甲高い笛の音が休憩スペースにまで届いた。

「終わったみたいだね。それじゃ」

「おう」

 赤井がパーテーションを抜けようとした時、突然、その歩みを止めた。

 まるで言い忘れていたことを思い出したようにも見え、言って良いのか逡巡しているようにも見えた。

「確定じゃなくて、これは一つの可能性として耳に入れておきたいんだけど……うん……」

「何だよ」

「本当に、自分でも分からないから……すぐに行動に起こさない方が良いと思うんだけど。その、加納は体育祭ギャンブルにおいて懸念していることが一つあって……それは……バレることなんだ」

「バレる? まぁ……教師とか警察にバレるのを警戒するのは当然だわな」

「そ、そうじゃなくて……いや、ごめん! やっぱり忘れて! 不確かな情報で混乱させたくないから! それじゃ!」

 赤井はそんなことを言い残して休憩スペースを出て行った。

(バレる……。誰に? 教師に警察、あとはそれらにチクる可能性がある密告者……? いやでもその程度の情報を言い渋る必要はないか……。まさか切りジョーカーになり得る存在⁉ だが、そうだとして赤井は何でそれを伝えてくれないんだ? 加納の仲間の可能性が否定できないからか? そうだとすれば納得できる。計画を伝え、対加納の協力を仰いだ相手が実は加納の仲間だったなら、それは最悪。裏切りの事実を知った加納はすぐにでも飛んできて俺を締める……か)

 残された柴田がいくら考えてみてもそれ以上のことは分からない。


「あ、三橋さん。卓球上手だね~! 上から見てたよ!」


(とりあえず隙を見て問いただすか。もしジョーカーならこれ以上ない武器にな……………………ミハシサン⁉)

柴田の頭がギャル一色になり、それ以外の思考が吹き飛んだ。

(声近くね⁉ も、もしかして話聞かれてたか⁉ い、いや……落ち着け。具体的な話は何もしていないはず。と、とりあえず脱出だ……三橋は感が鋭い! 商店街で俺を助けるために加納に連絡先を教えた時だってそうだ。超能力的なまでにアイツは察しが良過ぎる! と、とりあえず脱出を!)

 といってもパーテーションの間しか出入口は無く、後ろは壁だ。

 焦った柴田は自販機の上に手をかけた。休憩スペースは階段の隣に作られており、階段の下の空間に自販機は設置されている。

 よじ登り、手すりの支柱を掴んで体を引き上げる。

(話しかけられる前に逃げちまえば、気づかなかったふりで誤魔化して……!)


「ねぇ、体育祭ギャンブルってなに?」


 階段に降り立つ寸前、卓球ラケットを手にしたギャルと目が合った。

「あら、上からいらっしゃってたんです?」

「えい」

 手すりを掴む柴田の右手に、ラケットの柄が直撃。

 バランスを崩した柴田は自販機にバウンドしながらソファへと落下していった。

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