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第一章 一話「クソッタレの世界へようこそ」

  今日の教訓は、他人の適当なアドバイスなんて採用するな。という一点に尽きる。

 

「こんな王道マンガはもうやめてさ、今度はダークファンタジー描いてきてよ。グロくてどんどん人が死ぬやつ」


 電話越しに聞こえる声は、どうもガムをクチャクチャと嚙んでいる様子で、とてつもない不快感に襲われつつも、なんとかボクは「……やってみます」とだけ気合で答えた。

 

 今回のマンガは、自信作の中でも超がつくほどの自信作だった。

 王道をいくファンタジー『召喚術師と世界の果て』

 主人公がたくさんの魔物や魔獣と仲良くなり、世界中を旅するファンタジーストーリー。

 

 けれど編集の判定は×。不採用。

 こんな漫画では連載どころか新人の賞にすら引っかからないだろうということだった。


「いっそもっと重いダークファンタジーを書いて」


 本当は書きたくないダークファンタジーだったけれど、担当編集が言うもんだから描いてみようと思ってしまった。

 キャラクターを殺すことでストーリーを盛り上げを持ってくるのは個人的にはあまり好きではない。

けれどなにか挑戦してみなければ、なにか変わればとおもって。


 だから不本意ながら読者の受けが良いようにダークファンタジーを描いた。

 グロくてどんどん人が死ぬヤツを。

 プロットを練り練った超自信作の『召喚術師と世界の果て』をベースにして。

 

 

 この時のボクに言いたい。

 他人の適当なアドバイスなんて、簡単に採用するなと。

 

 



ー----------------------------




 目を覚ました時にまず最初に思ったことは「頬っぺたが冷たい」だった。

 

 

「……なにこれ」


 だんだんと感覚が広がっていき、全身が雪にまみれていることに気付いた。

 ゆっくりと立ち上がる。雪の冷たさが膝の高さまで感じられ、かなり積もっていることが分かる。

 慣れない雪にヨタヨタとしながら腰に力を入れた。

 


「さっきまで部屋にいたはず……」


 最後に覚えているのは、部屋の中でダークファンタジーのプロットを完成させたこと。長いプロットになったけれど力作が出来た。

 今回のはいわば自信作を超え超自信作をも上回る超絶自信作だ。

 

 大満足でベットに横になり、明日にでも担当編集へ持っていこうと考えていた矢先――。


 代わりにあるのは、見覚えのない世界。

 

「どこよここ……」


 それは、風切り音が耳にゆっくりと届くほど、静かな夜だった。夜空に浮かぶ月と満点の星が、まるで見下ろすようにすら見えた。


「夢にしては妙に――」


 初めて見た真っ白な大地にボクは|既視感(・・・)を覚える。


「……あれ? なんでこの風景をみたことがあるんだろう?」


 夜空と雪と風。まるで夜の北極だ。吐く息が白い。体をがくがくと凍えさせる。

 かじかんだ手を息で暖めようとしたその時、あることに気付く。

 

「えっ――」


 目に映ったもの――それはボク自身の両手両指。

 スラリとした指。尖った爪。白い肌。

  

「ボクの……ボクの手じゃない!」


 慌てて知らない右手で顔を確かめるように触る。

 高い鼻。こけた頬。

  

「ボクは誰……?」


 全てが違った。

 その時、答えが現れる。


「おい主殿(あるじどの)。あんたさっきなんて言ったよ?」

「えっ?」


 ドスの聞いた、ハスキーな声が聞こえた。

 ボクは驚いて後ろを見る。


 高い鼻。

 肌は透き通るように白く。

 瞳は燃えるように赤く。

 髪は見とれるほど美しい。

 羽織るは黒と赤のドレス。

  


「まさか――あり得ないっ」


 ボクはあまりに飲み込みようがない事実の代わりに、ごくりと息を飲む。


「ミレ? 千切(ちぎ)り姫ミレ・クウガー?」


 それはまるで当然のように。またはまるで必然のように。

 ボクが描いた漫画の大悪役――千切り姫ミレ・クウガーは舞い降りた。


「あぁ? そうだよそうだが……なに当たり前のこと聞いてんだ?」

「どうなってる! どういうことだよ! なんでお前が……!?」


 男勝りの口調。

 気品溢れる黒く長いドレスに身を包み、首にはミンクのような毛皮のマフラーを巻いている。ポニーテールのようにまとめた紅蓮の後ろ髪は腰ほどあり、雪風に吹かれまばゆく靡く。

 赤黒く輝く大きな眼光。悪意に満ちた不敵な笑み。

 腰には黒の大太刀。細く長いきれいな左薬指にはエンゲージリング。

 鈍く赤い光沢をもったハイヒールはなぜか雪に刺さっていない。 

 月に照らされた横顔は心を奪うほど繊細で美しい。

 奇抜さと美しさを兼ね備えたミレ・クウガーは、じっとボクの顔を見つめ続けている。 



「お前はボクの――想像上のキャラクターのはず……!」


 この女をボクは知っている。

 いや、知っているという表現は正しくない。


「なんでどうして……?」 

「あ? 急にどうしたよ。寒空雪の中で寝ころびやがって。酔ってんのか? それとも寒さでおかしくなったか?」 


 くっくっくと笑いながら近づいてくる。 


「ミレ……。魔神ユグドラシルの右腕……?」

「あ゛? そうだよそうだけど、ホント大丈夫かよ。らしくねぇぜ?」

主殿(あるじどの)? ボクが……?」

「あぁ? 他に誰がいんだよ」



 一瞬不思議そうな顔をしたミレは、元へ静かに近づくと一気にボクの胸倉を掴んだ。

 そしてまるで無理やりキスを迫るかのように顔を近づける。


主殿(あるじどの)よぉ、ホントさっきからおかしいぜアンタ。寝ぼけるのも大概にしろよ。戦争が始まるんだ。ボスは後ろで隠れてろ」


 ミレ・クウガ―の赤い瞳の中に――ボクが映る。

 ――いや。

 

「ボク――じゃない」


 髪は白く痛んでいた。骸骨に皮が張り付いたかのように痩せこけている顔。大きな瞳が二つ。

 鼻は西洋人のように高く、目の下に少しだけそばかすがあった。


「魔神――ユグドラシル?」


 ユグドラシル。それは漫画のラスボス。

 魔族たちを従え、人間を蹂躙しようとする怪物。


「……うそだろ?」


 その時――違和感に気付く。

 先ほどの違和感が形となって意識に表れる。

 立ち上がり周囲を見る。


「まさか!」


 連鎖的に想像が膨らんでいく。


「雪の大地――」


 眼を大きく開く。


「圧し潰されるような暗い夜――」


 空を見る。


「月と星が覗き込む――」


 まるで昨日の夕食のように。思い出せそうで思い出せない、知っているようで知らない感覚。

 

「命を懸けた雄叫び――」


 ボクの脳内に悲惨な光景が映し出される。

 それは存在しない思い出(・・・・・・・・)


「凍り付く――血の匂い」


 見たこともない景色を太郎は覚えていた。 

 

「一章零話――魔女戦争!?」


 それは頭の中にしか存在しない景色のはずだった。

 ボクが描いた書いた第零話『魔女戦争』


 物語の冒頭として、人間と魔族の対立を表現した大戦争。




「なに当たり前のこと言ってやがる」



 まるでボクが当然のことを当然のように話す姿に、のように千切り姫ミレ・クウガーは眉をひそませ呆れた顔をする。



「せ、戦争? 戦争が始まるのか……?」

「ははっ! 始まる(・・・)? それは違うぜ主殿」

 

 ミレは遠く視線を投げかけながら、鼻で笑うように言った。


始めようぜ(・・・・・)、戦争を」



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