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第三十五話

 5回の表、3対2。1年A組チームの攻撃。ノーアウトランナー無し。ソフトボールも例によって短縮され、5回が最終回である。

 柴田達4人の男共は上半身裸になり、あらゆるヤジを飛ばしたのだったが、

「まさか主審が斎藤先生とは……」

「普通に怒られたな」

 ボークでもないのに『ボーク! ボーク!』と叫んで本当にボークを誘発させたり、1球外しただけの相手投手に『ピッチャービビッてる、へいへいへい!』や『ノーコン過ぎワロタw』等、相手を煽りまくった。

 結果として結果として柴田のクラスはサヨナラタイムリーで勝利した。しかし、そのヤジは明らかに度が過ぎているものとされ、世界史の斎藤先生にこっぴどく叱られてしまった。山川が「バスケのフリースローで相手サポーターが妨害のためにするパフォーマンスとかあるじゃないっすか、あれと一緒ですよ!」等と口答えをしたのがいけなかった。

 ただでさえ上半身裸で目立つ上、斎藤先生の怒号響く公開説教は衆目を集めた。ちょっとした出し物のように人だかりが形成され、あっちこっちでスマホのレンズを向けられ、柴田は顔を赤くした。

「何にせよ、勝てて良かったじゃん。俺たちのヤジが無かったらあのピッチャー崩れてなかったと思うよ」

「俺はヤジじゃなくて応援するつもりだったけど」

「ははは! バフよりデバフの方が強い場合もあるってことや!」

 (反省した?)男達はグラウンドから第一体育館に戻る。

 試合時間が決められているバスケとは異なり、バレーは1セット13点先取で終了となるため、試合時間は対戦の組み合わせ次第でかなり変動する。接戦で最終セットまでもつれ込んでデュースが長引いたりすることもあれば、柴田達の第1試合がそうだったようにあっさり決着が着くこともある。そのため選手はいつでも試合を始められるように準備しておく必要があるのだ。

 今すぐにでも全クラスメイトの応援に駆け付けたいところだったが、こればかりは仕方がない。

(三橋と内田はどうなったかなぁ……)

 全中出場の経歴を持つ内田は1年A組優勝におけるキーパーソン。その戦いぶりを見て安心したかった。

「おぉ! もう発表されんのか!」

 柴田が考えていると、山川が突然小走りで建物に入っていく。

 第1体育館、受付前のロビーには沢山の生徒が集まっている。人山をかき分けるように山川が突進していった。

「リアルタイムの順位が発表されるんじゃない?」

「へぇ、そんなのがあるんだ」

 壁際に設置されたホワイトボードに係が慌ただしくマグネットを張り付けていく。スマホを耳に当てながら何かを叫び、忙しそうである。

(何もそこまでリアルタイムじゃなくても……1時間ごとの更新で良いんじゃないか……)

 細長い板状のマグネットにはクラス名が書かれており、ある程度貼り付け作業が終わった頃。

「2位! 1年A組は2位だぞぉ!」

 姿は見えないが山川の声が人ごみの中から飛んでくる。

「2位って結構すごいんじゃない?」

「始まったばかりだから同率がかなりの数いるだろうけど…………うん、それでもまぁ、滑り出しは好調ってとこじゃねぇかな」

 全18クラス中2位。女子バスケが一回戦負けして尚この順位に収まったのは僥倖である。

 全種目で優勝する必要はない。あくまで最終日に1位であればそれで良いのだ。

 負けたチームもできるだけ順位を伸ばしてもらいたいところである。

 気合を入れなおした柴田が山川と合流し、客席にて待機しようと決めた時、鼓膜を震わす声が柴田を驚かせた。


「リアルタイムで更新される順位表はどうよ⁉ 最高だべ⁉」


 横合いからヌルッと現れたのは柴田の身長を優に超す大男。小さなアフロのような髪型に日焼けした肌。サングラスをかけていないのが不思議なほどレゲエな男がやってきた。

「木場さん! おはざす! いやーめちゃくちゃ良いっすねー。これも木場さんの案っすか⁉」

「おぉそうよ! 今まで種目ごとの順位発表しかなかったからよ~。総合優勝があった方が盛り上がると思ってよ! お、こいつ等、お前のクラスの?」

 Tシャツ短パンといういかにもスポーツをする恰好にもかかわらず、大男はスパイシーな香水の香りを振りまいていた。

「初めまして、1年生ズ! 生徒会長の木場だ! 今日は思いっきり楽しめよ!」

 柴田の背中を叩く木場。がっはっはと豪快に笑い、こちらの呆然とした反応など全く意に介さない。

「おぉ、長谷川ぁ! お前もいたのかよ! がっはっは、身長は伸びなかったか。残念残念!」

「お久しぶりです。ちょ、叩かないでください!」

 木場は一しきり笑ったかと思うと、唐突にスマホの画面を見せてくる。

「これ、お前らだろ? いや~裸で応援するなんて派手だねぇ~」

 つい先ほど、グラウンドで大騒ぎしていたムービーだった。裸の男子4名がヤジを叫ぶ馬鹿馬鹿しい映像が映されている。

「あ、あの……すいません。ちょっと騒ぎ過ぎましたかね」

「なぁに言ってんだ! 盛り上がっててめちゃくちゃ良いじゃねぇかよ! この脱ぐやつ。今年の流行にするか~!」

 もう一度柴田の背を叩き豪快に笑う木場。

「せっかくの祭りなんだ。多少ハメ外すくらい今日は許されるべ! 何なら俺が許可する! ちなみに俺はさっきのオープニングアクトで斎藤にめちゃくちゃ怒られたけどな! がっはっは、怒られて済む内は基本的に何しても良いのさ! お、やべ、俺も試合だ。んじゃそういうことで、俺たちとやる時はせいぜい盛り上げてくれよな! アデュー!」

 そう言って木場は巨躯を弾ませてロビーを出て行った。

「……」

「……」

「……」

「……」

 残された4人がその背中を見送る。

 柴田は勿論、山川もしばし無言で口を開けていた。

(開会式の印象そのままの男だったな)。

 異常なほどエネルギーに満ち溢れ、圧倒的な存在感を放っていた。実際に会ってみて理解した。生徒会長という席ではない。そんな小さな肩書ではなく、あの男自身が放つカリスマの様なものを感じた。

 いきなりやって来たと思ったら、言いたいことを言うとすぐに去って行く。まるで嵐のような男だと思った柴田だったが、その時ふと彼は木場の発言に違和感を覚えた。

「俺たちとやる時、って何のことだ?」

 間の抜けた声を出した柴田とその仲間たちはその意味をすぐに理解することになる。




『死にさらせ、凡夫どもおおおおおおお!』

 まるで特撮ヒーロー物の適役の如く、レシーブした選手が吹っ飛ばされる。

『はっはっはっは! 俺、最強!』

 もはや観客たちに拍手はなく、サーブして帰って来た球をレシーブ、セッターがパスをして木場が決める。ただそれだけの作業。観客たちは再放送を何度も見せられ、敵味方問わずドン引きしていた。

 タイミングもコースも殆ど同じ。それでも返せない、得点できない。

 たまにサーブをミスして点を拾ってもすぐに取り返され、同じことの繰り返し。

 全ての原因は彼。木場がコートを支配しているからに他ならない。

『俺たちとやる時』とはすなわち、バレーで対決する時、という意味だったのだ。

 戦々恐々の柴田達。

「クソっ、どうする、本格的にどうする⁉ あんな化け物がいたんじゃ優勝は無理ゲー! 見ろよあれ、打点高すぎやん! ウチのチームにあれブロックできる奴いねぇし、ワンサイドゲーム確定だよ! はい、オワタ―。もう無理っ!」

「落ち着いて……。確かに木場さんは脅威だけど周りは必死に合わせてるだけだ……木場さんがローテーションで後衛に回った時が得点のチャンスなんじゃないかな。シバケンはどう思う?」

「たしかに、あの高さでブロックに来られると厄介だし、俺たちが得点するにはそれしかない……でも……」

「は……」

 今度は相手サーブ。そこそこ鋭い球に驚いた後衛のセンターがギリギリでレシーブ。低い弾道とみるやセッターが駆け出すが、ボールは流れ、

 なぜかポジションを無視して大きく後退していた木場がそこにいた。

「飛ん……」

 アタックライン手前で踏み切った。

 バックアタックである。

 ボールはサイドライン際ギリギリ着弾。

 コートは一瞬の静寂に支配された。


『うーん、やっぱトス挟まねぇと威力がイマイチ!』


 ピ・ピ・ピィーッ!

 審判が笛を鳴らして試合終了のコール。

 このビッグプレーに飽き始めていた観客たちも総立ち。惜しみない賛辞と拍手を送った。

「バックアタックも出来るんだ……どうします、シバケンさん?」

「ちょっと待て! えぇっと、3年C組、3年C組…………。あった!」

 慌ててポケットの中を探り、折りたたまれた対戦表を広げる。

「良かった……当たるのは多分決勝だ……」

 柴田は冷汗を拭う。

「いや解決になってねぇじゃん! どうすんの、攻略法何てあんのかあの木場さんに⁉」

「ま、まぁ、シバケンなら何かしらの策はあるでしょ……ねぇ?」

「それな! シバケンなら何か神懸かり的な奇策が思いついてるはず! なぁ⁉」

 慌てるクラスメイトの視線が集まり、柴田はぐっと言葉を詰まらせた。

 期待の眼差しが痛く突き刺さる。

 やがて彼は額に汗を浮かべながら笑って言った。

「まぁな。何個か浮かんでるから心配すんな」

 震えそうになる声をなんとか抑えて振り絞った。

(あぁぁぁぁぁぁ! 無理無理、何にも思いついてません! あの運動神経にあの反応速度、どんだけ能力値高ぇんだよあの化け物ぉ!)


 また悪い癖を出す彼のことなど知らないコート上の木場はTシャツを脱ぎ捨て、上半身裸となって創作ダンスを披露中。

『はっはっはっは! あーあ、敗北を知りたいなぁ! 誰か分からせてくれないかにゃあ⁉』

 くそ! と悪態をつく。

 柴田はセットされた髪を改めて直しながら木場を見下ろす。

(絶対に穴があるはずだ……! 弱点じゃなくても良い。ほんの少しの隙があれば良いんだ……! 何か、何か無いか⁉)

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