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第二十九話

 目が覚めた瞬間から憂鬱だった。

 登校時間の異なる妹は柴田が家を出る頃にやっと起きてきた。短い挨拶を済ませ、薄霧に霞む早朝の田舎町を自転車で流す。

 昨夜はランニングとバレーの練習に没頭することでいくらか気分も晴れたのだったが、一日でケロッとする性格ではない。ペダルが普段より重い気がした。

 ド田舎において列車の利用客は少なく、始発ともなれば乗客のほとんどが学生だ。幾人か見知った顔を見つけるがわざわざ自ら話しかけることはない。全員、幼馴染と言っても過言ではない程長い時間を共に過ごしてきた。だが、中学の後半から柴田と彼らの間には距離が生まれていた。お互い認識はしているものの交わることがない。まるで見えない壁が築かれているようだった。

 今更気にすることではない。と頭では考えていても、柴田はこの時間があまり好きではなかった。

(話す相手もいねぇし毎日気まずい……かといって早く学校に行きたいわけでもねぇし……)

 家を出て尚、未練がましく脳内に愚痴を浮かべる。おおよそ柴田の一日はこのようにして始まる。

 そうこうしていると一両編成のいつもの車両がホームに滑り込んでくる。

 一両だけの車両なので当然シート数も少ない。利用者も少ないため間隔を開けずに詰めて座れば問題は無い。誰がどこに座るのか。誰が決めたわけでもなく、各自の定位置というものがあり、皆、当たり前に様にそこに座る。

 柴田は贅沢に二人掛けのシートというのがお決まりだった。つり革に掴まる者もいるのだが、誰も柴田の隣に座ろうとはしない。柴田としても少し心苦しいのだが、座りたくないというのだから仕方がない。

(伝わるから『電車』って言うけど、この列車は『気動車』だよな…………どうでも良いことだけど鉄オタが聞いたら唾飛ばして激怒すんじゃねぇかな……、年寄りに至ってはもっぱら『汽車』呼びでほぼ北海道の方言として定着している感すらある。表記ゆれが激しいぞ道民よ、それで良いのか? 別に良いか、だって困らねぇもん)

 どことなく匂う湿気臭さ。これが国鉄の匂いというものなのだろうか。

 国鉄時代には生まれてすらいない柴田がそんなことを考えていると『気動車』が停車した。隣町の駅に到着。前方と後方のドアが開くと車内が少しずつ騒がしくなる。ここからさらに揺られて10分弱、ようやく乗り換え駅に到着できる。

 一つ欠伸をしてから柴田は腕組をして下を向く形で眠る姿勢を作った。現在の時刻は午前6時34分。柴田が起床したのは5時30分。あまりにも朝が早い。多くの学生利用者にとってこの短い乗車時間は睡眠時間として捉えられている。

 実際に眠れるかは置いておき、通路から顔を背けるようにして目を閉じた。

 なにせ話す相手も隣に座ってくる者もいないのだ。いつも通り気兼ねなく眠れる。

 だが、今日はいつもの様子と違った。

「隣、いい?」

 短い言葉が柴田の耳に届く。

 はじめ自分に言われているのだとは思わなかった。これまで一度もなかったことだ。

 そのまま瞼を閉じていたのだが「シバケン」と呼ばれてようやく話しかけられていることに気づいた。

「三橋」

「そこ空いてる?」

「あ、あぁ……いつも空いてるけど」

「そっか」

 言うが早いか流華はカバンを抱えてそっと隣に腰を下ろした。

(な、なんだ急に……? いつもは中学ん時の友達と座ってるのに今日はいないのか?)

 流華は何も言わずに瞼を閉じる。

(どどどどういう状況だこれ⁉ 昨日の今日で……気にしてたのは俺だけってことか! いやそれにしてもおかしい。いきなり隣に座る理由にはならねぇ! てっきり思いっきり避けられるもんだと思ってたんだが……!)

 柴田は観察してみることにした。

 流華はいつも通りのなんちゃって制服。否、厳密にいえば全く同じものを常に着用しているわけではない。よく見ると柄や色、リボンなど細かな違いがある。

 船を漕ぐ彼女の横顔。教師に怒られない程度のメイクもバッチリの様子。

(まつ毛長ぇ~……)

 急速に眼が冴えた柴田はとうとう眠る機を逸し、乗換えの駅まで来てしまった。

 地元よりも大きな駅のホーム。乗り換えの駅から共に学校へ向かう高校の友人達を見つけた流華は柴田の方を向くことなく走って行ってしまう。

「おーっすシバケン」

「ちゃーっす」

 最近、一緒に登校することになった友人らの言葉も耳を素通りしていく。

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