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第二十話

第二十話

「シバケンはさ、好きな人とかいんの?」

「なんだ急に」

コーヒーカップを持つ手が止まる。

「『学祭マジック』ってあるじゃん? 特別なイベントがあると仲が進展しやすいってことよくあると思うんだよねー、んでウチらの何人かも男子からよく連絡来るようになった―って話聞くし体育祭でもそういうことあんのかなーって」

「そういうもんかもな、山川なんかは彼女ほしーって口癖みたいになってるから、体育祭の活躍次第ではワンチャンだな、あの人かっこいいー、って女子が奇跡的に現れるかもしれない」

「それはないっしょw」

即答する流華。女子にとって山川はそこまで「ナシ」なのか、と柴田は少し驚いた。

「長谷川とかなら全然ありそう」

(坊主なのが悪いのか? もしそうなら全国のストイックな高校球児に謝ってほしいもんだ)

山川は野球部仲間からも言われている通り「ネタキャラ」なのかもしれないが、面倒見の良い気さくな一面もある。そこを見てくれる女子の登場を柴田はほんの少しだけ願った。

「んで? シバケンは? 誰狙ってんの?」

「いねぇよそんなの……第一、男子のグループチャットに入ったのもつい昨日だ。女子とコンタクトなんて取ってねぇよ」

柴田はつらつらと語る。

「人を良く見てる三橋なら分かるだろ、前の席に座る俺が女子と楽しそうにお喋りしてるところなんて見たことあったか?」

「え、よく喋ってるじゃん、アキちゃんと」

「栗田さんは山川の友達で席が近いからたまたま話すんだよ」

「えぇ~そうかなぁ~、なんか怪しい! 紗季とも話すんだよね~、アキちゃんがシバケンに良く話しかけるから絶対柴田は「話しかけてくれるアキちゃん好き~♡」ってなってるって」

「俺はどんだけ単純だと思われてんだよ! ……つーか誰だ紗季って……」

「は? 同じクラスじゃん! クラスメイトの名前もまだ覚えてないわけ⁉ ………………はぁ、シバケンはさぁ……ほんとそーゆーとこ」

おでこに手をやってため息をつく流華。

謎の上から目線に腹が立たないわけでもないが、たしかに一か月も経って名前と顔が一致していないのはまずい。自覚はあるので何も言えない柴田。

「……あ、てかやっぱりそうじゃん! 名前! アキちゃんの名前は覚えてる! それってそういうことじゃん!」

ビシィッと人差し指を差し向けてくる。

「…………たまに話すんなら普通に名前くらい覚えるわ、どうしても俺を栗田さん好きにしなきゃ気が済まないのかよお前は」

「も~つまんないなぁ~…………あ、じゃあじゃあ! もしアキちゃんに告られたらどうすんの⁉ 振っちゃうの⁉」

「それは……」

柴田は想像してみた。


夕日が彼女の長い黒髪を照らす。

微かに幼さを感じさせるタレ目が笑うと少し細くなり、人のいない教室では小柄なその体がいっそう小さく映る。

昨日見た光景と同じ。

だがこの場には本当に柴田と秋穂の二人だけ、ミッコはいない。

手を前で組んでもじもじしながら秋穂は言う。

『柴田君……その……体育祭すごかったね……』

言葉を探すようにゆっくりと。恥じらいを隠すように彼女が笑う。

『アンカー任されて、上級生もぶっちぎりで…………私たち一年生が優勝できるなんて思ってなかった、あはは……』

時計の針の音だけが聞こえる教室。だがそれに反して時間が止まったかのような感覚がある。

それでね、と彼女が続ける。

次の言葉は言わずしても分かる。放課後の教室に男女が二人。改まった態度に紅潮する頬。もうそういうことだ。

潤んだ瞳が柴田を見上げると、意を決したように拳を握って。

『柴田君のこと、かっこいいと思って! ……その、もし……もし、良かったらなんだけど……わ、私と……その、付き合ってくれませんか?』


(おおおおおおおおおおおおおお! あり! めちゃくちゃあり! アリかナシかで言えばアリよりのアリ! す、すごい! めちゃくちゃ良いぞこれぇっ!)

そんな妄想と興奮を悟られぬようゆっくりとカップに口を付ける。

だが、コーヒーはもう一滴たりともカップになく、震える手がバレないようにすぐに置いた。

「ど、どうだろうな……」

(やば、声上ずった)

「あはははははははは! 分っかりやす! そっかそっかぁアキちゃんはアリかぁ~、可愛いもんね~」

身を乗り出して柴田の頭をペシペシ叩く流華。

「いやぁ~体育祭頑張んないとねぇ!」

「栗田さんが俺を応援するとは限らねぇだろ」

「やっぱその気になってんじゃん!」

「う、うるせぇな! もしもの話なんだから別にいいだろ! 大体三橋はどうなんだよ!気になる奴とかいるんじゃねぇの⁉」

「え、私?」

流華の手を払いのけながら逆に聞いてみる。

「うちの男子、私より背ぇ低い人がほとんどだけど?」

お、おう、と柴田は言葉を詰まらせ、それと同時に納得した。 流華の身長は高校生男子平均と同じかそれ以上ある。ましてや今日のようにヒールやブーツ等のかかとの高い靴を履くとなればそれはもっと高くなる。

女子が自分より高い身長の男子を好むのは、男子が巨乳に惹かれるくらい自然なことかもしれない。

「うちの男子じゃなくても、別のクラスで、ほら赤井とか背ぇ高いしイケメンだろ」

「あ~E組サッカー部の……」

一応、赤井も知っているらしい流華は記憶を検索するように視線を斜め上に移動させた。

「別に」

「そうか……」

「……」

「……」

何故か唐突に訪れた沈黙。柴田がコーヒーに逃げようにも残っていない。

(え、何この感じ⁉ 地雷だった⁉ でも赤井は三橋の連絡先知らない感じだったし、直接の面識はないはずだよな……赤井が気になってるって反応でもないし、むしろ何かイラついてらっしゃる⁉ 何で⁉ 分からない! 私、最近の子が何を考えているのか全く分からないわ!)

すると目を逸らしながら流華が呟く。

「背ぇ高ければ誰でも良いわけじゃないし……」

「お、おう……そりゃそうだ……………………ま、まぁ男子も胸がデカいってだけで好きになるわけじゃないしな、本当色々だ! ははっ…………いや、やっぱりそうでもないか……巨乳の魔力恐るべし……」

ご機嫌で小粋な下ネタを挟んだつもりだった柴田だが、言いながら自信を無くした。

ギロリ、と流華の眼光が焦る柴田をロックオン。

「シバケンは?」

ひどく冷たい声で訊ねる。

ぶわっと総毛立ち、柴田の背中に汗が伝う。

「は、はい? なにがでしょう……」

「おっぱい…………大きい方が好きなの?」

柴田は脳をフル回転させた。パンケーキの糖分接種により感度は良好。

この雰囲気、馬鹿正直に「うん、でかいおっぱい大好きー!」とは叫べない。かといって胸と双璧を成す「尻が好き」と答えてもこれはこれで問題がある気がする。いっそのこと貧乳好きと言ってしまおうかとも考えたが、それは自分に嘘をつくことになってしまう。性癖に対しては極力正直でありたいというのが柴田のこだわりである。「見た目よりも中身が一番大事だよ」などという毒にも薬にもならない、いかにも赤井が言いそうなことは絶対に言いたくなかった。

うなじ、と答えるのは年寄り臭く、脇と答えるのは変態っぽさが出てしまう。こういう時、性癖の引き出しが多いと便利である。選択肢は選び放題。

嘘をつかずに答えても引かれない最適解は、

「胸も良いけど、おれは脚が長くて全体のスタイルが良い人が良いかなっ」

この間実に0.3秒。帽子を目深に被ったひげ面のガンマンもびっくりの速度だ。

「あははっ! まじか~、シバケンは脚派かぁ~そっかそっか」

(ぶひぃ~、耐えたぁ~……)

極力いやらしさを排した回答に満足したのか、流華が笑う。

「授業中とか私、いっつも見られてる気ぃしたんだよね~」

「授業中は見てねぇよ! 後ろの席をどうやって盗み見るんだよ!」

「『は』? 授業中『は』ってどういうこと~? 別のタイミングで見てるってこと⁉ あはは! いやいや普通にキモイからー!」

頭を抱える柴田。

「嵌められた……」

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