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第三十一話

「なぁ正直、本当に大丈夫?」

 長谷川の自宅、その自室。ベッドに横になりながら長谷川が聞く。

 長谷川の自宅に向かう途中で胃の中身を全て吐き出したので、空腹には違いないのだが、気分的に何も食べられる気がしなかった。シャワーを借りた後、敷かれた布団に倒れ込んだ。

「人ん家招かれたらお土産持っていけってのが我が家の教育なんだけど、そういえば長谷川の親父さん、糖尿気味なんだっけ。あんこと生クリームどっさりのコンビニスイーツ爆食いしてたけど大丈夫かな。他のものにした方が良かったか」

「話逸らすの下手?」

 部屋は整頓されていて掃除が行き届いていた。野球部だからといって野球選手のポスターが張ってあったり、トレーニンググッズが散らばっていたりもしない。簡素な部屋。

 唯一、彼の趣味趣向が感じられるものと言えば本棚くらいのもの。教科書や参考書よりも小説が占める割合が大きい。学校では文庫本を手にしている姿を見たことはなかったが存外、文学少年的な一面を持っているのかもしれないな、と思った。

 山川と長谷川。どちらもノリが良く、1年A組を引っ張る様な存在ではあるが、頭脳や知性という点では長谷川が優れている。バカ一直線の山川と並ぶとそのキャラクター性の違いが際立つ。

「言いたくないなら良いけどね、シバケンはそういうタイプだろうし」

「……どういう意味だ?」

 ごろんと寝返りを打って仰向けになる。暖色のシーリングライトが眠気を誘う。

「一人で解決したいタイプでしょ? いや、したいというより、これまでそうしてきた感じがする」

「出会って2か月程度でよく分かるな」

 柴田がふん、と鼻を鳴らす。

「はは、悪い悪い。でも何となくそんな気がするんだよ。人の知らないところで駆けずり回って汗かいて……しなくても良い苦労をしてるって感じ」

 秒針が刻む音がやけに遅く聞こえる。

「はは、すげぇ。大体合ってるな……何だよ、誰かから聞いた?」

「いーや。シバケンの地元遠いし知り合いから情報なんて回ってこないよ?」

「三橋がいるだろ」

 柴田がそう言うと、長谷川は困惑するような声色になった。

「三橋さんかぁ…………」

 後頭部をポリポリ掻く長谷川。

「実はあんまり話さないのか?」

「……まぁね」

 眠気に鈍る脳みそでも柴田の鼻は鋭敏に嗅ぎとった。コイバナの香りだ。

「なんか、怪しいな」

「そういうのじゃないって!」

「いやいやいや、俺が話逸らすのが下手とか言っといて、自分は嘘が下手じゃねぇか」

「マジで違うって!」

 ドタバタと狭い室内で暴れる二人。

 5分ほどかけて問い詰めると、ようやく白状させることに成功した。

 曰く、柴田と流華が札幌で会っていたのを写真に収め、リークしたのは長谷川らしい。また、その情報が一部女子の間に流れたことにより、流華本人の耳に届き、現在、長谷川は流華に睨まれている状態とのこと。

「長谷川ってたまにすごいバカなんじゃねぇかって思う時がある」

「シバケンに言われたくないね。体育祭ギャンブルって何。なんで事態をもっとややこしくしてるのさ」

 一瞬間があって大笑いする二人。

 昔からこの部屋は長谷川の友人たちのたまり場になっており。今でもよく山川が泊まりに来ることも多い。そのため少々騒がしくしても親が咎めにくることもない。

 ひとしきり笑い終えてから今度は柴田から新しい話題を振る。

「タイプと言えばさ、ファミレスでギャル好きとか言ってたよな?」

「そうだね。アニメとか漫画もヒロインがギャルだととりあえずチェックするし、お気に入りの動画の9割がギャル物―」

「ある意味硬派……。やっぱ実際に好きになる子もギャルなのか?」

「あぁ~どうなんだろ。まぁそうかも」

「ギャルと言えば三橋だけど、それはどう思ってんの?」

 途端に飲みかけたジュースを吹き出しかける長谷川。ゴッホゴッホ咳き込みティッシュを口に当てる。

「そ、それシバケンが聞いちゃうのかよ⁉」

「え…………何が?」

「お前、三橋さん好きなんじゃないの⁉」

 ベッドの縁から落ちそうになる勢いで身を乗り出してくる。対する柴田はキョトン顔。

「え、何で?」

「いやいや、札幌でデートしてたじゃん! 三橋さんには付き合ってないって否定されたけど、シバケンには少なからず好意みたいなものはあるだろ⁉ なんで好きな相手のことをどう思ってるか聞くんだよ! 何、もしかして俺試されてる?」

「落ち着けよ……。本当に三橋と俺はそういう関係じゃないし。当然向こうにその気はないだろ」

 追加のティッシュを手渡すも長谷川のテンションは落ち着くどころか更に過熱。

「はぁ⁉ じゃあこれは何なんだよ!」

 目の前にスマホを突きつける長谷川。画面には柴田と流華が映っていた。しかもその画像は札幌で撮られたものではない。背景は見覚えのある通学路だった。

「お前……また撮ったのかよ。懲りねぇな」

「好意もなく一緒に帰りますか⁉ しかも二日連続らしいじゃん! モテない体を装って無自覚ラブコメ主人公ムーブってことか、おぉん⁉」

「お前はギャルを卒業するべきだな。何でそんなにテンション高いんだよ」

 結局、逃げるに逃げられなくなった。加納が流華を狙っていてそれを阻止しようと動いている。ということを始まりから話すはめになり、夜が更けていく。



 起きたのは昼の12時近くだった。朝方まで長谷川のギャル談を聞かされ今も長谷川の声が脳内に響いている。

(ギャルとはファッションや安易なキャラクターを示す表層的なものではなく、精神性の根の部分にある概念…………)

『これは基礎ギャル論Ⅰに過ぎない。基礎ギャル論Ⅱと応用ギャル論、臨床ギャル学、応用ギャル演習もあって———』と言った段階で柴田は気絶するように眠りに落ちた。過度なストレスから身を守る防衛本能が働いたのだ。

 昼からは野球部の練習があるらしく、柴田も同時に家を出た。

 駅に向かう柴田と学校に向かう長谷川が分かれる交差点で、ふと長谷川が立ち止まった。


「困ったことあったら相談してくれよ? 加納にやり返したい中央中学出身者は多いんだからさ」


 すっかり夏日が続く6月。長谷川は陽光を浴びながら少し笑った。山川と比べると大人びた印象が目立つ男子だが、笑った表情はむしろ年齢よりも幼い印象を与える。自分が女子ならば、きっとこういうミステリアスなギャップに萌えるのではないか、と率直に思う柴田。

「お、おう、ありがとうな。…………それとお前、そのカヲル君みたいな雰囲気出すのやめろ。さっきまでギャルを熱弁してた奴の顔じゃねぇよ」

 長谷川が一瞬ニヤリと笑った後、すぐに柔和なニュアンスの笑みに切り替えて見せた。

「……いつも君の事しか考えてないから」

「ぶはははははは!」

「元気少ないね、どうしたんだい?」

「どこがだよ、すげぇ笑ってるっつーの! つーか似てるな、どうやってんだそれ⁉」


 体育祭が始まるまであと数日。次の週末が来れば全てに決着がつく。

 不思議なことに柴田の身体はそれほど疲れを感じていなかった。


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