異世界転生
その日、僕はどうかしていたのだろう。朝早く目覚めた時に思い付いたのが、真夏の日差しの中、高校生初の夏季休暇という、限られた枷つきの自由を謳歌しようと、無駄に張り切り紫色から朱色へと変わる空を見上げながら街を歩いていた。目的地も無く。
早朝にも関わらず、少しぬるい、へばりつく様な湿り気を帯びた風が半袖のシャツを揺らし、誰も居ない歩道を歩く。
時折、点滅信号へと変わった交差点を過ぎ去る車を見ながら『こんな時間に何をしているのだろうか?』と、自身の行動を棚に上げて、達観したように、再度空を見上げる。
そんな時だった。見上げたタイミングと、場所が悪かったのだろう。突如真横から聞こえたエンジン音に、身体が硬直した。
ここは歩道のはずで、本来なら聞こえるはずのない、エンジン音と、耳障りな甲高く響き続ける金属音。そして、ゴムの焼ける臭い。そして、廻る視界。
気づいた時には、僕は白一色の部屋にいた。カーテンで仕切られ、鼻をつく消毒液の臭いがする。そして、視線を動かせば、椅子に座り安堵の表情を浮かべる母親の姿を捉える。
「ここは……?」
少し期待を込め、僕は張り付く喉から声を絞り出した。
「貴大、ここは太田緊急病院よ。何があったか覚えてる?」
その言葉を聞いて僕は唇を強く噛んだ。そして、こう思ったのだ。死に損なった、と。
◆◆◆
あれから、一週間、僕は無事に退院した。してしまった。全くもって、運命的な出逢いや、フラグめいた女の子からのお見舞いイベントも無く、ただただ、縫合した傷のガーゼ交換や病院食の配給にくる、看護師のおばさんに愛想良くするだけの日々だった。
白衣の天使は絶滅していたらしい。僕は心で泣いたのも今はいい思い出である。
現在、僕は携帯を買い替えに来ていた。あの悲しくも虚しい事故は、僕の貴重な夏休みを一週間奪っただけに飽き足らず、スマホを生贄に僕の生存を強要したらしく、ものの見事に綺麗に分断されていたためだ。
そして、さらには携帯ショップの待ち時間、五時間。携帯があれば、五時間もまだ耐えられる。だが、その携帯はもはや屍のように沈黙している。
ここで、分断されたスマホが、焼けていることには触れたく無い。何しろ、一週間の入院における理由が携帯のバッテリーによるものだからだ。新聞配達のバイクにはねられ、歩道の柵に体を打ちつけ、その時に二つに折られたスマホのリチウムバッテリーが発熱、発火、そして、破裂した。その破裂した際に割れたディスプレイガラスが太ももの筋肉に深く刺さり、切開手術と相成った為だ。
きっと、スマホからの嬉しく無いサプライズプレゼントだったのだろう。僕は遠い目をしながら、手のひらに乗るスマホだったものに目をやり、ため息を吐く。
どうしよう。アカウントパスワードとかほとんど覚えてないんだけど、と。
虚な目で、黄昏ていたら順番がようやく来たらしく、笑顔の担当になるだろう人が「お待たせしました。本日はどの様な御用件でしょうか?」そう言いテーブルの向かいに座る。
いうまでも無いが、男だ。
機種変更または修理を、と告げ現在の支払い状況などを確認した担当は、少し申し訳なさそうに口を開いた。
「申し訳ありません、機種変更の方については、前機種代支払いが残ってまして、残りをお支払いいただかなければ変更手続きが行えないのです。どうなさいますか?」
「じゃあ、修理を」
そう言い、テーブルに手にしていたスマホの亡骸を置く。
「これは、また……」
結局、修理不能のため、同一機種を定額の修理代を払い買うこととなった。色は在庫にあったのがショッキングピンクと言うこと以外は本当に感謝しかしていないのだが、何が悲しくて可愛げのない男子高校生が手にするには厳しい色しか残ってなかったのか、と本気で沈む気持ちをなんとか立て直し、スマホケースに入れることで難を逃れようとして失敗した。
「なんで、クリアケースしか売ってないんだよ、マジで呪われてんの?」
そう口にした僕を誰が咎められようか。ネットショップ、近場の家電量販店、ホームセンター何処を回ってもクリアケースのみ。とりあえず、諦めてクリアケースを購入した。
そして、疲れ果てたその夜、つまり、今僕は後悔していた。なぜ、あの時、夏季休暇を楽しもうなどと考え、意気揚々と外へ出たのか? と。
アカウントパスワードがわからない? もちろんそれは有る、有るけど違う。むしろ、そんなのはどうでもいい。ゲームデータが無くなることも。むしろ、そっか。と流せる。
前のスマホに入ってた画像や、男子高校生なら健常な画像、電子書籍データなども、パスさえ思い出せれば復活は可能だろうが、そこでもない。いや、むしろ、ソレが原因のような気もする。
だが、これは酷すぎる。
見知ったメールアドレスからメールが来たのだ。そう、良く知るメールアドレス。自分のメールアドレスから。
内容は、『件名:浮気者 本文:わたしを捨てて新しい女に手を出すとか信じられない! あんなに、色々わたしに仕込んだくせにっ!』
受け取った瞬間、僕は訳がわからなくなったのは無理も無いだろう。だから、僕は先程こう返したのだ、『誰? ってか、多分人違いですよ』と。
そして、今に至る。
画面に表示されてるのは、着信画面で、発番号は僕の携帯番号である。そして、上の通知には二十七件の文字。
なにこれ、怖すぎるんだけど! これが、今である。
ようやく着信が鳴り止み、今度はメールが続々と、届く。
もはや、ホラーの領域である。スマホを置くことなど忘れて、ただ増えていく通知から目が離さないでいた。
「ちょっと、おにい! さっきからうるさすぎ! 早く電話出てあげなよ!」
「え、あ。なぁ、菜々、これどう思う?」
「はぁ? なに? どうでもいいから早く電話でなよ!」
「あ、はい」
意を決して通話をタップする。
『ねぇ? なんで無視するの?』
電話から聞こえたのは、透明感のある少し鼻にかかる声だった。
『ねぇ、貴大〜、そんなにわたし悪いことした? ごめんなさい、謝るから……』
鼻に掛かる声は、泣き声だったようだ。
「えっと、ごめん、誰?」
『うぅっ、酷いっ酷いよっ! わたしだよ? いつも寝るまでわたしを使って散々エッチなこととかしてたのに……、本当は恥ずかしくて嫌だったけど、貴大の為に勉強して、検索だって頑張ったんだよ? なのに、なのに、忘れるなんて! 酷いよっ、わたしは一人知らない世界に来て心細いのに』
「おい、待て。僕にそんな彼女は居ないし居たことないぞ? 童貞からかうなら切るぞ」
さすがに身に覚えのない事に、怒りを覚えた貴大は、スマホの通話終わらせようと耳から離し、通話終了アイコンをタップしようとして、電話からの声に指を止めた。
『……わたし、異世界転生したみたいなの』
「は?」
はい、思いつきで書き始めました。面白かったら、ぜひブクマよろしくお願いします。
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