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第三話

クラス中の視線が柴田に集まる。

「え、柴田! それ本当?」

目を見開いた松尾先生が唇をなめる。

目を見開き、何かを言おうとしているような、口を中途半端に開いた状態で。前方の山川と長谷川、隣の秋穂、その奥のみっこなる女子までもが柴田の反応を待っている。

だが、後ろの席に座る流華がどんな顔をしているか、彼には見えない。

ビッチがよぉっ! と心の中で悪態をついて柴田は短く答えた。

「はい、一応」

おおー……、と内田の時と同様のリアクション。

「めちゃくちゃ早いんですよー!」

「おい、三橋」

「柴田! おいおい早く言えよなぁおい! そっかぁ、ま、確かにただの帰宅部にしてはお前体格良すぎるもんな! あっはっはは!」

どっとクラスに笑いが起こる。

「ちなみにこの前の体力測定、50メートル何秒?」

「えっと……7秒ジャストっす」

おお……、とこれは先ほどより手応えのない反応。それって早いの? という声がどこからか聞こえ、7秒切ったら結構早いんじゃね? 知らんけど、というアンサー。

「まじか! 俺7秒8だわー、帰宅部に負けたー!」

「お前が普通に遅いだけ」

「いや、あの」

「野球部より早いなら、絶対いけるよ柴田君!」

秋穂は立てた親指を柴田に向ける。

「身長186センチは伊達じゃない……」

その横でなにやらうんうん、唸るみっこ。

「あの実はさ」

「卓球は内田でリレーはシバケン! 1年A組勝ち確やん、こんなん実質勝ち確やん!」

「エセ関西弁」

山川が騒ぎ立て、クラス中が騒がしくなる。

「流華と柴田君ってー、同じ中学なん?」

「うんそうそう! 背も高いし、大会にも出てたから結構目立ってたよー」

「え~知らんかった~」

(話聞け! 俺は全然速くない! 7秒切れるやつぐらい誰かいるだろ! それにそもそも準優勝の記録だってリレーの話で俺個人の成績じゃない!) 

柴田一人を置き去りにして事態は進む。既にリレーの項目に柴田健星の名が記され、決定の運びとなりかかっていた。

「柴田、頼むな」

何故かギラリと光る眼でこちらをねめつける松尾先生。

普段、生徒にあまり関心がなさそうに見える教師だが、何かわけでもあるのか。今日はやけに積極的にクラスを仕切っている。

手入れされていない太い眉がいつにもまして権威的に見えた。

だが。

断らなければならない。

自分には荷が重い。中学の記録だって大したことはない。足の速い先輩たちに混ざってたまたま勝ち進んだだけなのだ。ここで引き受けても惨憺たる結果を出し、恥をかいて迷惑をかけるだけだ。まさに中学の時と同じである。できもしないことを安請け合いしても責任は取れない。

同じ轍は踏まない。そう決めて高校に入った。

だが、でも、しかし。

「陸上で成績出してるなら結構いけそうやん」

「バレーよりもこっちで活躍した方がヒーローかも」

功名心

「ほらちょうどリレーだしさぁ、中学の時みたくやっちゃってよ! まぁ、私は違うクラスで正直あんま知らないけど……ほら、体育祭で速かったじゃん!」

期待

「柴田君、もしアンカーになったらすごいよね! 絶対応援するから!」

応援

途端に唇が、両手の指先が、太ももの内側がむず痒さに痺れる。心臓の辺りがざわざわして神経が昂るのがはっきりと分かった。

(やばい)

久しぶりの感覚だった。あの時の感覚とよく似ていた。否、同一と言ってもいい。

(調子に乗るな)

いてもたってもいられないような、すぐにでも走り出したいようなそんな感覚。

(お前はそんなキャラじゃない!)

瞬間、柴田は笑った。

自分でも気づいていなかった。反射の如く、まるでそうなるのが当たり前のように、自然と口の端が上がったのだ。

「柴田、やってくれるな?」


「任せてくださいよ! ぶっちぎりで走り抜きますから!!!」





やってしまった


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