第一章 七話「千切り姫ミレ・クウガーの思考 上」
「あ! る! じ! ど! の! の復活祝いだよ! 三十年ぶりに目覚めたから盛大にやりたいってよ!」
「えっ? 俺の?」
「そうだよ! さっさと支度しろ。あんたからの言葉をみんな待ってるからよ」
「?」
「お前ら! 入ってこい!」
副官ミレ・クウガーが手をパンパンと叩くと、宝石のような装飾がされた扉の向こうへ声をかける。それとほぼ同時にゆっくりと扉が開き、何人かの小人族が入ってくる。
「ユグドラシル様。大宴会の準備は出来ておりますゆえ。お着替えになりって欲しいゆえ。皆さまお待ちゆえ」
白いひげを蓄えた小人のリーダーが傅きながら言った。美しい羽織りものが数人の小人の手によって持たれている。
「じゃあ主殿。わたしは部屋に戻る。あとは頼んだぞ」
そういうとミレ・クウガーは部屋から出ようとする――が一人の女の小人がミレの前に立ちはだかる。
可愛い赤の帽子をかぶった少女の小人は、涙をためながらドアとミレの間に入り両手を広げる。
その瞬間美しく透明感のあるミレの眉間がよる。
「ミ、ミレ様ぁ! き、今日こそは宴会に出てください!」
「あぁ!? わたしは宴会は嫌いなんだよ! 五月蝿いウザい鬱陶しいの三拍子だからな!」
「そこをどうか! お願いします! ユグドラシル様の復活祝いです!今日ぐらいはいいじゃないですか!」
「イヤなもんはイヤだ!」
「副官のミレ様がいないとあいつらを制御なんて出来ませんよ!」
「うるせぇ!」
「それにミレ様がいなきゃ宴会の意味がないじゃないですか!」
「主殿がいるだろう!」
「二人ともいなきゃだめなんですぅ!」
どうやらミレは宴会が嫌いらしい。
「ユ、ユグドラシルさまぁ……」
小人の少女は懇願するようにユグドラシルを見つめる。俺に言えということか――と視線から理解する。しかし嫌いなものは嫌いだから仕方ない、という考えも分かる。そもそも自分自身、何が起こっているのかを把握できずにいる。出来ることならば体調不良を訴えてお祝いを断りたかった。
が、きっとそれもラスボスとしての務めなのだろうと、心半ばに諦め、
「最初の乾杯だけ出席して、あとは部屋に戻ればいいんじゃないか?」
会の最初だけ出席して、あとは仕事か体調不良を理由に退席をすればいいのではないかと提案をした。
「…………主殿が挨拶したらすぐだぞ」
「それでいいよ」
「っち……分ぁかったよ……最初だけだからな」
「ミレ様! ありがとうございます!」
はしゃぐ小人の娘の根気とユグドラシルの折衷案に折れた形となったミレ・クウガーはしぶしぶといった表情で会の出席を受け入れた。
「主殿、さっさと着替えろよ。私は向こうで待ってる」
ミレは扉を開けて部屋を出ていく。赤い帽子をかぶった少女の小人もそれを追いかけていくように消えた。
部屋にはユグドラシルと白いひげを蓄えた老人の小人と数人の部下を残し誰もいなくなる。
小人たちはせっせとユグドラシルに灰色の品がある着物を着せていく。ユグドラシルはそれをなんの抵抗もせず羽織っていく。
「挨拶か……なにを言えばいいだろう」
「ユグドラシル様のおっしゃりたいことを言えばいいと思いますゆえ。皆様の待ち望んでいる言葉こそ、神のお声ゆえ」
独り言を呟いてしまったつもりでいたが、帯を結ぶ白髭の小人は表情を変えず答えた。
「待ち望んだ言葉、ねぇ」
待ち望んだ、というのは当然アキではなくユグドラシルとしての言葉だ。
今いる立場をアキはなにも分かっていない。ある日突然異世界に飛ばされ、それが自分の書いた漫画の中で、さらにラスボスとして君臨していた。
正直に言って理解が追いつかない。
昨日起きた『魔女争奪戦争』。
人間の魔女を取り合う人間陣営と魔神陣営がぶつかった戦争。
それをただ物語の盛り上げのためだけに起こしたとなれば、誰が理解出来ようか。
――命を懸けた理由として、それは弱すぎた。
そもそも中身がアキになった魔神のユグドラシルを、誰が認めてくれるだろうか。今、扉の向こうで待つ部下たちや衣装を手伝ってくれる小人だけではない。ユグドラシルと共に過ごしたミレでさえ、本当は別人だとバレしまえば――当然のごとく殺しにかかるだろう。
――別に、生きたいわけじゃない。
正直な気持ちだった。元の世界に戻りたいとかそういった感情は持ち合わせていない。人はいつか死ぬ。ならば別にこの世界で自分が生きようと殺されようと、仕方なく
ただ――昨日の戦争が物語通りで、今後も『召喚術師と世界の果て』のように物語が進んでいくのなら。
――この世界は血と死と悲しみで溢れる。
「準備が整いました」
小人たち跪き頭を垂れた。
「何をいうべきか……」
小人たちが重そうに扉に手をかける。ゆっくりと開かれるとその先は長く暗い石膏の廊下だった。
蝋燭だけが唯一明るく、それとは対照的にユグドラシルの心は沈んだ。
道を歩き、異形な化け物たちが門番のように構える扉の前に立つ。
まるで巨人でも通るのかと思うほどの大きな扉。
いうべき言葉など、本当は分かっている。ユグドラシルとしてすべての異形のものたちを従える神として。
二人の門番は互いに目配せすると扉を力強く開けた。
扉を開けたすぐに、ミレ・クウガーが立っていた。
彼女は美しい朱色の着物に着替え、髪の毛には簪を刺している。
表情は柔らかく、吸い込まれそうな美しい黄土色の瞳。まるで蛾のように綺麗な瞳だった。
ミレは着替えたユグドラシルを下から舐めるように見る。
「はっ、似合ってんじゃねぇの」
「ありがとう」
「…………」
「?」
「…………」
「どうしたミレ?」
「……なんでもねぇよ」
不満そうな顔をしたミレは踝を返し背を向けた。
「? なんだ?」
「なんでもねぇよ!」
「?…………あぁ! ミレも簪に着物、よく似合ってる」
ピクリとだけ動き、
「……あたりめぇだろ」
とミレは呟く。心なしか、どこか喜んでるようにも見えた。
「さぁ主殿。大宴会といこうじゃねぇの」