第二章 七話 「そういう結末」
「みぃつけたぁ!」
「っ――!」
男はあまりの嬉しさに大きな声で叫んだ。
アビーは急ぎ逃げようとする。
しかし右足がそれを許さず、ぬかるみに足を取られて転んでしまう。
「ホント……良かったよ。このまま見つけれなかったらどうしようかと思った……あぁ安心した」
男は薄ら笑いながら転んだアビーの手綱の紐を握った。
「これで逃げられないね」
男はにこやかに笑いながら――村を焼いた炎の魔術詠唱を始める。
「やめて……お願い……助けて……」
アビーの目に涙が溜まっていく。
「ったくさぁ勘弁してくれよ」
ある男が心底鬱陶しそうに言った。
「俺達もね仕事なのよ。捕まえておとなしくさせて売る。生きてくためには必要なことなのよ」
左手にはナイフ。
「さっさと積荷に戻さないと親父にド叱られる。そうすりゃこんな高価なものを運んでたって飯抜きさ」
右手には既に詠唱られた焔環魔術。
「脱走するようなやつには痛い目みてもらわないと。ぷぷっ……ちょっとぐらい味見してもバチは当たらねぇよなぁ」
舌なめずりをしながら痩せた男はゆっくりと近づいていく。
「誰か……誰か助けて……」
アビーは小さな声で助けを求めた。
「あはは! そんな小さな声じゃ誰にも聞こえないよ!」
男は腹の底から笑う。
「なぁ……お前の妹どうなったと思う?」
「アビーになにしたの!?」
「なにって俺はなにもしてねぇよ? ただ親父がプツンしちゃってさぁそりゃもうボコボコよ。顔面が腫れ上がっていたもうお前がみても妹とは分かんねぇんじゃねぇかなぁ」
男は勝ち誇ったかのようにアビーの怒りを楽しんだ。
「……こ、殺してやる!」
「おうおう怖い怖い! 殺すにはまず手縄を外せるようになってからだなぁ」
そういうとアビーの手縄を強く引っ張る。
右足を怪我したアビーは逆らうことができずぬかるんだ地面に倒れる。
抵抗すらアビーには出来なかった。
結局こうなってしまうのだ。
「なんで……なんで私達なの!? ロリアはなにもしてないじゃない! 誰か……誰か助けてよ! どうして私なの! どうして私達なの……! 私達はただ幸せに暮らしたいだけなのに……!生きてちゃいけないの!?」
「あははは! うるさいエルフだなぁ! そうだ! 思ったんだけどさ崖から落ちたろ? つまり俺が味見したって怪我ってことで通せるんじゃないかな?」
欲を満たさんとするケダモノは鼻息を荒くしエルフをまじまじと見る。
臭い息がアビーの鼻先に当たる。
艶のある奇麗な頬を舌で舐める。
「先っちょだけ先っちょだけ先っちょだけ!」
男は再び力いっぱい手縄の紐を引き――アビーを地面に倒す。
アビーに覆いかぶさる。
男は生唾を飲み込みアビーの服をナイフで切り裂く。
「誰か――」
アビーは小さな声で願った。
「だれか助けて……」
それは耳の良いエルフにも聞こえないような心の声。
だがそれは誰にも届かない。
なぜならそういう物語だから。
アビーは決して救われることはない。
森にはだれも来ない。
ただただ死ぬ。アビーこのあとガルディア国に送られ、焼死する。
そういう、物語。
小さな声はただ森に書き消される。
誰にも届かない――はずだった。
「大丈夫だよアビー。君の声は……しっかり俺に届いてる」
みすぼらしい服をきて、マントを着けた魔神は――アビーの声を確かに聞いた。




