表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/85

第三十二話・加納

「———つーわけで、不足分は藤農高校から集めることにする。急な話だが既に噂は撒いておいたから安心してくれ。あそこは男子校だしこういうノリにも理解があるだろう。明日は平日だからそれほど集まらないだろうが、二日目の土曜日にはかなりの額が集まるはずだ。お前らも絶対に来い」

 本当にムカつく男だ。と加納は思った。

 30万円という大金、集まるはずがないと思っていた。投票は一口1000円からに設定した。目標の30万円を集めるには単純計算で300人の参加者が必要だったはず。こんな冗談みたいな、本当に支払われるかも疑わしいギャンブルに人も金も集まるはずがないのだ。事実。昨日の時点で集まったのは16万3000円。到底目標達成が期待できる額ではなかった。しかし……。


 つい先ほど、いつものように公園のトイレ裏で柴田を待っていた。そこに突然工業生の制服を着た男がやって来たのだ。

 男はキャップを目深に被り、初夏だというのに分厚いオーバーサイズのパーカーを着こんでいた。ふーふーと荒い息を繰り返し、滴るほど大量の汗をかいた不気味な男だった。

 加納は見慣れないその男を警戒し、名を尋ねた。すると男は、『工業1年、火野ひの』と短く名乗った。

 入学してから日の浅い1年生ならば加納が知らないのも無理はない。工業は全部で何クラスだ? 体育教師の名前は? パソコン室の隣は何の部屋だ? 等の工業生しか知りえない質問をふっかけても難なく正答した。生徒手帳も確認したが特に問題はなさそうに見えた。

 加納がとりあえず安心していると、男は言った。

『西高の体育祭に賭けたいのですが、先輩たちに払えば良いですか?』

 男はパーカーのポケットから一封の封筒を取り出すと加納に手渡した。

『10万入ってます。3年C組にお願いします』

 驚きつつ帳簿に名前と金額を書き込んでいると、男は何も言わずに去って行った。現在のオッズも何も聞かなかった。


 今まで加納は全てを思い通りにしてきた。中学の時も、高校に上がってからもそうだった。上級生だろうが教師だろうが関係なく上手く立ち回り、時には力でねじ伏せ従わせた。自分を中心に世界が回っているとは思わない。だが周囲の人間を巻き込んで好きなように動かすことはできる。まるで王様気分。自分が睨みを利かせれば全員ひれ伏す。そんな万能感で溢れていた。

(本当にムカつくなぁ……。柴田の計画を破綻させるつもりだったが、さっきの大口投票の現場を見られた…………。昨日までの集計は知られているからこれで合計26万円になったこともバレたし、現状、1年A組に投票した奴もいない……)

 キャップパーカーの男が金を出した時、ちょうど柴田も居合わせたのだ。

 目標未達成を理由に柴田をリンチにする計画だったが、あの男の登場によってそれも難しくなった。

(面倒くせぇ、本当に面倒くせぇ……こいつは一体何なんだ…………っ! 行き当たりばったりの癖に、こいつの得になるように回っている……。まさか、あのパーカー男がやって来たのも計画の内か?)

 自分の思い通りにならない。それどころか逆に操られている様な実感があった。

 加納にはそれが我慢ならない。

 自分は使う側の人間であり、使われる立場ではないはずなのだ。

 ここ数日そんなことで苛立ちっぱなしだ。

(初めて会った時から気に入らねぇ……。俺に対して反抗的だった。ほとんどの奴は一度ビビらしゃ言う事を聞いた……。でもこいつは違う。いつまでも俺と対等みてぇな顔をしてやがる!)

 今や成功目前まで来た体育祭ギャンブル。しかし、実際に動いて金を集めたのは誰か。王様である自分を顎で使うのは誰か。なぜ自分はこんなことをしているのだ? 流華という少女とも上手くいかなかった。何度声をかけても首を縦に振らなかった。挙句、下校に合わせて待ち伏せしても隣にはいつも柴田がいた。まるでボディガード、あるいは番犬のように。

 腐った泥のような怒りが加納の腹に溜まっていた。

(こんなのは俺じゃねぇ…………。今ここで全てをぶっ壊してやっても良い。30万円なんて初めからどうでも良かったんだ。とにかく俺という存在を理解させれば十分だった。そのムカつく顔が後悔に歪めば俺は満足だった。……………………………………だが、もうそれだけじゃ収まらねぇ。より深く反省してもらわなきゃ気が済まねぇ。俺を使った代金は30万じゃきかねぇぞ、お前が安心しきったタイミングで地獄を見せてやる)


「———ってところだ土曜日は私服で何か目立つものを。おい話聞いてんのか?」

「あぁ聞いてるよ…………良かったな、目標達成できそうで」

「なんだよキモイな…………。しっかし、アイツ何者だ? いきなりやってきてポンと10万置いて帰るなんてとんでもねぇな。あの歳でギャン中か?」

(白々しい……どうせテメェが抱き込んだんだろうが……)

 この場で殴りかかりたい衝動を抑える加納。

 明後日には全ての結果が出るのだ。もう少しの辛抱。

 計画も金もどうでも良い。全てをぶっ壊して一番良いタイミングで柴田健星を裏切る。頭はそんなどす黒い思考で埋め尽くされていた。


 日が傾き、柴田が公園を後にした頃。加納らはトイレ裏のスペースで固まりながらタバコをふかす。

「明後日は顔を隠せるもの身に着けて来い。着替えも必要かもな」

「え、マジ? そこまでやっちゃう感じ?」

「嫌なら別に良いぞ……お前らがどうしようと俺は絶っ対にアイツを殺す」

「うえー……本当に殺さないでよ? 西高にはアイツもいるしあんまり派手にやると———」

 突然、取り巻きの一人の言葉が途切れた。

「と、とじぎぃっ……!」

 加納が万力の様に取り巻きの喉を締め上げる。気道を塞がれた男の顔がみるみる赤くなっていく。

「西高に誰がいるって?」

 腕と足を振り乱しても加納の手は少しも緩まない。

「ご……ごめん……っ!」

 爆発寸前の顔面が赤を通り越して黒みがかってきた。

 他の取り巻きが「その辺で勘弁してあげて」と言うと加納はようやく男を解放した。

 男は激しく咳き込み、その場から立ち上がれないらしくうずくまってしまった。

 仲間のそんな姿も気にせず、加納は吸い殻を投げ捨て歩き去る。

「それは禁句だろ~? としきがあんなに怒ってるのは柴田が気に入らないからってだけじゃなくて、そこに地雷があるからだって……。ただでさえ柴田にバチギレなのに、そこにアイツが加わったら本当、明後日どうなるのかね~」


 加納の怒りを乗せた体育祭が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ