第十二話
「お前、舐めてるだろ」
(やばいやばいやばいっ! 今時こんなオールドタイプの不良っているのかよ⁉ しかも制服のままでってどういう感覚で生きてんだよ!)
答えない態度に腹を立てたのか大男の突き出した拳が柴田の胸を叩く。
「がっ…………!」
たまらず尻もちをつく。
肺の空気が絞り出されせき込む柴田。
それを見た山川が咄嗟に間に割って入る。
「あ、あの……俺たちはもう行きますから! 本っ当すんません!」
「あ~? んだよ、この柴田とかいうカス以外は口ごたえすらしねぇのか、萎えるわ」
「本当勘弁してください……」
山川が目も合わせずひたすら謝り続ける。いつ床に額を擦りつけてもおかしくない程に。
仲間たちと笑う大男・加納。
「行ってもいいぜ、でもそのカスは置いてけ」
「え」
柴田の目線に合う様に加納が屈む。
「この古くせぇ男前顔は俺のこと知らねぇみたいだから、教えてやるんだよ」
「……」
「お前、中央中学校の山川だろ」
ピクンと山川の体が反応した。添えられた手の小さな震えが背中を伝って柴田にも分かった。
「桜井は元気にしてっか?」
柴田はこの地域の事情に明るくない。桜井という人も知らない。だが、それが山川にとって良くない出来事だったのは分かった。
「…………てめぇ……」
空いた手で拳を握りこむ山川。
「あぁ?」
加納が至極楽しそうに口の端を歪める。
「ありがとう山川、もう大丈夫」
息を整えてスッと立ち上がった。
「皆ももういいぞ、先に店行ってくれ」
「シバケン……」
「元々、俺が余計に突っかかったのが原因みたいだし、これだけの人数で大喧嘩なんて目立ち過ぎだ、停学とか部活停止になったら困るだろ?」
それに、と付け加え。
「自分で責任を取りたい、恰好つけさせてくれ」
振り返ると1年A組男子全員が柴田を見ていた。
「別に俺はこの人数でもいいけどな、ケンカで負けたからってこいつらに殴られましたぁ~、って告げ口なんてしねぇからよ」
「いーやお前はするタイプだね、顔みりゃ分かる、生き方がその不細工な顔面に出てる」
「あっそう」
「裏の公園行こうぜ、そこまで我慢できるよな?」
「あ? どーいう———」
「やりたくて仕方ねぇんだろ? さっきから我慢汁くせぇ」
気にも留めてないのか加納はにやけた表情を崩さずただ笑う。
「後で合流する、2ゲーム開始前には戻るからよ」
親指を立て、背後のクラスメイトに別れを告げた。
「お、おおおぉぉぉぉおおお! すげぇ、マジでやる気かよ!」
「ごめん、シバケン! 無事に帰って来い!」
「半殺しにされてもお前は英雄だ!」
「いや柴田なら勝てる!」
「気を付けて!」
クラスメイトが応援してくれている。5対1のケンカでも勝てると本気で信じているものまでいる。ならばその期待に応えるしかない。
唇が、両手の指先が、太ももの内側がむず痒さに痺れる。心臓の辺りがざわざわして神経が昂るのがはっきりと分かった。
あの感覚だ。
行くぞ、と加納が顎で裏の公園の方向を顎で示す。
柴田は制服の男たちと共に駐車場を出ていく。
「なんだ今の? セリフかよ、お前あれだな、痛いな」
「はっ、痛い? ヤンキーなんて絶滅危惧種やってる激イタ連中に言われたくねぇよ」
「面白いなお前」
だが、
この展開は柴田が思い描いていたものとは違った。
どんな結果になってもヘイトが柴田一人に向くようにわざと工業生を罵倒し煽った。長谷川が言っていた「西高が目を付けられる」という事態を回避するためだ。これはおそらく成功、目を付けられたのは完全に柴田一人だ。
興奮させるように臭いセリフまで吐いた。しかし、効きすぎてしまった。恰好良すぎてしまったのだ。
あろうことか興奮させたのはクラスメイトの方だった。
(うっそだろアイツら……マジで俺を置いて行きやがった! 『俺に任せろ』の展開で本当に任せるな馬鹿! あんだけ恰好つけたんだから「ったく、しゃーねー……やったりますか」って仲間が協力してくれるんじゃないのぉお⁉ どどどどーすんの⁉ どーすんのこれぇ⁉)