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第二章 九話 「かわるがわる世界」


「『魔神は死なない』」


 黒焦げ死体がまるで、そうまるで。

 誰かから(・・・・)台詞を引用したか(・・・・・・・・)のように話した(・・・・・・・)


 

 狩人たちの目に飛び込んできたのは、かろうじて人の形をした黒焦げの遺体。むき出しになった炭の皮膚と気味が悪いほど白い歯。


「――っ!」


 オリバーは本来、逃げるべきだったのだ。足首を切ってでも、この奇妙な男から一目散に離れるべきだった。例え腹が立っていたとしても、様子見のためだけに近づくべきではなかった。

 いやなにより――エルフを捕まえるべきではなかった。


「そんな――あり得ない!」

「『魔神は殺せない』」 


 白い歯は、同じように言葉を繰り返す。

 するとまるで言葉に呼応するように、男の体が再生し始めたから。

 

「こんなことが――」


 炭となったはずの両手両足が逆再生の如く治っていく。

 

「あり得ない!」


 狩人たちはそれをもはや茫然と見つめていた。ナイフを持った手は男へ向けているが――恐怖のあまりカタカタと震えている。

 真っ黒な炭の塊と白い歯がまるで魔神のように不気味に笑う。


「『魔神は笑わない』」

「なんだよ……! なんなんだよお前は!」

 

 オリバーは恐怖のあまり叫ぶ。尻もちをつき男を見上げていると、


「『来たか』」


 と、空を見上げながら言った。

 そして――その台詞とほぼ同時に。

 ――オリバーの視界の(がい)から音が現れる。


「ようやく追いついたぞ主殿(あるじどの)


 現れた女声に、オリバーは息を飲むことすら忘れる。

 それは伝承でしか聞いたことのない存在。 

 高い鼻。

 白く透き通るような肌。

 燃えるような赤の瞳。

 腰まで届く長く奇麗な髪。

 黒と赤の儚げなドレス。

 鋭く尖った八重歯。 

 少し低いドスの効いた声。



「千切り姫……?」


 それは人間に、ガルディア国にとっての悪の象徴。

 数十年、魔神の代わりに魔獣魔物を従えた姫。

 現時点で最も人間を殺してきた大悪党。


「に、逃げろ!」

「あれは千切り姫だ! 魔女大戦で最も恐れられた魔造兵器!」

「助けてくれ!」


 オリバーと狩人たちは蜘蛛の子を散らすように森の中へ逃げていく。

 ミレは慌てることなく、


主殿(あるじどの)……次からこんな勝手な行動は勘弁してくれ」


 とため息交じりで言った。


「『ミレ一人か?』」

「ユグドラシル様! 可愛い妖精、リズレットちゃんもいますよー!」


 そういうとミレの肩からひょっこりとリズレットが顔を出す。


「『リズもいたのか』」

「心配したんですよ私たち! 全くも―!」

「『悪かった』」

「城は下がらせるぞ。こんなところにいたんじゃ、ガルディアのやつらに見つかっちまう」

「『分かった』」

「主殿よぉ、大体なんのためにこんな辺境な所まで――」


 ちらり、とミレが辺りを見回す。目に映るのは逃げる十数人の狩人。火傷を負い、右足を引きずりながら逃げる商人。そしてうつ伏せに倒れている女のエルフ。


「ははは。なるほどな――主殿、どっちだ(・・・・)?」

「『どっちとは?』」

「あんた、エルフを助けに来たのか、それとも――この人間どもを殺しに来たのか?」

「『愚問だな』」

「はは! 違いねぇ」


 ミレは頬を釣り上げ笑う。そして膝を曲げ、駆けれるよう(・・・・・・)力を込める。


「第二外装――顕現。『ちょっと前向きな兎達(スロウリィラビット)』」


 ひゅん――とミレは地面を蹴った。同時に土と枯れ葉が舞い上がる。

 それはミレがもつリミットの解除。美しく艶のある長い脚は、少し地面を蹴るだけで兎の如く跳躍する。

 その力を、脱兎する狩人たちを捕まえるためだけに使う。時間にすればほんの刹那。今のミレでおおよそ六歩で一人捕まえる。

  

 ミレが一瞬で消えたころ、ユグドラシルの体が再生し終わる。元のやせ細った白い肌へ。

 ユグドラシルは息を大きく息を吸う。土の匂いが鼻を通り肺へ溜まる。

 

「リズ。彼女(・・)、治せるか?」


 まるでさきほどとは別人のように、落ち着いた声で妖精へと声をかけた。

リズがフワフワとアビーの元へと近づく。


「うーん裂傷はひどいですが出血はそんなにですね。はい! これならお茶の子さいさいですよ!」

「そうか……良かった」


 リズレットはすぐさま治療をはじめ――


「はい終わり! すぐ目を覚ましますよ!」 


 と、可愛らしい顔で彼女の治療を終えた。

 その声と呼応するかのように、ユグドラシルは拳に力を込める。

 そして真剣なまなざしをしながら、


「リズ、すまないがミレの援護に行ってくれないか?」


 と言った。

 妖精であり、ミレの実力を知っているリズレットは疑問に思う。

 

「え、どうしてですか? ミレちゃんなら一人でも――」 


 と言い終える前に、

「わっかりましたよっと。空気が読めるできる女リズちゃんは、必要もなさそうなミレちゃんの援護にまわりまーす」

「ありがとう」


 静かな森の中で、ユグドラシルとアビーは二人っきりになった。


「ん……」


 うなされる様に、アビーが目を覚ます。


「ここは――」

「もう大丈夫。ここには俺と君しかいないよ」


 安心してほしくて、ユグドラシルは出来る限り彼女の不安を取り除くように話す。

 

「助けて……くれたんですね」


 その言葉に、ユグドラシルの表情がゆがむ。

  

「それは違う……違うんだ。感謝なんてされちゃいけない……むしろ俺は――」

 

 ――むしろ俺は君を殺そうとしたんだ。

 

「ありがとうございます……」 


 けれどアビーはそんな表情に気付くことなく、ただ目の前にいる命の恩人に感謝をした。

 体をゆっくりと起こした。


「あれ……? 痛くない……けど体が動かしにくい」

「あぁリズ――仲間が治癒してくれたんだ。けど無理に起きてはいけないよ。体は治療したけど、大きな負担がかかってる。一日くらいはしっかり休まないと」

「どうして……私を助けてくれたんですか?」


 どうして――その問いに答えられずにいた。

 だから誤魔化すように、アビーの頭を撫でる。


 「俺の妹――こうやって撫でられるのが好きだったんだ」


 ユグドラシルの唐突な言葉。

「えっえっ? 妹?」

「半分しか血は繋がっていなかったし、かなり歳は離れていたけど、よく一緒に遊んだよいたよ」

「そ、そうなんですね」


 アビーは困惑していた。まだなにひとつ飲み込めてはいない。けれどなぜか頭を撫でる手が妙に心地よくて、動揺する心が勝手に落ち着いていく。

 眉をひそめるエルフの少女に、ユグドラシルは言葉を続ける。

 

「アビー、君のモチーフは俺の妹なんだ」



 ユグドラシル――彰人は、キャラクターを作り出すとき、近くの人間を参考にした。母親、父親、妹、友人、そして自分。

 なぜそんなことをしたのか。それはよりキャラクターたちに愛を込めるためだ。自分をモチーフにした主人公を作れば、彼は勝手に話し始める。

 独立したキャラクターたちが、頭の中で会話をした。そしてそれを絵にする。

 彰人はそうやって漫画を描いてきた。

 

 そして――アビーのモチーフは妹。

 口癖、家族思い、頭を撫でられるのが好き、将来の夢はお嫁さん――それらは全て、から作られた。

 優香。彰人の記憶の中の彼女は、十二歳から成長していない。

けどどこからか、それを忘れてた。妹だったはずのアビーはいつからかキャラクターとして独立し、それを殺すことで物語を盛り上げていた。


「こうやって撫でられるのが好きでね。だから、どれほど世界が歪んでも、物語がねじ曲がっても。俺は君を救いたかった」

「妹――」


 その言葉に、アビーは思い出す。


「そうだロリア!! ロリアが今もまだ捕まってるの! ロリアも――」


 自分を助けてくれた大切な妹ロリア。混乱した記憶中から思い出す彼女ことを、目の前の恩人に頼もうと願ったその時。

『ロリアも助けて』その言葉を言い終わる前に――アビーは固まった。

 ――震える指先で、ユグドラシルの後ろをさす。


「なにか――なにかいる……!」



 アビーの異変に、ユグドラシルは焦り後ろを向く。


「……あれは?」


 なにか間違った違和感が二人を襲う。

 二人の視線の先――それはただの細い木だった。

 この森の中で、ただやせ細った、今にも枯れそうな木。

 幹は枝のように細く、葉もほとんど落ちていた。その木の後ろから――鋭く尖った棘のようなものが現れる。

 棘。

 黒い棘のようだ。

 奇妙な光景。細い木の見える範囲にはなにもないというのに、突如木の幹から一本の棘が現れる。


「なん――」


 動いた。

 黒く細い鋭利そうな棘は動いた。

 突き刺さってしまいそうな棘は、一本、また一本と増え四本。

 ――そこでユグドラシルは気付く。


 「――爪?」

 

 爪だ。あれは黒く細い鋭利な爪だ。 

 突如現れた五本の爪は、扉を開ける様に木の細い幹をつかむ。

 


「なんだよあれ……!こんな設定――俺は知らない(・・・・・・)!」


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