第十九話
そう言われると何も言えない。
加納があの場で流華に声をかけたのは間接的に柴田のせいとも言える。柴田があのアーケードに行かなければ彼女に遭遇することもなかったのだ。柴田が加納を連れてきたと言っても過言ではない。あそこで流華が流れに乗ってくれなければ、加納はいつまでも柴田に粘着していただろう。成り行きで協力関係となった柴田と加納だが、その実、強請られていることに違いはないのだ。
流華がその事情を知るはずもないが、助けられたことに違いはない。
昼食一つでその借りが返せるのならば安いものだ、と柴田は諦めた。
そんなこんなで駅直結のビル内にあるカフェ。壁とテーブルが明るい木目調で統一された店内は女性客を中心に賑わっている。
ソファに座る流華はメニュー表を鼻歌交じりに眺め、椅子席に座る柴田はその様子を見ながらコーヒーをすする。
「ん~、ん、ん、ん~♪」
(…………注文した後だってのにそんなにメニュー見るのが楽しいかね……犬だったら尻尾が千切れるほど振り回してるんじゃないか?)
ご機嫌な流華とは裏腹にそんなことを考えて柴田はまた一口、カップに口を付ける。
「シバケンって女子の前だと格好つけてブラック飲む人?」
「学校でもいつも飲んでるんだよ」
「うん知ってるー、いっつも匂いするからー、誰かに向けたアピールかなぁって」
「全然違ぇよ、つかそんな奴いねー」
「え、山川はいっつも女子をチラ見しながら飲んでるよ?」
「アレと一緒にするなよ! つかそんなことしてんのかアイツ……普通にイタイな……」
山川は自分が坊主頭だからモテないんだと力説していたが、どうやら問題は別にありそうだなと柴田は苦笑した。
「つーか人を良く見てんな、コーヒーとか…………あ、そういえば内田が全中出たって話もよく知ってたな、あんま話さないだろ、何で知ってんだよ」
「席替え前の席で隣だったからその時聞いたー」
なんでもなさそうに流華が答えた。
入学直後、厳密には今もそうだが、柴田は男子と話すのがやっとだ。女子を気にするより同性の友人を作る方が先決だと思い躍起になっているが、流華にとってはそれほど重要な問題ではないらしい。男女も陰キャ陽キャも関係ない。気の向くままに交友を広げるタイプであり、そもそもそんな小さなことは気にしない、というスタンスなのかもしれない。
(この余裕、コミュ強過ぎるっ!)
驚愕する柴田は、同時に納得した。
中学時代、会話のなかった彼女がなぜ柴田が陸上大会に出ていたことを知っていたのか。小さな田舎の学校において情報が回るスピードが速いのは当然のことだが、目立つタイプでもない柴田を認知しているのが不思議だった。
彼女はその広い交友の中で自身のことを知ったのだな、と腑に落ちた。
すると、ごく自然に柴田の唇が静かに滑らかに動く。
「三橋はさ、あそこで失敗した俺がリレーで勝てると本気で———」
「あー! 来た来た来たぁ!」
エプロンを着た店員が二人分のパンケーキをテーブルに置いた。
「ん? なんか言った?」
「いや、何も」
言い終わる前に店員が来てくれて良かった、と思い、口を滑らせたことを後悔した。
(同じ中学だから話を聞いてもらえるかもってのは甘えだよなぁ……話してどうなる……それにあれは昔の小さな失敗でそれこそ笑い話にしたって良いことだ。三橋には何も関係のない話だろ)
チクリと刺す胸の痛みに嫌気がする。いつまで気にしているのかと自分の女々しさが情けない。
加納との賭けでも体育祭のリレーの件でもない。
もっと前。
中学時代。
陸上部のこと。
「食べようぜー」
流華のそんな一言でふと我に返る。
ナイフとフォークを持った流華が子供のように待っていた。
「写真、撮らなくていいのか? こういう時って女子は撮るもんじゃねぇの?」
「あぁ⁉ そうだった! ちょっとまって!」
スマホを取り出し、しかめっ面でベストアングルを探す流華。
柴田が待つ義理はないのだが、待てと言われればそうせざるを得ない。ご飯の時はみんなで「いただきます」をするもの、なんてお行儀の良い家庭で育ったのかもしれないな、と考えると彼女のイメージがまた違って見える。
眉が八の字になるキツい表情が何かに熱中する子供のそれに見える気がした。
きっと彼女なら笑い話として白い歯をこぼしながら聞いてくれるんだろう、と柴田は自然と口元を緩めた。
(…………そうか…………俺は、誰かに笑って聞いてほしいのかも…………そうすることで決着を………………)
パシャリ、とスマホのカメラには本来必要ないわざとらしいシャッター音が鳴る。
「ちっ……! シバケンちょっとどいて、映り込む! これアップしたら皆に匂わせだとか言われるわ絶対! ほら早く!」
キッ、とスマホの奥の大きな目が柴田を睨む。
「あ、あぁ」
(怖ぇぇ…………やっぱり別に三橋に話すことでもないか……)
柴田がいそいそと画角から外れていく。




