第十四話
全身のバネを縮めるように身を低くして、一気に駆け出す。
接触しようかという距離、手を伸ばせば届く程近いところに突っ込んだ。
まるで人間大の弾丸が迫ってくるかのような勢いに、加納は言葉を詰まらせる。
加納がたじろぐように半歩後方に下がり、得体の知れないものを初めて目にしたような表情で目の前を通り過ぎる柴田を見た。
(できるだけ、低く、低く!)
極端な前傾姿勢は陸上競技における効率的なランの妨げとなる。が、この瞬間の目的は包囲の突破にある。上体を高くするほど相手に掴まれたり、止められるリスクが高くなる。柴田はアメフト選手をイメージしていた。一歩でも先に行き、身を低く飛び込んでいくランニングバックを。
加納の後ろにいた取り巻きも動くことができなかった。自分と同等サイズの塊が猛スピードで向かってくる。止めるために動くには相当の勇気が必要だった。
咄嗟に男が伸ばした掌にシャツの裾が掴まれる。一瞬加速が中断されるが柴田は力任せに地面を踏みしめた。ブチブチとシャツが裂けるのも気にせず、ついにはそれすら振り切った。
舗装された遊歩道も走りにくい芝生もお構いなしに公園の出口までの最短距離を駆け抜ける。
体育のリレーと松尾先生の搬送の疲れを気にしている場合ではなかった。ただひたすらに手足を動かして前に進む。小石やアスファルトの亀裂に躓いても転倒することだけはしない。沁みついている。 かつて何百本、何千本と走ってきた脚とフォーム、簡単には崩れない。
暗がりの中に門が見えてきた。公園の出口だ。一歩踏み出すごとにぼんやりと見えていた輪郭がはっきりとしてくる。
まるで雨空の光芒、地獄に垂らされた蜘蛛の糸。
あと10メートル。門を抜ければあとは街路をジグザグに曲がって駅を目指す。
ボウリングに参加できないのは残念だが、この状況では諦めざるを得ない。どうせ教科書があったところでテスト間近でもなければ勉強などしない。置いて来た荷物も月曜日に受け取ればいいだろう、と。
そんな風に色々考える余裕ができた。
しかし、それは油断としか言いようがない一瞬。
ダ、ダ、ダ、と後方から何かが近づいてくる。
ダンッ! とすぐ近くから音がした。
地面とほとんど水平になるような格好で人が飛びついて来た。背後から手を回して柴田の胸の辺りを掴んだ。
「あ、かいっ……!」
ぞく、と柴田の鳩尾の辺りに緊張が沈む。
「本当、ごめん」