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第十七話・女子

 秋穂がカバンの中のスマホを見た。時刻は午後7時53分。

「あ、そろそろ帰る感じー?」

「うん、今日お母さん夜勤なの、弟を見てあげないと」

「へぇ~大変、でも私は一人ッ子だからちょっと羨ましいな」

「いると、うるさいけどね」

 秋穂と流華が同時に笑った。

 シャッター街となりつつある商店街の一角のカフェ。周囲の古びた雰囲気から少し浮いた清潔な外観がいかにもな目新しさを感じさせていた。

 全国展開するコーヒーチェーン店だが、地方の高校生にとっては新しいテナントが入ったというだけで目新しく映ったようで、二人以外にも西高生やその他多くの学生が飲み物と会話を楽しんでいる。

 コーヒーの香りに混じって、キャラメルやチョコレートの甘い香りが店内を満たし、まだ冷え込む5月の夜に合わせて薄く暖房もかかっていたため、二人は自然と長居していた。

 珍しく勉強欲が湧いた秋穂が幼馴染のみっこと共に自習室を訪れたは良いが、そんな日に限って、設備点検の業者が作業中のため教室は使用禁止になっていた。みっこに連れられこのカフェにやって来たのだったが、肝心の本人は夕方放送のアニメが見たいと言って早々に帰宅。入れ替わるような形で入店した流華と遭遇し、相席することになったのだ。

 流れで相席することになったクラスメイトとはいえ、秋穂にとっては正直気まずかった。まともに話したこともない別グループのギャル。派手な人種との付き合い方が分からなかった。

 だが、時間が流れるにつれて、そんな感情は薄れていった。

 意外なことに、流華はこの街よりもずっと田舎が地元で、遠くから通学しているらしく、札幌にも数える程しか行ったことがないと聞いた。友達と外食するのも高校に入ってから初めて経験したと恥ずかしそうに話すのが印象に残った。

 こんなに美人な陽キャなのに、とホッとした。考えていたよりもずっと親しみやすく、よく知りもせず勝手に苦手意識を持っていた自分が恥ずかしいとさえ思った。

「体育祭、アキちゃんはバレーだよね?」

「うん、他じゃ役に立たなそうだから」

「えー? 役に立つとか関係ないない! そりゃ勝てた方が嬉しいけど、部活じゃないしねー」

「あはは! 確かにそうだね」

 マグカップとカトラリーを返却口に返しながら秋穂は思う。

(本当に陽キャだなぁ……分け隔てないっていうか、何も気にしないっていうか……本当気持ち良いぐらいアッサリスパッとしてる)

 ふと、あの少し目つきが怖い少年の顔が思い浮かんだ。「三橋は多分、思ってるほど怖くないぞ」。こちらも照れてしまうほど恥ずかしそうにして彼が言ったのはつい、数時間前のことだ。まるで秋穂の心の内が分かっているかのように正確だったので心底驚いた。

「本当にそうだね……」

「?」

 自動ドアを抜けると冷たい風が吹いていた。アーケード内の白色灯がジジッと音を立てる。

「うわーさっむー!」

 流華の短いスカートがパタパタ揺れる。

「大丈夫? というか見えそうだよ……?」

「だいじょぶだいじょぶ! オシャレは気合だから!」

 正拳突きの真似をするとくちゅん、というくしゃみをした。

「え、可愛い」

「あっはっはっ! 恥っず~!」

 豪快に鼻を擦りながら笑う流華とそれを見て笑う秋穂。

 一しきり笑った後、秋穂がスマホを見るとそろそろ8時を回りそうだった。

「帰りの電車大丈夫?」

「ん? あーイケるイケる駅、すぐそこだし」

「そっか、じゃ、夜だし気を付けてね」

 ばいばい、と胸の前で小さく手を振る秋穂。

「え~! なにそれかわわ! 意外とあざといのかー!」

「もー違うってば! 普通の挨拶でしょ!」

 がばっと首に腕を回して抱き着く流華。

 ギャルの別れ際とはこういうものなのだろうか、と秋穂は思った。欧米ばりのボディランゲージに少し面食らう。男子でなくてもドキドキする程良い香りがした。

「へーきへーき! なんかあったらシバケンいるし…………て何アレ⁉ ヤッバ、めっちゃ走ってんじゃん!」

「え……へっ……?」

 言うと流華は秋穂の後方、少し斜めを指差した。

 驚いて振り返ると、そこには対岸の歩道を荷物も持たずに全力疾走する柴田がいた。

「おーーーい! シーバーケーン!」

 流華が迷いなく手を振り、少年のあだ名を叫ぶ。

 こちらに気づくと律儀に、右を見て左を見て、もう一度右を見てから走ってやって来た。

 シャツの襟元の色が濃くなるほどびっしょり汗をかいている。ぜえぜえ荒い息を繰り返し膝に手を置きながら止まった。

「はぁはぁはぁ…………三橋!  山川、はぁ、あいや……だ、誰でも良い、クラスの男子に連絡付くか⁉」

「え、なになに? 大丈夫?」

「つ、付くのか⁉」

「そりゃまぁ、もちろんつくけど……」

「ちょっと通話してくれ!」

「え~? 友達追加してないからいきなり通話するのはなぁ、あ、アキちゃん山川と通話できる~? 同じ中学っしょ?」

「え、あ、栗田さん……」

「う、うんできるよ、ちょっとまって」

 急いでメッセージアプリの友達リストを漁る秋穂だが、すぐに見つからない。もしかしたら省吾は本名で登録していないのかも、と思い過去のトーク履歴から探す。

「本当何なの? そんなに汗かいて」

「はぁはぁちょっとな……よんどころない事情だ」

 高速でスマホ画面をスクロールするが、直近でメッセージのやり取りはしていないので、結局中学時代まで遡った。

「あ、あった! かけるね!」

「お、おう! 頼みます!」

呼び出し音がかかる。

 ……

 …………

 ………………。

「出ないかも……」

「だぁーくそ! しょうがねぇ、走っていくか! あ、栗田さんありがとうね! もし良かったら『柴田は無事です、荷物預かっといて』って送っといてくれる⁉」

「う、うん、いいよ」

「あ、ちなみになんだけど、ボウリング場ってどこか分かる?」

「えぇっと……ここからだと、駅前の交差点を左に曲がって真っすぐかな……」

「そっか、ありがとう助かるよ!」

 踵を返して再び少年が駆け出そうとした、その時。

 グオン! グオン!

 柴田のすぐ脇、歩道に乗り上げるように一台のバイクが乗り付けた。

 突然の爆音に体が硬直する秋穂。

 男は指先でちょいちょい、と柴田にサインした。

 バイクの男と柴田が何かを話すが、排気音のせいで秋穂には聞き取れなかった。何やら柴田が怒っているようにも見える。

 少女二人にとって置いてけぼりの状況だったが、柴田の慌てようを見ると、どうにもそのまま帰ることはできない。

 やがて男がヘルメットを取って、バイクから降りた。

「加納くん……?」

 革靴を鳴らして歩み寄ると、男は流華の前で立ち止まった。

「おい! 関係ねぇだろ!」

「おう、関係ねぇよ? これは俺の個人的な理由だ……はじめましてー俺、加納俊樹って言います、柴田ちゃんの友達ですかー?」

「シバケン、何コイツ」

 ギロリ、と流華は秋穂が知らない鋭い目で男を睨む。

「……それは……っぐ」

 柴田から妙な声がした。バイクの男が柴田の肩ではなく首の後ろ側に手を置いた。

「紹介してくれるかな……柴田ちゃん?」

「い、いいけど脈無しだと思うぜ」

「ひどいなぁ~、別にそんなつもりじゃないのに~」

 男はわざとらしいほど柔和な笑顔を作る。

 すると、

 ふふ、と流華が鼻を鳴らした。緩くウェーブがかった長髪を手で払うと一歩前に出る。

「別に私は気にしませんよ~♡」

(え、な、なに)

 こちらもわざとらしい程の猫撫で声だった。

「おい三橋! いいから———」

 流華が言いかける柴田の顔面をグイッと掌で押しのける。

「本当⁉ じゃあ今度放課後遊ぼうぜ」

「いいですね~、あ、三橋流華でーす」

「ノリいいねぇ、連絡先交換しよー」

「はーい」

 あり得ないスピード感のやり取りに秋穂は混乱した。

(るかちゃん、絶対やめた方がいいよ! 工業って不良校なんだよ⁉ そ、それに柴田くんの目の前でそんなっ!)

「ありがとねー!」

 作業を終えて男は颯爽とバイクに乗り、来た道を引き返していった。

 一瞬のやり取りに呆然とした。

「……」

「……」

未だに荒い呼吸を繰り返す柴田。再び先ほどの怖い顔に戻った流華。

両者が無言で視線を交わした。

「これでおk?」

「あ、あぁ……」

「何かいう事は?」

「助かった……ありがとう」

「よし」

(い、今の一瞬で何が分かったの⁉ どういうこと、どういうやり取り⁉ るかちゃんは何を察したの⁉ 本当に加納くんがタイプってわけじゃないよね? 何か柴田くんの事情を察したってこと!? 分からない、やっぱりこの二人分からない‼)

 頭に「?」を沢山浮かべる秋穂をよそに柴田は走り去り、じゃねーと軽い挨拶を告げた流華がさっさと行ってしまった。

 取り残された秋穂はしばらくその場で考え込んだが、何も分からなかったので普通に帰った。

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