たった今、婚約破棄された悪役令嬢ですが、破滅の運命にある王子様が可哀想なのでスローライフにお誘いすることにしました
「君のことを愛することはできない。君との婚約を破棄させてもらう!」
婚約者としてダンスホールに誘われ、今から一曲踊るのだろう、と意気込んでいた私に王子が言い放った無慈悲な言葉。
その瞬間、雷に打たれたような衝撃が体を突き抜けた。
呆然と立ち尽くしている私の前で王子は眉間にしわを寄せて一点を見つめている。
「「私(僕)、異世界転生してる!?」」
王宮の一角に位置するダンスホールの中心で顔を見合わせて同時に叫ぶ。
あまりにも大きな声はホール中に響き、何事かとパーティーに招待された高位貴族たちの視線が私たちに注がれた。
「「逃げないと!」」
王子はマントを翻し、私はドレスの裾を持ち上げて同時に走り出した。
ダンスホールから王宮の廊下へと繋がる扉は四つもある。しかし、私たちは同じ扉から廊下へ出て、横並びで走り続けた。
バトラーやメイドを押し退け、同時に王宮を飛び出す。ここまで驚くほどに息ぴったりだった。
「いつまでついてくるつもりですか!?」
「それはこっちのセリフ。あなた、王子なんだから王宮に残りなさいよ!」
「嫌ですよ! このままだったら戦いに巻き込まれるし、殺されるかもしれないじゃないですか!」
「私だってヒロインに嫌がらせしただけで国外追放なんて嫌!」
私たちは息を切らしながらも足を動かし続け、王宮から矢のように放たれた騎士団の追跡から逃れることに成功した。
息を潜めて草むらに隠れる。まだ近くには騎士たちの足音が聞こえていた。
「しつこいな。あなたもこの乙女ゲームを知ってるの?」
声を潜める私の質問に無言で頷く王子。
攻略対象の王子と大きく異なり、見るからに臆病な彼はこの状況下で声を出す勇気はないようだ。
「まさか前世でプレイしたゲームの世界に転生するなんてね」
私が剣と魔法の冒険ファンタジー系乙女ゲームに登場するキャラクターに転生していると気づいたのはついさっきの事だ。
多分、この王子様も婚約破棄の衝撃によって前世の記憶を取り戻したに違いない。
そうでないとさっきのような会話は成立しないはずだ。
「なんで、どうしてこんなことに」
頭を抱える王子に小声で檄を飛ばす。
「泣くな。このままどこかに逃げるよ」
「どこかってどこへ?」
「ゲームと同じならマリリの森へ行こう。あそこなら滅多に人は近づかないはず」
私たちは闇夜に身を隠し、魔物の住処とされている森へと入った。
月明かりの届かない深い森の奥で浮かび上がる真っ赤な宝石。それが左右二つの目だということは簡単に察しがついた。
魔物。このゲームの世界に存在する敵モンスターである。
「ど、どうしよう!」
腰を抜かした王子はあてにならない。腰の剣は飾りか?
自分一人の力でこの局面を切り抜けなくてはならない、と覚悟を決めて魔物へと手のひらを向ける。
「来るなら来なさい」
木々の陰から勢いよく呼び掛かってきた魔物の牙が怪しく光る。
私は直感を信じて手のひらに力を込めて叫んだ。
「炎よ!」
これまでに感じたことのない感覚が全身を突き抜ける。
手のひらから放たれた火の球は見事に魔物にぶつかり、骨も残さずに焼き尽くした。
「あれ……?」
真っ赤な炎の勢いは留まることを知らず、木々に燃え移る。
燃えさかる炎を見て、私が転生しているリリアンヌが馬鹿みたいな魔力を持っておきながら魔法を扱い切れない残念な子だということを思い出した。
「これが魔法か。うん、何とかなりそう」
現実から目を背けているが、今でも森火事は被害を拡大している。
この勢いならもう消火はできないだろう。全ての森林を燃やすまで炎は消えないと思う。
だから、見て見ぬ振りをすることに決めた。
「ねぇ、あなたの名前は?」
腰が抜けて立ち上がることができない王子様に手を差し伸べながら問いかける。
彼は不安そうな目で私の手を取り、答えた。
「えっと、この国の王子の」
「そっちじゃないって。本当の名前。名字は?」
「あ、辻です」
「私は美鈴。こっちの方が馴染みがあって呼びやすいでしょ」
辻くんは私が嫌がらせしていたメインヒロインと結ばれて、この国の王様になるための戦いが始まる予定だった。ルート分岐によっては暗殺されるんだけど。
そして私は悪役令嬢として糾弾され、国外追放になるはずだった。
だから私たちは運命から逃れた。
このままゲーム通りに物語を進めてもメリットがないと判断したからだ。
「ねぇ、一緒にスローライフを楽しみましょうよ」
こうして私たちは乙女ゲームの世界でモブキャラクターとして生きていく誓いを立てた。
マリリの森は全焼したけど、人は居ないし大丈夫でしょう。
◇◆◇◆◇◆
人々から危険だと認識されているマリリの森は焼け野原になってしまい、隠れることができなくなった私たちは早々に住まいを移すことにした。
王都から離れた小さな村へと移り住むことにした私たちは本名である辻、美鈴を名乗り、身分を隠しての生活を始めた。
「熊が出たぞ! 今日は村の外に出るなよ!」
ある日の昼下がり。男衆の声が村中に響いた。
この村は自給自足を常としており、獣の狩りは日常茶飯事だ。
しかし、熊が出ることは滅多にない。少なくとも私たちが越してきてからは初めてだった。
「辻くん、熊だって!」
「そんなに目をキラキラさせないでくださいよ。怪我したらどうするんですか?」
「魔法で何とかするよ。そもそも、怪我なんてしないし」
「ダメですよ。人前での魔法の使用は禁止にしたはずです」
辻くんはめっちゃ良い奴なんだけど、心配性すぎて面白味に欠けるのが欠点だ。
せっかく二度目の人生なのだから思いっきりスローライフを楽しんだ方がいいと思うんだけどな。
「とにかく、このまま熊を放置して村の人たちを危険にさらすのはマズいと思うんだよ!」
「ダメなものはダメです! 美鈴さんに万が一のことがあったら僕は耐えられません」
嬉しいことを言ってくれるじゃないか。
確かに私は膨大な魔力を持っているから用心棒として側に置いておいて損はないはずだ。ちょっと魔法の扱いが下手くそだけど。ちょっとだけね。
そんな私たちは少し離れた町に買い出しに行くことが多かった。辻くんの心配性が暴走した結果であり、最初は一人で買い物にも行かせてくれなかったから、これでも少しはましになった方だ。
「分かったよ。じゃあ、食料をかってくる」
「買ってくるんですね」
「そうそう。かってくるの」
二人で生きていくと決めた日から辻くんの心配性は全開だった。
自分が魔法を使えないからだと思うが、私が戦闘することに否定的ですぐに怪我をしていないか聞いてくるし、ジロジロと見てくる。
そんな彼にだって良い面はあるぞ。実は家事全般をこなせるハイスペック男子なのだ。それに、すぐにこの世界の生活に馴染む柔軟性も兼ね備えている。
王子様に家事をさせるなんて我ながら畏れ多い。でも、やりたがるんだから仕方ないじゃない。
見た目は西洋風の二人が向かい合って和食もどきを食べる姿はさぞ滑稽だろう。
「男なのに魔法が使えなくて家事しかできなくて、すみません」
「なにを言う。私だって魔法制御は大の苦手だよ。家事はできなくはないけど、やらなくていいならやりたくないし。男とか女とか関係ないから。辻くんは優秀だよ。すごいよ!」
こんな風に魔法を使えないことを卑下していた時期もあったが、「誰よりも優しくて、こんなガサツな女と一緒に居てくれて感謝している」と伝えたら、次の日から心配性が加速した。
たまに愛の告白めいたセリフも言うようになったものだから、変なものでも食べたのかとこっちが心配になってしまう。
さて、そんな過去を振り返りつつ仕留めた熊は私の知っている熊ではなかった。
体の大きさは倍以上で、爪の一振りで木々を薙ぎ倒していた。
こいつ、魔物かな? と疑いつつも難なく討伐した私は巨大な体を引き摺りながら村へと戻った。
「ただいま。狩ってきたよ」
大口を開けて鍋とおたまを落とした辻くんが目にも留まらぬ動きで私の背後に回り込み、全身チェックが始まった。
「買ってくるって言ってましたよね!?」
「狩ってくるって言ったね」
「日本語の複雑性を利用するなんて卑怯だ!」
「ハハハハ」
この世の終わりを見たような顔だった辻くんは無傷の私に安堵したのか、一転して頬を膨らませた。
「僕は美鈴さんを大切にしたいのにあなたを守ることができない。弱い自分が許せない」
「辻くんは弱くないよ。きみの料理を食べるから私は魔法が使えているんだよ。それに私としても辻くんを大切にしたいから、きみに無理をさせるつもりはないよ」
「っ!? なら、美鈴さんが僕を大切にするよりも、もっと美鈴さんを大切にして幸せにします!」
「えっ。お、おぉ。ありがとう」
絶対に譲らないといった様子の辻くんに気圧されて、面を食らってしまった。
今でも十分なスローライフを送れて幸せなんだけど。
「とりあえず、今日の夕飯は熊肉だ。魔物だけど辻くんなら美味しく料理できるよね? 大量だから村の人たちにもお裾分けしたあげたいな」
「もう! 美鈴さんは優しすぎます。村の人たちの安全と食料問題を一緒に解決するなんて控えめに言って神です」
そんなに褒めても何も出ないよ?
眉をひそめて微笑んだつもりなのだが、なぜか辻くんは赤面して熊の解体ショーを始めた。
いつもよりも手早いのは気のせいだろうか。
人生初の熊肉は絶品だった。
さすがは辻くんだ。生臭さもないし、魔物特有の瘴気臭さもない。
村の人たちからも「美味い!」と絶賛されていたし、私も熊討伐を感謝された。
謙遜しておいたが、辻くんが褒められるのは我がことのように嬉しい。彼も同じ気持ちであればと願うばかりだ。
熊討伐からしばらく経った頃、お弁当を持ってハイキングに出かけた私たちは目を見開いた。
「ドラゴンだぁぁ!」
「だから、目をキラキラさせないでください! 早く逃げましょうよ!」
またしても臆病風に吹かれる辻くんを無視して近づく。
先日の熊の魔物よりも巨大で喉をグルルルと鳴らしているドラゴンの足に触れようとしたら炎を吐かれた。
あろうことかドラゴンが標的にしたのは私ではなく、辻くんだった。
「やめてよ。まだ辻くんのお弁当食べてないんだからさ」
彼の前に飛び込み、ドラゴンの吐いたブレスと同等の魔力をぶつける。
私の手から放たれた魔力はブレスを相殺し、周辺の草原を焼いた。
「まだやる? 言っとくけど、辻くんの趣味はドラゴンの解体ショーを催すことだよ」
背後では辻くんがブンブン首と手を横に振っているが、ドラゴンは「グクゥ」と喉を鳴らし、大人しくなった。
この世界のドラゴンって賢いんだね。ゲームの中ではヒロインの聖なる魔法でしか追い払えなかったはずだけど、私の言葉を理解しているようだった。
「お手」
右手を差し出すとドラゴンは前足をちょこんと置いた。
その弾みで巨大な爪が私の腕を引き裂いたが、とっさに魔力を放出して回復と修復を終える。
「もうダメだよ。同じ目に遭わせるよ? あれ、辻くん?」
背後で怯えていた辻くんは無言で歩き出し、ドラゴンを見上げて何かを呟いていた。
それだけでドラゴンは平伏し、お腹まで見せてしまった。
服従を示しているドラゴンの耳元で辻くんは何かを囁き続ける。
次第にドラゴンの体が小さくなっていき、やがてぬいぐるみの大きさまでサイズダウンしてしまった。
「美鈴さんにプレゼントです」
満面の笑顔で小さなドラゴンの頭を掴んだ辻くんが広げた両手の上に置いてくれる。
その手触りは本物のぬいぐるみのようだった。それも安っぽいものではなく、お高めのぬいぐるみ仕様だ。
「もふもふ可愛い」
肌触りが良すぎてずっと撫でている私の隣で辻くんがニコニコしている。
彼が笑うと私の手の中のドラゴンがビクッとするから彼らの中で上下関係がはっきりしたのだろう。
さすが王子様。決めるときは決める子だ。カッコイイ。
「じゃあ、ハイキングの続きをしましょうか」
「そうだね。きみも一緒に行こうね。ジーツー」
「……それの名前ですか?」
「それ呼びは可哀想だよ。辻くんからのプレゼントだからジーツーにした」
こうして私はぬいぐるみドラゴンを抱きながらハイキングを楽しみ、山頂で辻くん特製弁当を堪能した。
帰り支度中、無意識のうちに小声で「足、疲れちゃったな」と独り言を呟いてしまった。
絶対に聞こえていないはずなんだけど、辻くんがぬいぐるみサイズのドラゴンを鷲掴みにして、またしても何かを囁いている。
結局、ジーツーの背中に乗って山を下りることになった。この光景を見た人々が、「伝説のドラゴンを懐柔した者がいる」という噂を広めたことを知ったのは大分後になってからだった。
もふもふ可愛いドラゴンをペットにしてからの生活はより楽しくなった。
普段はぬいぐるみとして私に抱かれているか、ベッドの枕元にいるジーツーを見ているだけでニヤけてしまう。
まだ辻くんとの仲は良くないみたいだけれど、少しずつ距離が縮まっているようで嬉しい限りだ。
そんなある日、強大な魔力の持ち主が村に近づいていることに気づいた。
魔法はからっきしの辻くんは今日もせっせと家事をしてくれている。
ジーツーに「しーっ」とジェスチャーして、辻くんには黙って追い払おうと村の入り口に向かうと二足歩行の狼が立っていた。
「……魔人だ。初めて見た」
「おい人間、なぜ貴様のような女がそこまでの魔力を有している?」
これ、魔王軍への勧誘イベントだ!
私は国外追放された後に魔王の配下になるエンディングもあることを思い出して身構える。
私はスローライフを送ると決めたのだから魔王軍に入ることはないし、ましてや国王軍として魔物や魔人と戦うつもりもない。
さっさと帰って欲しいのだけど。
丁重にお断りしているのに、狼型の魔人はなかなか引き下がってくれない。
よほど私のバカ魔力に興味があるのだろう。まだ扱い切れないけど。
「貴様の魔力を安定させることができるのは魔王様だけだ。我らと来い。悪いようにはしない」
「素敵なお誘いだけど、私には辻くんがいるからなぁ。彼をほったらかしにはできないよ」
「では、その男が居なくなればよいのだな?」
自分の失言に気づいた時にはもう遅かった。
狼の魔人は村の中の掘建小屋の扉を破壊し、掃除中だった辻くんの胸ぐらを掴んだ。
「辻くん!」
「美鈴さん、逃げて」
こんな状況でも私の心配をする辻くんを放っておけるはずがない。
悲鳴を上げる村の女達。男達は鍬や鎌を持って集まってくれたが魔人に歯向かうことはできなかった。
「ごめん、辻くん。約束破っちゃうね」
私はまだ数回しか使ったことのない魔法を発動させた。
相変わらず扱い切れないただの魔力はいとも簡単に弾かれ、離散する。七色に輝く魔力だったものが空気中に溶け込んだ。
「この男と村と引き換えだ。我らの元へ来い」
ここは素直に従った方が賢明か。
辻くんは私のわがままでスローライフに付き合わせているだけだし、訳ありの私たちを置いてくれている村の人たちにも迷惑をかけたくない。
解放された辻くんが咳き込んでいる光景を目に焼きつけ、私は狼の魔人について行こうとした。
「美鈴さん!」
叫び声を上げながら、駆け出した辻くんが私の手を握る。
今まで一度も触れ合ったことのない二つの手。
その瞬間、マラソンを走り終えた後に似たような疲労感と倦怠感に襲われた。
私の魔力の一部が繋いでいる手を伝って、彼の中に流れ込んでいく。
脱力する私の隣で彼は初めて魔法を発動させた。
「……なんだと!?」
驚愕する狼の魔人はどこからともなく現れた天使のような人型のモンスターによって体を貫かれていた。
「まさか、精霊魔法の使い手、だと」
やがて魔人の体がボロボロになって消滅していく。
それを見届けてから顔の見えない天使は辻くんに一礼して姿を消した。
「美鈴さん! 大丈夫ですか!? お怪我は!?」
「そんなことより今のなに!? 辻くん、実は魔法が使えたの!?」
お互いに別の意味で興奮していて会話が成立しない。
そんな私たちに向けられる視線。ずっと隠していた魔法を見てしまった村人たちのものだ。
きっと追い出されるに違いない。私はおそるおそる彼らの方を見た。
「すげぇな、ツジ! ミスズ!」
「魔法が使えるなら最初から教えてくれよ!」
「魔人を退けられるなんてすごいわ!」
私の不安は杞憂だったようだ。
私がここに居るせいで村を危険にさらしてしまったのに感謝されるとは思っていなかった。
ゲームのシナリオ通りならリリアンヌは人々の優しさに触れる機会がなく、魔王側に行ってしまう。しかし、私は彼女とは違った。
私を受け入れてくれる辻くんとこの村の人たちを守りたい。
そのために魔法を使う。そう決めた。
魔王軍への勧誘を受けた後、私は自分の中の魔力をいくつかに分ける作業を密かに行っていた。
あの魔人の言葉通りであれば、魔力を安定させることができたから私は魔王の配下としてメインヒロインを追い詰められたのだろう。と言っても最後は聖なる魔法でやられるんだけど。
試行錯誤の結果、七等分に成功したことを辻くんに報告すると「すごいです!」と褒められたので、色もつけてみた。
その名もマギアレインボー。
これで私は七色の魔力を扱えるようになったわけだが、七つの魔法を使用できるわけではないので宝の持ち腐れ状態に変わりはない。
それでも辻くんが目をキラキラさせながら色つき魔力の特性を熱心に聞いてくるものだから、私は嬉々として説明を行った。
数週間後、目の前にアイスキャンディーが差し出された。
「なにこれ?」
「美鈴さんこの前、アイス食べたいって言ってたから作ってみました」
一口舐めると甘みが口の中いっぱいに広がり、幸福度が一気に上昇した。
「異世界でアイスって自作できるの? すごいね。ちゃんとアイスだよ!」
「美鈴さんの喜ぶ顔を思い浮かべて作ったらできました」
「私の魔法よりすごいよ! 売れるよ!」
この発言によって辻くんは町に出稼ぎに行くようになった。
町でも辻くんのアイスキャンディーは好評で、結構な金額を一日で稼いでくる。
ただ、一つ問題があった。
「なんでこんな安い値段で販売しているの?」
「だって、安い方が嬉しいじゃないですか」
多分、損得勘定が苦手な子なんだと思う。
良いことなんだけど、損するタイプだ。私がしっかりしないと絶対にぼったくられる。
この日から経理と経営は私が担当することになったのだが、材料費や人件費を聞いても「企業秘密」と言って答えてくれなかった。
彼は隠れてアイスキャンディーを作るからその全貌は謎だ。
私は黙ってアイスを舐めることしかできない。なぜ私がこんなにも暇を持て余しているかって?
実はあの熊や魔人出没の一件以来、獣や魔物の類いが一切いなくなった。
自給自足できなくなると心配する私を他所に、辻くんは稼いだお金を使って村と町を繋ぐ道を造る指示を出し、お給料を払うようになった。その結果、村は一気に活気づいた。
今では村で採れた野菜を売り、町で食料を買う生活に変わったのだ。
おかげで私の仕事がなくなってしまった。家事を手伝おうにも辻くんは拒否するし、綺麗なドレスを着せたがるから農作業もろくにできないし。
私だけが本当のスローライフを送っている。
村はすでに小さな町と呼べる規模まで拡大し、毎日のようにご近所さんから感謝される。
私は何もしていないのに申し訳ない。それは全部、辻くんの功績だ。
ある日、辻くんが一人の女性を連れてきた。
「美鈴さんに会ってほしい人がいまして」
「はぁ、どうも」
「わたくし、コメット商会の者でして、是非ツジ様の――」
綺麗な女性が饒舌に何かを語っているが、全然頭に入ってこなかった。
私は抱き締めたジーツーの頭を撫でながら一点を見つめる。
そうだよね。一日中、家にいる私よりも彼女の方が快活で魅力的だもの、そうなるのは当然か。
彼が決めた相手だ。素直に身を引こう。
そもそも私たちは元婚約者という立場だが、それはフェルド王子とリリアンヌだった頃の話であって、今の辻くんと私には関係ない。
だったら、一緒に過ごす理由もない。
「分かりました。私は住まいを移しますので辻くんはその人とお幸せに」
私の言葉に青ざめた辻くんは女性をすぐに追い返して家の扉を閉めた。
「ちゃんと話を聞いていましたか!? どうしてそうなるんですか!」
「え、だって。あの綺麗な人と王都に行くんでしょ? 私、邪魔じゃん」
「違いますよ。僕たちのアイスキャンディーを元に事業拡大して王都にも出店しようって提案されたんです。美鈴さんに決めてもらおうと思ってお連れしたんですよ」
あ、そうなんだ。
私はてっきりお払い箱かと思った。
「辻くんは魔法を手に入れたから用心棒の私が居なくても問題はないよね」
「僕は魔力ゼロのままですよ」
どういうことだろう。
小首をかしげる私の手を握りながら辻くんが熱弁を始めた。
「僕は美鈴さんから魔力を分けてもらって魔法を発動させているだけです。だから美鈴さんがいないと僕は何の役にも立ちません。アイスも作れません」
「そうなの?」
「美鈴さんの魔力を使って精霊たちに手伝ってもらっているんです。だから人件費はタダです。むしろ美鈴さんがお給料を受け取るべきです」
言われてみれば、私と手を繋いでから作業場に行くことが多かった。というより毎回そうだ。
手を温めてからアイス作りに勤しむ人なんだと思っていた私が馬鹿みたいじゃない。
「そもそも、魔力の譲渡ってできるの?」
「普通はできないそうです」
辻くんが「実は」と悪戯をした後の子供のように視線を泳がせる。
「大きな町に行って調べてきたんです。どの文献にも魔力譲渡については書かれていなかったんですよ」
「だよね。ゲームの中でもそんなのなかったし」
「これは僕と美鈴さんだからできることなんです。いつも僕が必要としている色の魔力と分量をくれるんですよ。きっと僕が美鈴さんを信じているからだと思います」
「そんな複雑なことをしている自覚はないんだけど。でも、私だって辻くんを信じてるよ」
こうして面と向かって言うと恥ずかしい。
わずかに辻くんの頬も紅潮している気がする。
「それに僕は美鈴さんを用心棒だなんて思ったことはありません」
「そうなの?」
「そうですよ!」
すると辻くんは片膝をついて、ポケットから取り出した小箱を開きながら私を見上げた。
「美鈴さん、もう一度、僕の婚約者になってください」
「え、いいの?」
「もちろんです! あの時、愛することはできないと言ってしまいましたが、僕はあなたを愛しています。これからもずっと愛し続けます」
そんなにも熱いプロポーズをされてしまっては顔だけでなく全身が火照ってしまう。
「嬉しい。私も、辻くんのこと好きだよ」
こうして私たちは本当の婚約者になり、王都での事業も大成功をおさめた。
同じ境遇で互いの魔力と魔法を含め、人となりを知り尽くした私たちが最高、最強の相棒もとい夫婦になったことは言うまでもない。
こうして愛を深め合い、幸せな日々を送っていたのだが……。
しばらくして私が魔物の住処であるマリリの森を焼いたことや、辻くんが国内唯一の精霊魔法の使い手だということや、伝説のドラゴンをペットにしていることが国王と魔王にバレて追われる身となる。
更にメインヒロインと偶然の出会いを果たして修羅場ったり。
とまぁ、私のセカンドライフは前途多難なものになってしまうのだが、それはまた別のお話。
12,000文字制限の【アニメイト『相棒とつむぐ物語』コンテスト】応募作のため、ここで終了となります。
※お知らせ※
アニメイト様のブックフェア2023『相棒とつむぐ物語』コンテストの一次選考を通過しました。
楽しかった、面白かったと思っていただけたら、ブックマークや、↓の☆☆☆☆☆から評価をいただけると励みになります!
↓【連載版】を始めました。そちらも是非、読んでいただけると幸いです!