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第十七話・男子

 午後8時前。賑やかなBGMとピンが豪快に倒れる音がする騒がしい店内。それとは裏腹に1年A組男子の空気は重い。

 ファミレスの飲食代を回収し終えた山川は悩んでいた。ボウリングも既に2ゲーム目が終了したがこのまま解散して良いものかと。それは他のクラスメイトも同様だった。『あの悪名高い工業生相手に柴田一人に責任を押し付けてしまった』そんな罪悪感に苛まれていたのだ。

 ジュースを賭けたり、罰ゲームで一発ギャグをやったりそれなりに楽しんだものの皆、どこか霧がかかったような気持ちでいた。「自分で責任を取りたい、恰好つけさせてくれ」柴田はそう言ったが本当にそれで良かったのか。

「やっぱり俺、様子見てこようかな……」

 この会の幹事として解散のコールをするべきなのかと逡巡する。

 もしかしたら、顔に似合わない意外と下品な冗談でも言いながらひょっこり顔を出すのではないか。彼が一度もプレーすることなく解散を指示しても良いものか。使い慣れない頭脳はとても鈍い。

「連絡は?」

 ピンク色の小さいボウリング球を磨きながら長谷川が聞いた。

「シバケンの荷物ここにあるんだよ、スマホもこん中」

 黒いリュックサックをポンポン叩く山川。

「なるほど……」

「どうすっかなー、シバケン戻るって言ってたしなー……ボロボロになってようやく辿り着いたらもう解散してましたー、じゃあ可哀想すぎるやん」

「そうなったらまず病院だろ、なにボウリングしようとしてんだ」

「今はそのツッコミもうぜぇ! いっつも俯瞰で見てます面するんならこういう時どうしたら良いかアドバイスくらいしろよ!」

「お前…………………………『俯瞰』って漢字で書けんの?」

 坊主頭をザリザリ掻きながら頭を抱える山川。

「柴田なら大丈夫だって、だってお前、体育の着替えの時の体見たことないの?」

「からだー? 何、腹筋でも割れてたか? それ位、別に」

「脚だよ脚、超デカかった……太ももとふくらはぎが中学卒業したてとは思えないくらい」

「だから逃げ切れるって? んなアホな……50m走7秒だったんだろ、確かに速いは速いかもしれんけど飛びぬけてるってほどじゃない……相手は5人いたし囲まれたらボッコボコだろ」

「いや逃げに徹すれば可能性はあるだろ」

「逃げる? なんで? シバケンは責任取るって言ってたぞ、それってやり合うってことだろ」

「ばか、違うだろ普通に考えて! シバケンはあんな風にわざと人を挑発するほど好戦的な性格か⁉ あれは工業生の、えっと……加納だっけ? そいつの興味を自分だけに向けさせるための作戦だったんだよ、俺たちが工業生はしつこくて厄介だって言ったから囮になってくれたんだろうが」

「お、囮⁉ 俺たちのために!」

 山川が柴田のリュックを担いで立ち上がろうとするのを長谷川が止める。

「落ち着けよ……囮ってことは柴田にだけ注意が向けばそれで良いんだ、煽ったことでそれは達成された、だから柴田は全力で逃げてるだろうってこと」

「そ、そうか…………ん、じゃあなんでシバケンはさっさと合流しないんだ?」

 そう言うと長谷川がうーんと口に手を当てた。

「それは……あれじゃないか? あいつらは俺たちがボウリングに行くことを聞いてたみたいだし、ここに乗り込まれないように先に帰ったんじゃないか?」

「えーまじかー…………うん、でもそう聞くとそうかもって気持ちになってくる……」

「そうそう、だからとりあえずこの場はお開きにして、ここが地元の奴らでさっきの公園覗いていこうぜ」

 それぞれの地元から通学する生徒にとって北海道の田舎の終電は早い。何となく柴田の合流を待つ雰囲気になっているがクラスの数名は時計を気にしている様子。

「おーーい、今日は解散だー!」

 山川が奥のレーンを使う者にも届くように呼び掛けるとぞろぞろと彼の下に集合し始めた。

「省吾―、柴田帰ってきてないけどいいの?」

「もうしょうがない! 地元の奴らは少し残ってシバケン捜索隊を結成することにした!」

「おk」

「実際、結構心配だよなー」

「うるさくして目を付けられたのは俺たちも同じだ……あいつだけ責任取ることないのに」

「柴田くんは優しいですから」

「内田って柴田と絡みあんの?」

「いえ、でも、たまに話しかけてくれるんです……」

 口々に話す一同。柴田と交友のある者はほとんどいない。だが、程度に差はあれど全員が柴田の安否を気にしていた。

 各人がレンタルシューズやボールの返却作業をしたり帰り支度する中、前髪をヘアピンで留めたサッカー部の男子が再度全体に呼びかける。

「最後に円陣組まなーい⁉」

 再び集まり始める一同。

「サッカー部式の円陣?」

「つーか何で円陣」

「体育祭に向けてだろ? 今日はその会だし」

「え、そうなん、初だわそれ」

 店員がまだ帰らねぇのか的な顔をしているのも無視して男子達がギャーギャー騒ぐ。

「そういえば、加納が言ってた桜井って誰なの? あ、これ聞いちゃマズい?」

「いやいいよ、桜井さんは中学の野球部で先輩だった人、最後の試合の直前に加納にケガさせられて出場できなかったんだ」

「へぇー、そんなことが」

「詳しい理由は分からないけどな、先輩たちもまともに教えてくれなかったし……噂じゃ女絡みで揉めたとかなんとか」

 古いボウリング場の端、自販機がある休憩スペースに円陣が作られた。客は彼らの他にマイボウルを持参する初老ボウラ―がまばらにいるだけであり、どれだけ男子達が騒いでも黙々と投げ続けている。元々騒々しい場所ではあるので全員で大声を出しても問題はないだろうということで円陣の運びとなった。

「んじゃ、省吾頼んます!」

「俺かよ!」

「だってーお前が幹事じゃん? ちゃんと締めろよなー」

 突然の無茶ぶりでも気おくれしない男・山川。満更でもないといった顔。

「わぁかったよ……んじゃ皆、適当に合わせて「おー!」って感じで」

 ゴホンと一つ咳払いをして山川が締めの言葉を喋り始めると注目が集まった。

「今日は集まってくれてありがとう! 本当はシバケンとも一緒にやりたかったけど、あいつは今ここにいない……初めての体育祭、高校入ったばかりでお互いのことをまだまだ知らないけど、シバケンの分まで楽しんでいきましょう! 1年A組ぃぃ、っっっい⁉」

 掛け声が終わる直前、肩幅に開いた山川の両足をこじ開けるように突然、何かが滑り込んできた。それがちょうど円陣の中央の辺りで停止すると、


「なんか俺、死んだ感じになってない?」


 瞬間、ワールドカップのスタジアムの如き大歓声が巻き起こった。

 滝のような大音量に流石のボウラーも何事かと気を取られる。

 大丈夫か、と山川らが駆け寄ろうとしたが、柴田がそれを止めた。

「事情は後で話す! わけあって非常にまずい展開になった! 皆の協力が必要だ!」

「な、何か雰囲気変わった?」

 柴田は円陣の中央で立ち上がり、回転しながらクラスメイト一人一人の顔を見ながら言う。

「極力、みんなには迷惑をかけないようにする、約束だ………………だが! この体育祭、ただ楽しむというわけにはいかない! 目指すは優勝! これだけだ!」

「な、なんか熱くね……?」

「なにがあった……」

 クラスメイトに動揺が広がる。2時間弱の間の変わりようを見れば当然である。

「シバケン、掛け声頼むわ」

 言ったのは山川ではなく長谷川だった。

 柴田はおう、とだけ答えると肺いっぱいに空気を吸い込んだ。


「絶っっっ対優勝っ‼ 1年A組ぃぃぃいいい!!!!!! ファイッ!!!」


 オ、オオオオオオーーーーーーーーーーーー!!!!!!


 男達の絶叫が爆発した。


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