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第十一話

「西高がなんでここに居んだよ、出ろや」

制服の大男が近くにいたメガネの男子に詰め寄る。

「く、クラス会みたいなもので……大人数で座れるのはここくらいだから……」

「あぁ⁉」

ひっ、と短い悲鳴が上がった。

男子全員、お互いと制服の大男との間で視線を行ったり来たりさせる。

「どけ、俺らが使うから」

「いや、でも……まだ使ってるし……」

ドカッ、と大男が男子の脚を蹴りつけた。

周りの数人が「大丈夫か」とフォローするも、大男の蛮行を咎めたり、責めるものはいない。

誰も動かない、正確には誰も動けずにいるのだ。おそらくこのクラスでは体力と身体能力に自信がありそうな野球部メンバーですら下を向き、事なかれ主義を通そうとしている。

背が高く、肉もつき、その凶暴さを隠そうともしない態度。いかにも危険な不良といった感じだが、そんなにまずい事態なのか? 柴田は様子を見つつ考える。

なにせこちらは20人に対してむこうはたった1人なのだ。「俺ら」という言葉から数人加勢に来たとしてもこちらの人数には遠く及ばないはずである。

最悪、ケンカに発展したとしてもどうにかなる。柴田は咳ばらいを一つした。

確かに店内で騒がしくしていた自覚はある。奥の大人数テーブル席を占領しているのも事実で他の団体が入れなくなっているだろう。だが、それは店員に「こちらへどうぞ」と案内されたことであり、何時間も居座っているわけでもない。そして騒がしいのならそのように口で言えば解決できることだ。こんな風に恫喝じみたまねをする必要は絶対にないはずだ。これはただの難癖だろう。

「いやーうるさくしちゃってすみませんね、気を付けますんでー」

柴田が立ち上がっていた。

こんなところで勇気を出す必要はない。さっさと店を出てボウリングなりカラオケなり別の場所へ移動すれば良いだけだ。「さっきの奴マジで怖かったなー」なんて話を笑ってしていれば良かったのだ。

半分自覚しつつも気が付くと口を開いていた。

手に汗が滲む。

「あん?」

「長居はしないつもりなんで、どうか落ち着い———」

「出てけっつったんだよ、日本語理解できねぇの?」

獣じみた瞳が柴田を捉えた。

「どかねぇって意味っすよ、文脈理解できない?」

「あぁ⁉」

「はぁ?」

「お、おいシバケン……いいって! さっさと出て次の店行こうぜ……」

緊張が張り詰める。野球部メンバーと隣の席のクラスメイトが視線を右往左往させている。

山川が柴田のシャツの裾を掴んだ。

額に汗を浮かべ見上げる山川の表情を見てたじろぐ柴田。

「でもさ」

「おーい、なに揉めてんだよー?」

大男の背後から複数の声が上がり、ぞろぞろと同じ制服の男たちがボックス席の空間に流れ込んでくる。

縦にも横にも大きい。柴田とそれほど差はないだろうが、醸し出す雰囲気、圧迫感が実際の体格より大きく見せていた。

「す、すんません! すぐどきますんで! おら皆―さっさと会計だー」

声を上ずらせ、殊更に明るい態度で山川が言った。グイグイ柴田の背中を押してすぐに出ろ、と耳打ちしてくる。

(俺が思うよりまずい奴らなのか?)

イマイチ飲み込めない柴田をよそにクラスメイトが制服の男たちの脇を伏し目がちにすり抜けていく。柴田と野球部もそれに続き、レジ前にたどり着くととりあえず山川が全員分の会計をまとめて払うことになった。ただちにこの場から離れたいのだろう。

…………。


重苦しい沈黙の20名。

誰も口を開かないまま店のドアを抜けると、せき止められていたものが噴き出るようにぶはぁ~、と全員からため息がこぼれた。

「シバケン勘弁してくれよ! あれ工業の加納かのうだぞ⁉」

「いや知らないけど……」

「前言ったじゃん! 工業はやばいやつらだって! もし言い負かしたり、運よくケンカで勝ってもあいつらはしつこく粘着してくるんだ……この辺りの高校生の常識! 分かった⁉」

「す、すまん……あの態度むかついて、最悪この人数だしどうにでもなるかと」

「まぁ気持ちは分かるけどさ……問題はその後にあるって話よ、俺らが気分よく勝っても西高生だってだけで他の子が後で目ぇ付けられんのはうまくないだろ? ヤクザなんて言い方は大げさだけど工業はとにかく厄介なんだ」

くせ毛の野球部が言うと何人かのクラスメイトもそーだそーだ、と口を揃え、柴田含めこの街が地元でない者はそうなのかーと頷いた。

「……」

それなりの危機だったことを再認識した柴田の胸に申し訳なさがこみ上げる。

(自分がイキったせいで危なかったんだよな……山川が機転を利かせてくれなきゃ今頃本当にケンカに発展してたかも)

次はボウリングにしようぜーと切り替えの早い男子達の輪を見ながら柴田は。全員に呼びかけた。

「いやー俺のせいで危なかったわけだし、ボウリングで俺のスコアに勝ったやつ全員にジュース奢りまーす!」

「お、シバケンまじ?」

「いいね! アベレージなんぼ?」

「300」

「嘘つけ! パーフェクトじゃん!」

日が落ちかけてきた駐車場で男子達は笑う。街灯がつくのには少しだけ早いのか、辺りは暗い。ヘッドライトをつける車もまばらで、店の明かりだけが弱弱しく漏れている。

「いやマジでハラハラしたよ、シバケンなら勝てるかもしれないけど、俺たちケンカなんてしたことないからさ」

「俺だってほとんどしたことねぇよ、つーか野球部なら鍛えてるし遊んでるヤンキーより強いだろ、たぶん」

「いやいや、シバケンみたいに帰宅部でもゴリッゴリの奴っているから普通に怖いっしょ、俺たちはそれほど体格も良くないし」

長谷川が肩にかけたバットケースに触れながら言った。

「松尾を担ぐぐらいだしな! マジで工業の数人くらいなら余裕なんじゃね?」

誰が言ったのかそんな言葉が発せられた。

(それは買いかぶりすぎだろ、ははは)

そんなくだらないIFの話は男子達の笑い声に紛れマジックアワーの空に溶け………… 


なかった。


「誰が誰をどうするって?」


恐ろしいほど平静な笑みを浮かべた制服の男たちが柴田の背後に立っていた。

柴田は瞬間、「マジで工業の数人くらいなら余裕なんじゃね?」と言った誰かを殴りたいと強く思った。

言葉には力が宿るという。誰かが不用意にそんな事を言ったからこんな事態を引き寄せたのではないか。責任の所在など今はどうでもよいことだがとにかく「俺のせいじゃない」と思いたかった。

後悔、怒り、諦め、そんな感情が心の中でぐちゃぐちゃになった柴田は。

「何笑ってんだ? きっしょ」

頼りなく笑った。

(こういうのを言霊って言うのか……)

言霊でしょうか、いいえ、フラグです。


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