第零話-4
6月、大会当日。
ロッカーとベンチが並ぶ第一男子更衣室。
他校の生徒の笑い声や話し声が反響し、ドアの開閉に合わせ金属に錠がぶつかる音がする。いよいよ始まるぞという高揚感が満ちており、薄暗い更衣室には熱気が溢れていた。
だが、それに反して柴田率いるチームは誰も口を開こうとしない。
着替えの間もストレッチの最中も、栄養食品を食べる時すら一言も発しない。
『ミスったら殺すぞ』
中学校から競技場までのバスの中、菅野は今までにない程荒れていた。いかに自分以外のバスケ部員が劣っているのか、いかに監督が無能なのか、など延々と怒りに任せて恨み言を吐いた。
須々木曰く、バスケ部の最後の大会で菅野はレギュラーから外されたらしい。自己中心的な態度とプレー、チームワークを乱す発言や怠慢などが主な理由。柴田は彼のプレーを直接見たわけではないが、いつか見た去年の3年との送別試合。結果はダブルスコアで下級生の勝利。あれは菅野の活躍によるものが大きいのだろうと察しはつく。
にも拘わらず、エースで3年の菅野がレギュラー落ち。それほどまでに普段の態度が目に余るものだったのだろう。
反省の気持ちなど微塵も感じさせることなく、怒りを露わにする菅野に陸上部は委縮していた。
当然、リレーメンバーも同様である。むしろこちらの方が影響は大きい。
同学年の先輩らも菅野を刺激しないように会話を避けている様だった。
「うわっ!」
突然、座っていた柴田の背に何かがぶつかり、弾かれるようにベンチから転がり落ちた。
「柴田、お前だけは期待してるぜ」
血走った目の菅野が笑っていた。
蹴られたのだということはすぐに分かった。
「が、頑張ります……」
ここで抗議の声を上げても菅野を激昂させるだけだ。
やや過剰なコミュニケーションと受け入れる他ない。背中の鈍痛と怒りを抑えるように自分を納得させる。
「アンカーがミスんなよ?」
「俺なら大丈夫っすよ……タイムも良い感じですし」
「当たり前だ、正部員のお前を何のために入れてると思ってんだ?」
「はは……そうすよね…………」
「死ぬ気で走らなかったら、お前死ねよ?」
(どんな日本語だ)
愛想笑いを浮かべる柴田を無視して、菅野は同様に他のメンバーの背中を蹴飛ばしていった。
足引っ張るな、抜かれるのは許さない、失敗したら殺す。
発破をかける、というにはあまりにも辛辣。チームプレーが重要のリレーでは最早、プレッシャーをかけるだけの彼の存在は邪魔でしかなかった。
(やり辛ぇ)
この2週間、レギュラーから落とされた菅野と共に柴田はリレー練習に明け暮れた。文句を言いながらも菅野は普通に練習に参加していたし、メンバーに対して露骨にプレッシャーをかけることもなかった。
(今日に限って何なんだ……何か、バスケ部とは違う事情でもあるのか?)
バスケではもう無理だからリレーに力を入れるのは理解できる。性格の単純さ故、熱くなり口が悪くなるのもいつものことだ。だが、今日の菅野は少々度が過ぎていた。
しかしながら、そんなことを気にしていられる猶予はもうない。
「……ちっ」
柴田は舌打ち交じりにため息を吐く。
柴田は先ほど男子100メートルを終えたばかり。結果は12秒83。個人としては自己記録に迫る好タイムだったが、決勝進出にはあと一歩届かなかった。
そんな悔しさや余韻に浸る暇もなく、リレーに意識を向けなければならない。
(切り替えだ……リレーで勝てば問題ない)
皆が期待している。菅野でさえも口は悪いが柴田の速さ自体は認めている。
己の義務を果たさねばならない、と自分に言い聞かせる。
パン! パァン!
更衣室に破裂にも似た音が連続した。柴田が自らの頬と太ももを叩いたのだ。
気合は十分。コンディションも悪くない。先に100メートルを走ったことで緊張もいくらかマシになった。
スッ、と柴田の顔から表情が消える。
呼び出されるまでの時間を集中を高めるために費やす。
そして、
「次、リレーの選手は準備お願いします!」
4×100メートルリレーが始まる。




