第二章 二話 「実験と八つ当たり」
なにより――今後登場する予定のない、クズな荒くれものは?
「ふぅ! 飲んだ飲んだ! さて……どっかでねぇちゃんをひっかけてるか!」
「やぁ……登場人物A」
「あぁん? 誰だおまえ」
登場人物Aの前に、一人の青年が立っていた。
奇妙な青年だった。声色は男。フードを深くかぶり、表情は見えない。
シャツは汚れ、ネックの部分は大きくたるんでいる。
みすぼらしい――難民のような服装であった。
「分からなくていいんだ。仕方のないことだから」
「ああ? なにいってんだ」
登場人物Aは、腕には自信があった。傭兵として八度の任務、先日行われた魔女争奪戦争にも参加し、生き延びてきた。
生き残るうえで必要なこと。それは勇敢さと無謀さを履き違えないことだ。
相手の力量を計り、戦うときには戦う、逃げるときにはしっかり逃げ切ること。
それが傭兵として戦ってきた登場人物Aの信念。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、子供を蹴り飛ばして金を奪うってどんな気分?」
「どんな気分ってそりゃ――」
登場人物Aは昼に酒場で起きたことを思い出す。ボロボロの服を着た少年を力いっぱい蹴り抜いたことだ。
「ははぁん。あの子供の知り合いで、敵討ちってわけだな?」
登場人物Aは納得した。目の前にいる青年が貧乏を感じさせる服装をしていることも納得した。この奇妙な男――青年はあのガキの復讐に来たのだ。
「知り合いじゃないよ」
ユグドラシルは答える。そう――知り合いじゃない。
「じゃあ関係ねぇだろ。さっさと失せろよ」
「関係はないね。なぁ、あんた名前は?」
「あ? なんでそんなこと答えなきゃいけねぇんだよ」
「家族は? お袋さんはいるのか?」
「てめぇどういうつもりだ?」
登場人物Aは、酒が冷めたように青年を睨みつける。
「悪いことをしたと思ってるよ」
「……なにを言ってんだ?」
「俺がスキャットへの同情心を集めるためだけに、キミはその人生を歩んだんだ」
奇妙な不安感に襲われていた。
大したやつではない――Aの直感がそう告げている。
ローブの下に着る服は、防具でもなんでもない、雑巾にすらなりそうなシャツとズボン。
胸板は薄く、背も頭一つ分は小さい。
魔術を使わずとも脅しと腕力で勝てそうな貧相な体。
――そのはずなのに。
青年が発するただ意味のわからぬ言葉の連なりに、妙な圧迫感がある。
「何を言ってんだ!」
過剰なストレスを感じたAは、声を荒ぶらせる。
「だから殺しはしない。けどしっかり反省してもらう」
「このっ!!」
登場人物Aは動いた。やられる前に動いた。ポケットから小型のナイフを瞬時に出し、目の前の青年の胸元へ刺した。
そして――青年の不明な言葉の連なりは続く。
「人は、優しい言葉より銃の言うことを聞く」
登場人物は後悔した。
胸に深く刺さっているナイフから溢れる血が――妙に冷たかったのだ。
「お前……! 魔女か!?」
「いいや? 知らないのか? 『魔女に血は流れない』」
――見誤った。
「神の玩具№008 気の抜けた愚かな花」
ユグドラシルの背中に腐りかけたラフレシアが出現する。
異様な香りを放つ気の抜けた愚かな花は、ゆっくりと浮遊し、男の鼻に臭いを送る。
男が匂いに違和感を覚えた途端――男の右腕が消えた。
「ぎゃああああああ!」
肘まで失った荒くれものから汗が噴き出す。顔は青白く、恐怖で染まってる。
「君は悪くない。これはただの実験と称した八つ当たり」
「痛い痛い痛い――!」
「俺はさ、スキャットやクーイのことを家族のように思ってる。それも当然、彼らには『俺の家族の要素』を入れてるからね」
「な、なんだよ! 知らねぇよ! すきゃっと? くーい!? 俺はなにも知らねぇ!」
「知ってるよ。お前は何も知らないってことぐらい、俺は知ってる」
「うわああああ!」
「お前もほんとは悪くないんだよ。俺がきっとそうさせたんだ。キャラクターを不幸の目に遭わせれば、読者の同情を買えるから。そうすれば感情移入しやすくなる、よくある手法」
「タスケ――」
男は小便を漏らし、涙を流しながら訴える。
「消防士だった父さんのように、スキャットには『誰かのためになら頑張れる』強さを与えた」
地面に這いつくばる登場人物Aを、ユグドラシルは見下すように話す。
「だから――スキャットにあるやさしさの面影に、俺は誰よりも懐かしく感じたし、彼が虐げられる姿をみて。たとえお前の行動が俺のせいだとしても、なにもせずにはいられなかった」




