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第十八話

田んぼと森ばかりで代り映えのしない景色を見ながら柴田はため息をついた。

心配事ばかりだからだ。

加納相手に体育祭ギャンブルなどというハッタリをかました結果、非常に危険な立場に追い込まれた。昨日まではやっちまったものはしょうがない、と開き直りの精神でいたが、一夜明ければ心配が勝った。ボウリング場で啖呵を切ったのは良いが、冷静に考えれば1年生が優勝するのは非常に困難だ。やらねばならないことが沢山ある。

家にいても落ち着かないので半ば逃げるように北の大都会・札幌へ向かった。

目的はシューズの新調。

トレーニングに使うランニングシューズは少し小さいだけなのでそのまま使うとしても、スパイクは新しくしておきたかった。6×400の短距離リレーでは一人一人のタイムが重要になるだろうと考え、少しでも早く走れるようにしなければならないと思ったのだ。

加えて、クラスメイトの前で優勝を宣言した手前、情けない走りだけはしたくない。

乗り換え含め片道2時間の道のり。どことなく湿っぽいような匂いのする列車にひたすら揺られる。


札幌駅に到着するころには柴田はすっかり疲弊していた。

賑やかで騒々しいところは嫌いではないが、長時間の電車移動を苦手としている。やっぱり自分の脚で駆けずり回っている方が田舎者の性分に合っているんじゃないか、と全く見当違いなことを考える柴田。ただの乗り物酔いだ。

ちょうど昼食時だったが昼食を取る気分にもなれない。仕方なく駅直結の商業施設を冷やかすことにする。

「Tシャツ一枚で2万とか正気か……?」

などと庶民的高校生には場違いな服屋に入っては出るを繰り返す。元来、物欲が薄い方という自覚はあったが、札幌まで来て見たいものもないなんてどんだけ寂しい人生なんだだ俺は、という気持ちになってくる。

目的もなく彷徨っているとフローラルでソープな香りに気がついた。辺りはパステルカラーの色彩豊かな空間になっており、女性向けの店舗が集中しているフロア。

周りを見ても女性ばかりで居心地が悪い。そそくさと脱出しようとすると、近くのセレクトショップに見知った顔を見つけた。

「これのLってありますかー?」

甲高いハスキーボイスの少女が店員と会話している。

スラリと伸びた健康的な長い脚にウェーブがかった長髪。学校では見ないヒールの高い靴を履いており、一層その高い身長が際立っていた。

「触らぬギャルに祟りなし、柴田も鳴かずは撃たれまい……」

「……! シバケンじゃーん!」

引き返しながら放った呟きに元気の良い返しがあり、柴田の背中がビクッと真っすぐになる。

(触っても、鳴いてもいないのに……)

「めっちゃ偶然! なにしてんのー?」

ゆっくり振り返ると何やら上機嫌なギャルの三橋流華が。

「あぁ三橋か……本当、偶然だな」

「てか今逃げなかった? 目ぇ合ってたよね?」

上機嫌から一転、

キッ、と試すかのような視線に柴田は震えあがる。柴田は彼女が時折見せるこの表情が苦手だった。無論、中学時代に会話はほとんどなかったのだが、遠くから眺めているだけでも流華の鋭い視線は柴田の色んな玉を縮み上がらせるのだ。

(美人の真剣な顔って超怖い!)

「別にそんなことないぞ、気のせいだろ?」

「ふーん……ま、いいけどね……んで何してんの?」

「スパイク買いに来たんだよ、前のやつは小さくなったから」

「なんでいまさら? 陸部辞めたんしょ?」

「体育祭があるだろ」

すると流華が目を丸くして、

「その為だけに⁉ え、ウッソ! ガチ過ぎん⁉」

どう言ったものかと柴田が迷う。工業の不良に強請られてるから体育祭で賭けをするぜ! とは言えない。

色々考えた末に柴田は、

「リレーの代表になった時、恥ずかしいこと言ったからな……」

「あぁ! ぶっちぎりで走り抜くとかなんとか! あははははは! あれめっちゃ笑ったわ!」

「うるせぇ! 俺は走るつもりなんて無かったんだよ! お前が推薦したせいでもあるんだからな⁉」

「えー、ノリノリだったくせにー」

顔を近づけ、人差し指で柴田の胸をつつく流華。

「っ……やめろって」

くすぐったくて妙な声が出そうになるのを堪えて払いのける。

シャンプーなのか香水なのか、あるいは日焼け止めかボディクリームなのか、甘い香りが柴田の鼻孔をくすぐり、心拍を跳ね上げた。

(陽キャの距離感すげぇな、そして俺は何でこんなに慌ててんだよ……もしかしてこれは! はわわ、この気持ちはなんですの! 爺や、爺やを呼んでちょうだい! こんなの不整脈に決まってますわ! ………………いや、俺が童貞だからですね……分かってます)

脳内お嬢様風味で絶賛大混乱中だが決して表情には出さない。眉根を寄せながらあくまでクールな対応。

「三橋はなにしてんだ? 一人?」

「なわけ~、紗季がネイルしてるから待ってんの~…………え、なに、シバケンもしかして一人⁉」

「……」

柴田は目を逸らした。

「ヤッバ、マジで一人で遊びに来てんの⁉ 寂し過ぎん⁉ いやほんと……ボッチにも程があるでしょ……」

「ガチで引いてんじゃねぇよ、それに遊びに来たんじゃない、買い物だ」

抗議も空しく、流華がコロコロ笑う。

(このまま駅前をウロウロしてたらコイツとその友達にまた遭遇しそうだな、さっさと靴買いに行くか……)

柴田のこの一週間の疲労は既にピークに達していた。ほとんどが自業自得の結果なのだが。兎にも角にも心身は十分な休息を必要としており、苦手なギャルとの会話に割けるエネルギーなどない。加えて、柴田には何かろくでもないことになる、という予感があった。

「もうなんでもいいや……俺は買い物したら帰るだけだから、んじゃ」

適当に切り上げて別れを告げたところ、後ろから襟を掴まれた。

ぐぇっ! と力加減も分からない子供に捕まれたカエルのような声が出た。

「ご飯食べたー?」

「…………はい?」

「お昼! もう食べた?」

「……いや、食べてないけど」

「じゃ、どっか入ろうよ」

ぺかー、と満面の笑みの流華。だが襟を掴んだまま離そうとしない。

なんで……? と心の底から疑問を放つ。

「昨日助けてあげたじゃん!」

「…………、あ、ごめんなさい、もう食べました。家で食べてから来たんでした……」

「はいウソ! 行くのけってー!」

襟を持たれたまま連行される柴田。

「私、シバケン助けるためにあのゴリラにアカウント教えたんだけど」

 柴田がハッとする。思い出すのは昨日の商店街での光景。

「だ・か・ら~」

流華は少し妖しい笑みを浮かべ、

「お礼してくれてもいいよね♡」

柴田は無言のまま財布の中を確認した。

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