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第二章 六話 「ロリアの抵抗」



「痛ぇ! 離せふざけんなこのっ!!」

「ぁぁぁああ!」

 

 ロリアは奇声を上げ商人の左手に噛みつき続けた。


(時間を――稼ぐ! 一分でも! 一秒でも!! お姉ちゃんが逃げれる時間を!!) 


   右手の鞭で商人は力いっぱいエルフを叩く。

 だがロリアは決して離さない。

 

「くそ! 離せこのこのこのこの!」


  商人は鞭を手放し今度は握りこぶしで幼いエルフの顔面を殴る。

 右目と鼻を殴る。とにかく殴る。

 

「んんんんぅ!」


  喉で声を鳴らしながらとにかく噛み続ける。

 商人の抵抗によって殴られ鼻と頭から血を流れ出す。

 だがロリアは頑なに噛み続ける。

 とにかく時間を稼ごうとする。耐えれば耐えるほど姉のアビーが逃げれるから。

 姉が逃げれるだけの時間を。

 恩返し出来る時間を。

 

「親父大丈夫か!」


  叫び声を聞きつけ息子がやってくる。


 「こ、こいつをどうにかしろ!」


  息子は急いで父親の元へかけつける。

 そして奇声をあげ血を流すエルフの後頭部めがけて思いっきり蹴りを食らわす。


「ぎゃっ!」


  ロリアはあまりの衝撃と痛みに噛みついていた腕を離してしまう。

 息子はロリアの手縄をひっぱり父親から引き離す。地面に転がされる。

 それでもロリアは必死に噛みつこうと必死に抵抗する。

 

「くそ!なんだよこいつ! 親父離れろ!」

「ぁ゛ぁああああああ!」


 これが怒りだこれが憎しみだと言わんばかりにロリアは叫ぶ。

 大粒の涙を流し死の淵でロリアは思い出した。

 最後まで一緒にいてくれた姉のことを。


 ――いままでありがとねお姉ちゃん。

 ――側にいてくれて。

 ――私ね、幸せだった。

 

 幸せをいっぱい思い出しながら、這いつくばり土を喰う。ずりずりと音を立て商人へと進む。


「このっ! 畜生のくせにいい加減にしろ!!」


 息子は父親が手放した鞭を拾い、力を込めてロリアに振り下ろした。

 

「うっ!」


 ロリアに意識が飛びそうな重い痛みが後ろから襲う。

 鞭の尖った先端がロリアの尖った右耳に当たり――端が千切れる。

 そして――ようやくロリアは動けなくなる。


「や、やっと止まった……」


 息子は安堵した。

 森人族エルフの、いや魔族の恐ろしさを初めて垣間見たと息子は思った。


「お、親父大丈夫――」


 声をかけようとした瞬間――父親は動けないロリアに馬乗りになる。

 

「畜生風情がいきがりおって! 人間を舐めるな!」


 そこからは――言い表せないほど悲惨だった。 

 怒り狂った父親はロリアに馬乗り顔を殴り続けた。

 血を流そうが目を腫らそうがとにかく殴り続けた。

 口の中が切れる。

 前歯が折れる。 

 エルフが気を失いピクリとも動かなくなったところで商人である父親は殴るのを止めた。


「こいつを売るのはやめる」


 血で髪は赤に染まり顔面はもはや原型を留めていなかった。

 ヒューヒューと掠れた呼吸音がエルフから聞こえてくる。

 父親は立ち上がり息子へいう。


「こいつはうちで飼う……人間に歯向かった罰だ。生きるのも死ぬのも嫌になるほど徹底的にいたぶってから殺してやる……!」


 父親は噛まれた骨折した手の甲をさすりながら、


「お前は早く下に降りてあの姉エルフを捕まえて来い!」


 と命令した。

 商人の怒鳴り声が静かな夜に響いた。




 ーーーーーーーーーーーーー


 水の冷たさを感じアビーはゆっくりと目を覚ました。

 静かな夜だった。水の落ちる音が聞こえる。


「ここは……?」


 ごつごつとした石が背中に当たっているのが分かった。  

 そこは奇麗な川だった。

 透き通るような水が静かに下流に向かって流れていく。川の中に何種類かの魚が泳いでいた。

 手にずっしりとした重みを感じアビーは両手をみた。

 

「そっか崖から落ちて――」

 

 手縄がついているのに気付き、ようやく自体を把握し始める。

 どうやら川岸に打ちあげられたらしい。

 川。縄。崖。いくつかのイメージが起きたばかりのアビーの想像を加速させる。 

 連想ゲームの中ようやくハッキリとした意識が戻り――その瞬間妹のことを思い出す。


「ロリア!」


 彼女を崖から落とした妹の名前をアビーは叫ぶ。

 急ぎ立ち上がり――そのまま体制を崩す。

 立てなかった原因である右足を見る。非道な商人の鞭によって折れた足は痛々しく腫れ上がっていた。


「探さなきゃ……絶対に」


 だが今のアビーに骨折など関係のないことだった。

 アビーは再び力を入れて立ち上がった。上手く動かせない右足を庇いながらゆっくりと川を後にする。

 アビーは必死に歩いた。

 どれほど気を失し川で流されたのかは分からない。

 静かな森をひたすら歩いた。

 湿気でぬかるんだ土。根を生やした大木。

 右足を引きづり地面を踏む。

 空に少しずつ太陽が顔を出す。

 アビーは人生で初めて一人ぼっちだった。

 常に家族が側にいた。

 それは母親であり父親であり妹だ。


「一人ぼっちってこんなに静かなんだ」


 笑い声も温かい心もそこには存在しない。

 自分の息を吐く音がいつもより大きく感じる。

 誰もいない静寂の中、アビーは耳をすませる。

 木の葉がかすれる音。風の横切り声。エルフ特有の聴力を駆使し出来る限り音を探った。

 

 どれほどの足跡を森につけただろうか。

 エルフであるアビーの耳に小さな音が聞こえた。

 それはゆっくりと近づいてくる。


「ロリア――」


 妹かもしれない――だから大きな声でロリアと叫ぼうとして、慌てて考えなおす。

 聞こえた音が一つではなかったからだ。

 複数の足音は静かに近づく。

 音の主はどんどんと距離を縮め――アビーの視界に現れる。

「おいそっちいたか?」

「いや見当たらねぇな」


 それはアビーの村を襲った他の狩人兼商人たちであった。

 人数はおおよそ十人。


「もう追手が――」


 アビーは慌ててに大木の影に隠れた。

 手で口を覆い息を潜める。


「ったくなんで俺達がエルフを探さなきゃいけねぇんだ」

「仕方ねぇよ。あのデブ親父にゃ今後とも世話になるんだ。多少でも借りを作っときゃ何かしらの役に立つ」

「あの顎無しデブ、顔だけは広いからな」

「見つけたらどうする?」

「そりゃあ――俺達は商人であり狩人だぞ? 今度は逃げないよう足の一本ぐらいは……なぁ?」

「くっくっく……確かにそうだ」


 男たちは下卑げひた声で笑う。

 不愉快な声と恐怖がアビーの心臓の鼓動が早くする。

 ――神様助けてください。 

 アビーは祈るようさらに息を殺した。心臓の音がどんどん大きくなる。


「なぁこんな大きな森じゃ見つかりっこねぇぜ」

「確かになぁ」

「そもそもどこまで流されたかもわからねぇ」

「そうだな。そろそろ戻るか」


 男たちはくるぶしを返し来た道を戻る。

 アビーは押し殺した息をもらす。

 

「よかった……本当に良かった」


 心を落ち着け――心臓の音がようやく収まっていく。

 だがアビーはこのときしっかりと頭が回っていなかった。もし本当にロリア(・・・・・・)に会いたいのならば(・・・・・・・・・)正しい選択肢として男たちを追うべきであった。

 時間もロリアの居場所も分からないアビーにとってそれが唯一妹と再び出会う方法だった。

 しかしそれは仕方のないことでもある。

 村を焼かれ父を殺され足を怪我し崖から落ちたアビーは既に満身創痍だった。正常な判断などできはしない。

 そもそも男たちを追ったところでアビーを救えるかと言われれば――それは分からない。

 そういう意味合いで言えば、いまは自分の安全を一番にする――それが正しいことだった。


「あぁ俺も良かった(・・・・)ってそう思うよ」


 男の声がアビーの目の前から聞こえた。

 

「ッ――!?」


 安心したアビーの前に男が現れる。

 それは見たことのある顔。

 アビーが殺したいと思う男――商人の息子であった。

 

「みぃつけたぁ!」

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