第一章 四話「よくある現状把握なんてなんの意味もない」
「そっか。だからボクはキャラクターを殺すことに抵抗があったんだ」
それは昔の記憶。子供のころの大事な記憶。
お父さんが命をかけて誰かを守ったように。簡単に人が死ぬことに慣れてしまわないように。
「ここは……?」
ゆっくり目を開けると、なにやらベットにいるようだった。
「おおー! ミレちゃんミレちゃん! ユグドラシル様が目を覚ましましたよ!」
ぐわんぐわんと揺れる頭痛の中、どこかからか甲高い声が聞こえてきた。
「あぁ見えてるし聞こえてるよリズレット」
「うーん。けど変ねぇ。外傷もない。精神汚染の気配もなし。うーん、どこも悪いところはないよぉ」
「そうか。手間をかけさせたな」
ボクの頭の近くを小さな妖精族がそこにはいた。
人差し指ほどの大きさもない小さな妖精は、ニコニコとしながら軽快に飛び回る。
白のワンピース。美しく透き通った羽。金色の髪。
「いいよいいよミレちゃん。私の役目は診察、治癒、爆散だからね」
リズレットと呼ばれる妖精はとても可憐な姿であった。
小さな妖精は全身をくまなくチェックし、報告を受けたミレ・クウガーは安堵の息をはいた。
「ったく主殿よぉ。どうしちまったんだよ」
ベッドの横から不服そうな声がかけられる。
声の主は魔神ユグドラシルの副官ミレ・クウガーだった。
すらりとした長身を際立させる漆黒のドレス。ミレ・クウガーの身長よりも長い大太刀は、腰ではなく壁に立てかけてある。
彼女の美しさはモデルのようなプロポーションなのだが、残念なことに椅子に腰かけ足を組んでいた。
「くそっ……」
感覚としてリアルな夢の中にいるだけのように感じる。
音を聞く感覚も、視界も、思考もすべて現実のようだが、それでも実感がわいてこない。
けれど確かにここは『召喚術師と世界の果て』の中にいるんだろう。
部屋を見渡す。どこだろうここは。
見たことがあるようで見たことのない部屋に違和感を覚えるしかない。
それは『見たことのない情景が記憶から再現されている』ということなのだろうか。
「ミレ、戦争――人間の魔女はどうなった?」
ミレは魔女という単語にピクリと頬が動く。
そして吸っていた息をすべて吐き出しながら、
「てめぇがぶっ倒れたからな。撤退したよ。人間の奴ら、今夜は祝杯だろうな。なにせたった二万の兵で私のペットを退けたんだからな。……それに魔女には逃げられた。あいつ、隠れるのだけはうめぇ。たぶんガルディア側も捕まえれてねぇぜ。そもそもガルディアのやつららは『人間の魔女を奪う』ことより『私らに奪われない』ことを重点に戦ってたしな」
と答える。
「そっか」
昨日の戦争が脳裏の裏にこびりつく。
血の死の匂い。
もう取り返しはつかないんだと認識せざるおえなかった。
「なら――ミレ。ここは……庭園都市『アミュレット』?」
「……そうだが?」
なに当たり前のことを聞いているのか、という態度を示される。
「つまり、さ。もしかしてこの城、飛んでる?」
「ああ」
「ですよねー」
そう、庭園都市アミュレットは空を飛んでいる。そう――作った。
もともと設定したとおりの世界観ならば、飛行魔術を使える人間は少ない。ゆえに城に攻め込むことも難しいはず。だからこそラスボスは安泰に暮らし、人間の国は空を恐れる、という世界観にしたのだ。
「あぁ、思考が追いつかない。なんだよこれ、本当に」
「ちょっとユグドラシル様。ぶつぶつと独り言ですか」
フワフワと浮かぶリズレットが奇麗な顔でこちらを見つめる。
白のワンピース。美しく透き通った羽。金色の髪。確かにリズレットという名前でラスボスの手下として設定した記憶がある。
しかし……。
「こんな細部まで作った記憶ない」
そう確かにリズレットの設定は作った。だがあくまでラスボスの手下として物語の終盤に登場させるため、細かい立ち絵は書いてなかったはずだ。また服装やしゃべり方もあくまでメモ程度、程度としてはプロットの段階のはずだった――のだが。
目の前にいるリズレットは設定していない可愛らしい髪飾りを付けている。それにワンピースには細かな星の刺繍があった。
イメージはなんとなくしていたが、これほどまでに具現化されているのはどうも不自然に思えた。
「ふむ……」
指先でリズレットのワンピースをめくる。
イメージを具現化されているのならば、このワンピースの中身はパンツなど下賤なものなど存在せず――
「ぎゃああああああああああ!」
リズレットの悲鳴が部屋に響く。
それはマンドラゴラの悲鳴のように脳に直接振動が入ってくる。ミレは急ぎ両耳をふさいだ。それを見習い、耳をふさぐ。
「なにするんですか! なにするんですか! なにするんですか!!」
目に涙を浮かべ、顔を赤くし、すさまじい剣幕で迫ってくるリズレット。
あまりの勢いに、ラスボスであるボクはビビってしまう。悪の親玉をビビらせるとは、なんとも無礼な配下だ。と冗談交じりで思う。
「いや、その確認を……」
「確認!? はぁ!? 何言ってるんですかあなた様は!? なにしちゃってくれてるんですかあなた様は!? なに妖精のワンピースめくってるんですか!」
「あ、主殿……いまのはマジでキモイぞ……」
副官のミレも頬をひきづっている。
「あ、はい……すみません」
謝った。なんか申し訳なくて謝った。
魔神はすぐ謝った。
「もういいです! 体も元気そうですし! 私は戻ります! もう!」
ぷんすかぷんすかと怒るリズレット。
「また体調悪くなったら頼むよ」
「知りません! どうせ死なないし勝手に治るんだからいいでしょ! もう!」
捨て台詞を最後に、扉の向こう側に帰っていった。
「あの……主殿。こういうことはあんまり聞きたくもねぇし知りたくもねぇけどよぉ」
「え?」
「人差し指ほどしかない妖精に欲情はきしょいぜ。あんたの理解者である副官もドン引きだよ」
「違う違う!」
慌てて否定。そして深呼吸。
「いやね、ちょっと確認したくて」
「性犯罪者はそうやって言い訳から始めるって聞いたぜ。リズレットのワンピースをめくって下半身を覗くことがなんの確認になんだよ」
その眼は不敬である。
「どうしてもだったんだ」
そう。
マル秘のテキストの中に書いたリズレットは極々簡易的なものだったはずだ。
ラスボスの側近であり最高の治癒を使う妖精族。また、過剰治癒で人間を爆発させる。
脳内にある程度ある設定を文字にしていないものも多い。なぜなら物語の設定やストーリーは寝る前に天井を見ながら思いつくことが多いから。
だから、パソコンのテキストファイルに書き出していなくても、脳内に含まれた設定。
「うん、確認できた」
脳内の設定にはあって、テキストには書き込んでいないもの。
リズレットの股の間には、それはそれは大きなタケノコさんと二つのりんごがありました。
「本物、なんだな」
この世界と呼ぶべきか夢と呼ぶべきかはさておいて、どうやらパソコンに含まれたテキストだけが反映されているわけではないらしい。
もともと寝る前に頭の隅で作り出した設定。リズレットは妖精であり男の娘というのが生かされている以上、自身の脳内で作られた物語といえよう。
世界が少し見えてきて、少し興奮している。
「妖精の男の娘……か」
現実には存在しない、妖精の男の娘。
「まぁいいけどよぉ……今日は宴会だからよ、さっさと着替えろ」
「宴会?」
はて、ユグドラシルの記憶には宴会などない。原作『召喚術師と世界の果て』は戦争のシーンで終わっているはずだ。
「そうだよ。――ったく。祝い事だからって城に住む全配下たちが下の応接間に集合してる。はぁ……酒は嫌いなんだが……あいつら死ぬまで飲むからな」
「祝い事? なんかお祝いでもするのか? 誰かの誕生日パーティ?」
アホなことを聞いていると自覚はしているのだが、なんの祝いか全くもって検討がつかない。
「あ! る! じ! ど! の! の復活祝いにきまってんだろ! 三十年ぶりに目覚めたから盛大にやりたいってよ!」




