第十話
国道に面したやたらと駐車場の大きなファミリーレストラン。男子の決起集会の会場である。どこにでもある全国チェーンのファミレスであり、隣はファストファッションの衣料品店、その隣は家電量販店となっており、どこを見ても変わったものはなく、『駅前よりも国道沿いの方が栄えている』といった感じの典型的な田舎の光景に馴染むように目的の店がある。
何となくオールディーズな雰囲気の聞いたことのない洋楽が流れる店内。
クッション性がイマイチなベンチが設えられたボックス席が2席。店の奥を占領するように柴田を含む1年A組の生徒たちがワイワイ楽しんでいる。
といっても20名ほどが座るため、それぞれが自然といくつかのグループに分かれて勝手に楽しんでいる感じだ。
柴田は山川と長谷川と話しているうちに野球部グループの近くの席に座った。
「だぁから! 俺も前髪がありゃ普通に彼女くらいできるんだって!」
「いーや絶対無理っしょ! お前は騒いで盛り上がるけど、付き合うのはちょっと……ってタイプだ!」
「お前は一生ネタキャラとして生きていくんだよーん」
「うるっせぇぇぇええ! 絶対彼女つくっから! 髪が生えそろった時がお前らの泣く時だ童貞どもめっ!」
「でっけー声で童貞とか言うなよ……つーか何その髪の毛への絶対的な信頼」
野球部には野球部の内輪ノリがあるらしく、混ざろうにも柴田は笑ってみていることしかできない。時折、気を使った何人かが話を振ってくれるが、それを待っているだけというのも居心地が悪い。こんな時間が既に数十分ほど流れている。
(何か、俺から話題作ったほうが良いか)
柴田はまず疑問をぶつけてみることにした。
「そもそもの話で悪いんだけどさ、山川だけなんで坊主? ウチの野球部って髪型自由だろ?」
グループ全員が柴田を見る。すると長谷川が笑いながら答えた。
「あーそうかシバケンは知らなかったか、こいつは野球部に入るの決めてたから入学前に気合入れて坊主にしてきたんだよ、そういうルールがあると思い込んで……早い話早とちりってこと」
野球部メンバーがドッと湧き、山川は散々弄られてうんざりしたのかストローを噛みながら天井を見上げた。
「ははは、馬鹿すぎるな」
それな、と一同が口をそろえた。
「もういいって、俺の話は! それよりシバケンの話しようぜ!」
「俺?」
逃げるなー、と野球部からヤジが飛ぶのも無視して山川は続ける。
「体育祭の決起集会って言ったけど、今日はA組男子の交流会のつもりで企画したんだよ……まだ入学したばっかで皆のことよく知らないし、部活とか内輪だけでずっとやってくのも何だしさ」
「山川……」
柴田は心底驚いていた。山川という男を良く知るわけではないが少なくとも今言ったような気づかいができる人間だとは思っていなかった。ノリが良いと言えば聞こえは良いが少し軽薄な印象すら持っていた。
が、思い返してみると柴田にも覚えていることがあった。内田が卓球代表を引き受けた時のこと。上ずった声で奇妙な返事をした内田を見て失笑する者が多い中、励ましの声と拍手を最初に送ったのは確かに山川だった。
少々頭が足りない感は否めないが、それでも共感力の低い男ではなさそうだ、と柴田は認識を改める。
「そういうことなら……俺も友達居ないし助かる」
柴田が言うと山川は怪しく口の端を釣り上げた。
「よーし! じゃあシバケンの性癖クイズ大会―――っ!!!」
「なんでだ!」
「当てた人はジュース奢ってもらうってことでー!」
「勝手に!」
内心、苦笑する柴田に拒否感情は無い。中学の部活の仲間とその手の話は散々してきた。加えて、自分の恥ずかしい部分等をある程度さらけ出すことは親密な友好関係を築くのにかなり有効であることを知っている。
そして結構好きなトークテーマだったりする。
(この場に女子はいないし、ここらで男子と打ち解けてクラスでの信用を勝ち取りたい!)
やったりますかーと心の中で肩をぶん回す柴田。
「レスキューはマジメそうだし、普通に清楚系だと思うな」
「いやいや、だからこそギャルって考え方もある! 受け身な男ほど分不相応にも肉食的な女との出会いを妄想するねっ!」
「それはお前のことじゃね? 俺は大穴でイラストとか漫画系だと思うなぁ」
「いーやシバケンは隠れた変態的なところがあると思う! 〇〇〇とか〇〇〇だっ!」
「マジで声デカい、さっきから店員のお姉さんが睨んでるから、追い出されるから」
「ていうかこれ、タイプなのかシチュエーションなのか、どっちを答えればいいんだよ、皆バラバラなんだが」
あーでもないこーでもないと低俗な議論は白熱する。
「意外とお〇ショタでは?」
「ギャルショタってこと⁉」
「あーそれはあるなぁ、デカくて強い男ほどより強いお姉さんに屈服させられたいって思うのはある意味説得力ある」
「おいおい、皆一致したらゲームになんねぇやん! えー……じゃあどうしよ……あ、ケモナー! ケモナーだ絶対!」
「どこから導き出した回答だよ……俺は、うーん……じゃ人妻かな」
「お前も意味分かんねぇから!」
「人妻ギャル……守備範囲から逸れるけど無くは無いな」
頑ななギャル推しがいるのが気になるが柴田は正解を発表することにした。長谷川の言う通り店員が今にも引きつった笑みを浮かべて突撃してきそうなのだ。
山川がドゥルルルルとセルフドラムロールを始める。
他の者は大げさに指を組んで祈りのポーズをして待っている
ダン!
「正解は…………NTR!」
弾けるような笑いが起こった。他の席の者も何だ何だこちらの様子を伺う。
「レ……レベル高ぇ~!」
「あ~そっちか~」
「あっはははははははは! あぁぁ~……おもろ~」
「待って、NTRつったら寝『取られる』関係性があるってことだよな、それって結婚してる『人妻』はニアピンなんじゃ」
「はぁ⁉ そんなん言ったら恋人って属性のギャル、清楚彼女でもNTRは出来ちゃうじゃん! なしだなし! ノーコンテスト!」
くせ毛の男が腕でバツ印を作った。
「そもそもそれのどこに燃えるわけぇ、胸糞悪いだけじゃん? もしかしドM?」
「なんつーか、感情がめちゃくちゃになる展開が燃えるっつーか、物語的な部分とか想像の余地があると興奮する」
「なんなんそれwww! めんどくさっ!」
「もしかしてビデオの導入部分とかもしっかり見る派?」
「普通見るだろ? え、見ないの⁉」
山川がヒーヒー言いながら笑い転げる。
「絶対見た方が良いって没入感が違うからっ!」
「ぼつにゅうwwwww!」
もう何を言ってもウケる確変に入ってしまった山川。それにつられるように野球部が笑い、野球部からその他のクラスメイトに話が伝えられ、また伝染する。
「なになに、柴田ってそんな話すんのー⁉」
「イメージと違って下ネタ好きか!」
(なんか今日,楽しい……)
柴田が素直に思った、
その瞬間。
ガァン!
大きな衝撃音と共に食器が揺れ、グラスが倒れる音がした。
「さっきからうるせぇんだよ! 西高は出てけや!」
音の方を反射的に見る。
テーブルに拳を突き立てたのは学生服の大男。猛獣のような鋭いツリ目を見開き、ぬらりと光る犬歯をむき出しにしていた。
工業……、と二つある大きなボックス席の中の誰かが呟いた。