第6の不思議︰呪われネットワーク-07
面談室は日下さんがスクーリングを受けてるのと同じタイプの部屋で、広さはたぶん10畳くらい? 奥に窓があって、分厚いコンクリの壁に重たいドアの音漏れしない造りだ。
「失礼します」
中へ入るとそこには仲井真先生になぜか物理の土屋先生、そして帯洲先生までいた。最初の二人はともかく帯洲先生を見た瞬間、オレの中のヤな予感が一気に高まった。
それにしても、生徒一人に教師三人てかなりの圧迫感あるな。
「座りなさい」
仲井真先生が特徴的な低い声で言った。そこからはどんな感情も読み取れない。オレは先生たちの向かいに座った。
最初に口を開いたのは仲井真先生だった。
「キミたちの部はなかなか不思議だね」
おや?
「神野さんに日下さん、湯川さんに鶴乃谷の二人。最近では霧島さんも、か。みんな個性的で、周りと馴染むのが苦手な生徒ばかりだ」
兎和のことじゃないのか? 褒められて、る? ただ仲井真先生の口調からはどういう気持ちで言ってるのかが読み取れない。皮肉なのかもしれないし、まだ油断はできない。
「なぜそうなっているのか、実際のところはこちらからはなかなか解らないものだ。けれども、周りと馴染めない生徒にとって郷土史研究会が居心地のいい場所なんだろうということは解る。幽霊部員もいないようだし」
あ、これ、うん。オレも解った。なんで呼ばれたのか。前に進研ゼミでやった。
仲井真先生が話そうと口を開ける。来る。
「土屋先生」
来なかった。ここでパスか。土屋先生はたしか1組の担任。てことは1組の誰かか。
そう。この先生たちは郷土史研究会に誰か、周りと上手く馴染めない生徒をねじ込もうとしてるのだ。
誰だ? オレは心当たりを思い浮かべようとしたものの、他のクラスで親しくもないとなると、誰が何組かなんて解らない。
逆にウチの学年で他にボッチ極まりないやつを思い出そうとしても、そういう生徒はたいてい目立たないので浮かんでこない。湯川さんとかあんなにキャラ濃いのに、原田さん以外に話す人がいなかったせいで今でも知名度ほぼゼロなわけだし、オレも校内で見たことある気がする、くらいだった。
「うちのクラスに小田泰成という生徒がいるんだけどもね」
ああー。そっちかよ。これはマズいのでは? 予想の何倍も悪い。たしかに周りと上手くやれてない生徒だけども、えぇ……?
小田泰成。もちろん知ってる。悪い意味で有名人だ。急にキレて暴れたり喧嘩したり。かと思えば一人でやたらハイテンションに笑ってたり号泣してるところが目撃されたりもしてて、要はヤバイやつ。おまけに身長が190近くあり、ガタイがいい。オラついた格好はしてないけど、それが逆に不気味でもある。ドラッグ決めてるって噂も当然のようにある。
中学時代からそんな感じで知られてたらしく、文化祭の少し前にとうとう停学になったはず。
よっぽど絶望的な顔をしてたらしい。土屋先生はオレを見て苦笑した。
「その感じだと知ってるみたいだね。ああ、で、その、彼をキミの部にだね」
「いっ、いやです」
さすがにそれは無理だ。噂なんて誇張されてるものだって知ってても、大暴れしたり停学になったりしてるのはただの事実。いくらなんでもそんな人間に入部されるわけにはいかない。
「絶対にダメです。なんでウチなんですか? 受け入れるオレたちのことも考えてください。もしどうしてもって言うんなら、みんなに話して部を解散します。だってそんな。あんなの押し付けられて黙って従うわけないじゃないですか! それに、入部されたらどのみち誰も部活になんか来なくなります!」
オレたちは学校が都合よく厄介者を放り込む便利なゴミ箱なんかじゃない。いったいどういうつもりなんだ。
先生たちは困ったように顔を見合わせた。その様子にいっそう腹が立つ。なんなんだ。オレがおとなしく従うとでも思ってたのか? どんだけ馬鹿にしてるんだ。
「長屋くん」
今度は帯洲先生だ。先生は宥めるように穏やかな声で語りかけてくる。
「キミにはいつも言っているが、先生は郷土史研究会を本当に、本当に大事に思っている。古典の教師なんてたいして大学入試に絡まないから、担任か部活の顧問で実績を出すしかないんだ」
仲井真先生と土屋先生がオレに同情の視線を向けてくる。
「そして郷土史研究会は先行きに期待の持てる、学内でも屈指の優れた生徒が集まってくれた。もちろん癖の強いメンバーをつなぎ留め、部誌をwebマガジンにするという先進的なアイデアを打ち出した長屋くんのことだって、私は誰より評価している。あの部誌は閲覧数イマイチだけれど、取り組み自体は県教委なんかでも話題になったらしい。先生も鼻が高いよ」
そこで帯洲先生は柔らかな笑みを浮かべた。
「先生な、辛いことがあったり仕事がだるいときは部員名簿を眺めるんだ。そして部員一人ひとりがどんな人間で、どれだけ将来有望かを想像する。そうすると嫌な気持ちや疲れなんて吹き飛んで、ヤル気が出てくるんだ。先生自身の評価が悪いと、いくらキミたちの評価が高くても、それを充分に活かせないからね」
相変わらず人間のクズみたいなことを言う帯洲先生だけれど、残念なことにその馴染み深さには不思議な安心感がある。オレは少し冷静さを取り戻した。
「一日に一個、金の卵を産むガチョウがいたとする。そのガチョウに卵を一日二個産ませたいとして、無理をさせすぎてガチョウが死んでしまったらどうだ。元も子もないだろう? つまりそういうことだ。先生が大切なキミたち部員を失うようなこと、許すわけないだろ」
「でもそれ、条件しだいでは変わってきますよね?」
土屋先生も仲井真先生もかなり動揺してるみたいだ。オレが怒るとでも思ったらしい。けれど郷土史研究会を金の卵を産むガチョウ扱いしているくらいで、いまさら腹なんて立たない。帯洲先生はいつだってオレたちと本音で向き合ってくれてるだけなんだから(自己暗示)。
「もちろん。いつだって条件次第で物事は変わる。けれど、目先の利益に釣られてすべてを失いかねないリスクを犯すほど、先生は初心者じゃないんだ。なにせ今、先生の手札は君たちしかないし、それは最強のカードでもあるんだから」
帯洲先生は少し身を乗り出すと、両手を組み合わせた。自然と腕が寄り、大胸筋に内側から支えられた大きい膨らみが左右から押されて主張してくる。
「どうだろう。そんな先生が郷土史研究会を失いかねないような提案、受けるわけがない。それは信じられないか?」
悔しいけれど、たしかにそれは信じられる。強欲無限、利己中無双の帯洲先生が部活消滅しかねないようなリスクを取るはずがない。
「もちろん、小田くんが所属後にまた停学になるようなリスクはあるが」
「え?」
思わず聞き返す。ガチョウに無理させて死んだら元も子もないってこの人さっき言ってたよな? こちらの考えを読んだかのように先生は続ける。
「つまり、ガチョウに無理させて殺してしまうのは愚かだが、かと言って何もしなければガチョウが産む卵は一日一個のまま、ということだな。二個産ませるためには、最悪の事態が避けられる範囲内であれこれ試してみる必要はある」
さすがの帯洲先生だ。こちらの予想を軽々と下回るクズさと強欲さ。しかもそれをわざわざ言っちゃう。
オレは気力を振り絞って、自分の中の拒む気持ちをゆっくりと抑え込んでいく。
「解りました。小田くんの入部について、みんなに話します。ただ、他の部員がどう反応するか、その結果どうなるかまでは保証できません」
仲井真先生、土屋先生が揃って愕然としたのはなかなか見ものだった。
たしかに第三者からしたら、帯洲先生の話でオレがキレなかっただけでも驚きだろう。それが怒らないどころか、説得されるなんて。
二人ともちっとも解ってない。オレはこれまでの付き合いで、帯洲先生がどうしようもなくダメな筋金入りの年季が入ったクズだってことを絶対的に信じているのだ。だからこそ、先生が自分で言ってたように、部が崩壊するようなリスクは取らないことを確信できる。
つまりこの話にはそこまでマズいことにはならないっていう、何か裏がある。
「あ、ああ。それで充分だ。というか、いいのか?」
やや上ずった声で、どうにか仲井真先生が言う。
「はい。それで、帯洲先生が最悪の事態は起きないって判断した理由はなんですか?」
帯洲先生が何か答えようとしたところで、仲井真先生が割って入った。
「それが言えるなら、わざわざキミたちには頼まない」
土屋先生が続ける。
「今度の月曜に停学が明けて小田くんが登校してくる。火曜日の放課後に挨拶に行かせるよ」
オレはうなずいた。
「ただし、条件があります」
そう。ただ入部を受け入れるだけだと、こちらにメリットがない。
来年度の部の予算を一人あたり2倍にしてもらおうか。いや、そんなに金があっても使わないか。オレは少し考え、告げた。
「学校側に対して飛び抜けて協力的な態度で貢献するんですから、部員みんなの3年時の最終的な内申点を1.5倍にしてください。それぞれの受験に間に合う形で」
仲井真先生は考え込む。しばらくして一つうなずき、真っ直ぐオレと目を合わせた。
「いいだろう。ちゃんと小田を部員として受け入れるなら、な。私が教師として保証する」
検討する、でも、善処する、でもなく、シンプルに約束してくれた。そして、その視線には暖かな力強さがあった。
オレは初めて、日下さんが仲井真先生を優しいと言って信頼している気持ちが、少しだけ解った気がした。




