第十三話
夕日が遠くに見える稜線に沈み、街灯の明かりだけが頼りなく公園を照らす。公園と道路とを区別するようにイチョウの木と鉄柵が立ち並び、通りかかっただけでは外から敷地内を見ることは難しい。子供用の遊具があるわけでもなく、遊歩道とただ芝生のエリアが広がっているだけの殺風景な公園。その端にポツンとあるトイレ、その裏に柴田は連行された。
背後には手入れや掃除に使う用具が収められているであろう小さな倉庫、右手には木とフェンス、左手にはトイレの壁。目の前には制服の男達が5人。
完全に囲まれた。
「……っふぅ~」
加納は手慣れた手つきでタバコの葉を詰めて火を点ける。ほとんど暗闇の中にオレンジ色の小さな明かり浮かんだ。
「んで……お友達もいなくなったわけだけどどーすんの?」
(本当、どーすんだこれ……助けも来なさそうだし、逃げるのも相当難しい!)
「としきー早く済ませようぜー、腹減ったー」
男たちがゲラゲラ笑う。
「俺は別にお前を一方的に殴りたいわけじゃない……反省してくれれば、分かってくれればそれでいいんだよ、分かるか?」
「は、はぁ………………?、あれ……?」
加納が深く吸い込んだ時タバコの先が赤く光った。そして微かに見えた。加納の背後に立つ4人の男。その内の一人は制服ではなかった。大柄な男に半身を隠すように立っていたから気づかなかったのだ。
「あ、赤井!? おい赤井だよな……?」
「!」
シルエットが揺れる。
「あー? なんだ赤井ちゃん、知り合いかー?」
「あ、あぁ……そうだよ……」
影が一歩前に出た。
柴田と同じくらいの背丈のイケメン。見間違えるはずがない、今日の体育で会ったばかりだ。
(赤井はこいつらの知り合いだったのか……あ、これってチャンスか⁉)
藁にも縋る思いだ。
「赤井の友達だったんすかー、初めまして俺、柴田健星っていいます! さっきは失礼なこと言っちゃってすみませんー!」
頭の後ろを掻きながらペコペコ頭を下げる柴田。
すると加納が苛立たし気に舌打ちをする。
「そうか……赤井のな……」
(な、なんか許されそうな感じじゃないかこれ! ダチのダチはダチってそういうことか⁉ さすがヤンキー、身内には優しいと相場は決まってらぁ!)
「……」
(そうだろ、赤井?)
「……」
(なのに、なんで)
「っ……」
(なんでそんな顔してん———)
下唇を噛む赤井が首を振った。
その瞬間、頬に何かが当たるのを感じ、反射的に払いのけた。
ポトリと軽いものが落ちる音がした。
右頬が痛みを発している。ヒリヒリとなにか猛烈に熱いものに触れてしまったような。
「っ…………お前えぇっ!」
「わりぃ、灰皿かと思ったわ」
砂利の上には赤く光るたばこが落ちていた。
それを革靴のそこでぐしゃぐしゃに潰しながら加納は言う。
「赤井の連れ、だから何だ? 見逃してくれるかもとでも思ったかバーカ! 関係ねぇ、テメーは俺に逆らった、十分な大罪だ」
赤井は視線を合わせない。黙ったまま俯いていた。リレー練習の時のようなカリスマなど見る影もなく、ひどく小さく頼りなく突っ立っている。
「めちゃくちゃじゃねぇか」
どうしようもない。
クラスメイトの援軍も通行人の通報も赤井の助けも望めない。
「選びな」
改めて眼前の相手を見据える。
(加納と呼ばれるリーダーっぽい男。その後ろに3人。赤井は障害にはなり得ない。何か事情があるのか……)
戦うか逃げるか。
だが、一人、二人ならどうにかなっても4人同時に相手取るのは現実的ではない。人生上、何度かケンカをしたり巻き込まれたりしたことはあってもここまで一方的な状況は無かった。相手は体格も良く好戦的な性格。柴田は拳法の達人でもなく、それどころか格闘技の経験すらない。できることと言えばただ人より少しだけ早く走ることだけ。
「適当にシバいて終わりでもいいけど、疲れるからな」
ならばそれを使って逃げる。
相手は全員ローファーを着用しており、手には指定の学生カバン。対して柴田はランニングシューズを履き、荷物の全てを駐車場に置いて来たため身軽。
全力で後方の三人を抜くことができれば可能性はある。
「サイフ出しな、痛い思いしない方が良いだろ」
柴田は右足のつま先を地面に立ててぐりぐり回す。
「荷物は全部置いて来た、取りに戻ってもいいけど多分クラスメイトが回収してると思う」
両手をポケットに突っ込んで布地を引き出して見せる。
「あ、ちょっと待ってよ? 尻のポケットにあったかも…………あ、ダメだ今朝のレシートだわ」
「おい———」
「あーもしかしたらカツアゲ対策で靴の中にあるかも~、昔の学生はそうやってお金を守ってたらしいしー」
左足を前にして屈む。
「あれ、やっぱ無いかも」
「ふざけてんな……おい立て、ここから近いボウリング場は一つしかねぇ、そこまで連れてく」
両手を伸ばし、指先を地面に着けた。
「えー、歩くのー?」
「黙れ、あそこにも飯屋はあるだろ」
腰を浮かせ前傾姿勢を取る。
肩の真下に手首がある。地面と腕が垂直の関係になっている。
背筋がまっすぐ伸びて、
「あー? 早く立てよ」
蹴りだすというより倒れこむイメージ。
カチリと何かが嵌まる音が柴田には聞こえた気がした。
「あ——————」
クラウチングスタートだ。