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第零話-2

陸上部といってもその実態は実に奇妙なものだった。

大会に向けて部員が日々練習に明け暮れるのではなく、そのほとんどが他の運動部との兼部、より正確に言えば助っ人のような形で構成される部活だった。

練習は週に一度だけ。メインの部活動で試合を前日に控えていたりする場合は休んで良く、雨が降れば即中止といった具合の驚きの緩さである。

正部員は一名。柴田健星ただ一人。

日曜日以外の週6日。他のメンバーが仲間たちと楽しく部活動をしている中、柴田だけは「他に部活もしてないのだから、真剣に練習なさい」と一人黙々とトレーニングすることを強制されていた。

「あんの、ババアぁっ…………!」

熱を持つほど疲労した太ももをさすりながら柴田が毒を吐く。

一度、自分が入る前は部員が0だったのに、なぜ部活として存在できていたのかを唐沢先生に聞いたことがあった。

『校長のゴリ押しです』と答えられた。

話を聞くと、十数年前には陸上部はしっかり存在していて、非常に良い成績を収めた選手がいたらしく、その時代はとても強い学校として有名だった。その功績を無くしてしまわぬよう、部活という体だけは存続させてきた、ということらしい。

とはいえ、そのせいで一人ぼっちでハードワークをしなければならないのだから、柴田にとってははた迷惑な話だ。

「やってんなぁ、健星!」

柴田が体育館の陰で呼吸を落ち着かせていると背もたれにしていた鉄製の扉が開いた。

「あきらぁ……、俺はお前のこと一生許さん」

「いきなりなんだよ」

「部活ってステータスは青春に必要って言ったよなぁ? 可愛い女子とお近づきになれたり、人気者になれるってよぉ……」

「うん、言ったかも」

「見てみろ! 今の俺の姿を! 毎日毎日バカみてぇに独りで走らされてもう夏だぜ! 女子マネージャーどころか部員もいねぇ! 可哀想だとは思わんのか!」

「いやぁ、まさか陸上部なんて幽霊部活に入るとは思わなかったから……ははっ」

「笑ってんじゃねぇ! 少しは責任感じろやゴルぁああ!」

季節は夏。初めての中体連も終わり、運動部が心機一転する時期。

柴田の成績は400m予選落ちだった。いくら足が速いといってもそれは田舎のごく狭いコミュニティでの話だ。当たり前に50秒台を出す選手がいる中ではとても勝負にならない。ダントツで遅かったわけでもなく、自己ベストを更新したわけでもない、なんとも言えない結果に終わったのだった。

バスケ部はちょうど休憩の時間だったらしく、柴田と須々木の近くにわらわらと人が集まって来た。

「シバケン、また一人か! ゆずちゃんは?」

「ババアは知らん……いつも通り指示だけ出してどっか行った」

ゆずちゃんとは唐沢先生の愛称だが柴田にとっては寒気のする響きである。

「シバケン、中体連お疲れ様―!」

「おう芽久めぐも、小さいのに運動部のマネージャーなんて大変だな」

「シバケンが大きくなりすぎなんだよー!」

昔からの付き合いの者も多く、またそれ以外の中学に入ってから知り合った友人の顔も見えた。

幼馴染ばかりの小学校以前と比べて人数が増えたとはいえ、たった3クラス。友人も顔なじみもそれなりにできた。「シバケン」というあだ名もこの校舎で出会った誰かに付けられたものだ。未だその犬のような響きには慣れないが愛称ということで納得している。

「あ……菅野すがのさん、おざす!」

集まった友人たちの奥に向けて挨拶をする。

こちらに気づいた先輩が柴田の方へ歩いてくる。

「全道進出おめでとうございます!」

「おう、バスケ部としては全然ダメだったから陸上は頑張るわ」

一瞬、「全然ダメ」という言葉に体育館の奥の方で休憩していた3年生が反応し、苦い顔をした。

鋭いツリ目に柴田以上に大柄な体。上級生のそんな反応も気にせず下級生を押しのけて目の前までやって来た。

「今日も練習か、よーやるわ……ただ走って面白いか?」

「いやー全然っす」

ヘラヘラしながら答える。

「今日はミーティングして終わりだからよ、後で俺たちも行くから」

「マジっすか」

「いやー3年対1、2年で送別試合やったんだけどよ、カス過ぎて体力有り余ってんだわw」

周りにいた1年生も苦い顔をする。

改めて奥を見ると、木製のスコアボードには82対38と記録が残されていた。

ダブルスコア……と柴田が呟く。

「水、用意しとけよ?」

「あ、了解っす」

短く会話を切り上げると菅野は肩を揺らしながら引き返していった。

菅野が十分に離れたことを確認してから須々木が。

「お前、ほんとよく付き合ってられるよな…………水ぐらい自分で用意しろってのに……」

「まぁ俺は基本、週一でしか絡みないから……言われた通りにしてれば意外となんとかなる」

「俺らはあいつが三年になるのが怖くてしょうがない……」

須々木が身震いする真似をすると他の部員も一様に頷いた。

「そうか、確かにヤンキーっぽいけど、意外と気さくだと思うけどな」

「まぁ……機嫌が良い時は面白い先輩だよ、プレーも上手いし、俺らも本気で嫌ってるわけじゃない」

ただ、気性の荒ささえなければ……、と続くんだな、と柴田が苦笑する。

「そろそろミーティング始めまーす!」

マネージャーの呼びかけにうーい、とバスケ部員達が答え、ぞろぞろと奥の方へ帰っていく。

「三橋がマネージャーになって良かったな」

からかうように柴田が言うと、須々木が血相を変えてしーっ! と唇の前で人差し指を立てる。

「な、なんだよ」

無言のまま人差し指をしまい、親指を立て後方を指す。その方向には菅野がいた。

「?」

そして親指をしまうと最後に小指を立てた。

女、を隠喩するハンドサイン。

「あ、あぁ~……………………まじで?」

思わず小声になった。

「……たぶん? …………狙ってるだけかもしれないけど……」

そう言うと須々木も走って行ってしまう。

「こらああああああ! 柴田ああああああ! どぉこ行ったああああああ‼」

遠くから唐沢先生のヒステリックな怒号が聞こえる。

柴田は舌打ちをすると弾かれたようにグラウンドへ急行する。

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