第6の不思議︰呪われネットワーク-06
宮華の新企画を聞いた二日後。オレは部室でラノベを読むのに少し飽きて、郷土史の本を拾い読みしてた。……そういや、圭人も兎和も部誌の原稿、まだ出してないな。どうなってんだ。
宮華は昼寝していて、日下さんはその横でスタンバイモードになってる。どちらも机に覆いかぶさるようにして寝てるように見えるけど、日下さんはときどき体を起こして宮華のこと眺めてるから寝てないのがわかる。
今日はまだこの三人だけで、他は誰も来ていない。
平和だ。
そんなことを思った途端、霧島さんが入ってきた。
「あれ? 兎和さんは?」
「来てない」
「ああ、そう」
残念そうに肩を落とす。この前と辻褄を合わせるなら圭人が来てないか気にするべきなんだけど、まあどうでもいいや。
──いや、良くない。せっかくだから指摘して、精神的に優位に立とう。日々のこうした地道な積み重ねが最終的な上下関係につながるはずだ。
「圭人が来てないかは気にならないんだな」
遠回しに失策を指摘して、水面下で相手に恥をかかせるスタイルだ。
ところが霧島さんは自分の失敗に動揺するどころか、自分が圭人を気にする意味がわからない、と言いたげな顔をする。
「学校紹介の動画で、ちょっと兎和さんに話があって」
なんだ。普通に用件があったのか。“圭人が気になってる振りするの忘れてるぞ”とかダイレクトアタックしなくてよかった。
すると霧島さんの落胆を天が哀れに思ったのか、タイミング良く兎和がやって来た。兎和は霧島さんを見て眉間にシワを寄せる。
「何の用?」
「部活に来ただけ。兎和さんこそ、打ち合わせは?」
「さあ。私は渡された台本見て、すぐ出てきた。生徒会の紹介も入れたいからって言われて行ってみたら、私たちの生徒会じゃなくて学校側がやって欲しい生徒会の話なんだもの」
“普通の高校生でもできる生徒会”を目指す兎和たち V.S. “強くて大きい並外れた生徒会”をさせたい学校側の戦いが今日も繰り広げられてるらしい。
ラノベやアニメ、マンガみたいな生徒会とかちょっと見てみたいとも思うけど、前に聞いた兎和の意見を思うと確かに現実でそんなものあったら、適任者のハードル高すぎて不幸な結果になりそうだ。
ただまあ、学校側が夢見ちゃう気持ちも少しは理解できる。なんせ兎和や、兎和に着いてこられる人材が揃ってるのだ。能力的にはスーパーでハイパーな生徒会をゼロから作って運営できるだろう。そりゃ諦めきれないよな。
「あんまりにも舐めた話だから、台本投げ捨てて“フィクションがしたいなら役者使いなさい”って。私だけじゃなくて、生徒会はこの動画には一切協力しないし関わらないから」
霧島さんはため息をついてうなずいた。
「そのこと、その場で伝えた?」
「どのこと?」
「だから、生徒会は協力しないこと」
「ああ──」思い出すように兎和の視線が宙を撫でる。「いいえ」
「解った。伝えておく」
霧島さんはすぐにスマホを取り出す。今の話を放送部の部長にでも連絡するんだろう。さっき言ってた兎和への用事ってのはこのことだったのか。
「放送部、学校紹介の動画なんて作ってたんだな」
気のせいかもしれないけど、このごろ雑談のタネを拾うのが上手くなってきたように思う。
「いや、制作はもちろんプロの業者。ただ出演者は全員ウチの生徒で、私はナレーション。制作班はインターンみたいな形で手伝ってる。学校側の要望」
「ん? てことは今日の打ち合わせって」
「私は参加してないけど、もちろん制作会社の人たちも来てる。あと先生も何人か」
マジか。さすが兎和だ。取り残されて唖然としてる大人たちの姿が目に浮かぶ。
「校長は馬鹿だから、困難は人を成長させるって素朴に信じてるの。だからさっきのことも制作チームにとって成長のチャンス、くらいに思ってるんじゃないかしら。これまでも、どれだけ対立しても私たちを解任しようとはしなかったし。そこだけは馬鹿なりに信念があっていいと思うわ」
「校長もいたのか?」
「ええ。いつもはいないらしいんだけど……。たぶん容赦なく意見を言われたいんでしょうね。いるのよ。年寄りの権力者にはそういうタイプが」
軽蔑しきった口調の兎和さん。いやむしろ、それってめちゃくちゃ目をかけられてるだけなんじゃあ。たぶん校長がその場で取りなしてなければ、今ごろ呼び出されてるだろ。
“長屋一路、長屋一路。面談室まで”
「ファッ!?」
いきなり校内放送で名前を呼ばれ、心臓が止まりそうになった。
「え! オレ!?」
今のは厳しさと恐ろしさの象徴、学年主任の仲井真先生の声だ。日下さんからは好感度高いみたいだけど、オレからすればとにかく関わりたくない教師でしかない。
「なんでだ? 部員の失態は部長の責任とか、そういうこと、か? いやいやいや、おかしいだろ。なんでオレが」
「さっきの件なら郷土史研究会は無関係でしょ。そもそも私、部員でもないし」
「生徒会は兎和さんの傘下団体だから呼び出す意味のある奴いないし、オレたち以外で兎和さんがウチの部員じゃないと思ってる人間なんていないぞ。だいたいさっきの今でオレが仲井真先生に呼び出されるなんて、他の可能性ないだろ」
“長屋一路”
一度だけ名前が呼ばれて、放送が切られる。いやそれ余計に怖いぞ。
「ど、どうしよう」
さっきから目を覚ましてこちらを見てた宮華に尋ねる。
「さあ。行くしかないんじゃない?」
「仲井真先生なんだから、理不尽なことじゃないはず」
日下さんも言う。
「本当か? こないだも授業態度悪いやつに“先生の首が飛ぶから殴りはしない。なぜ殴りたいか解るか? おまえがムカつくからだ。おまえみたいな生徒に教育目的でなにかするわけがないだろう”とか言ってたんだが?」
「それはその生徒が悪いんであって、先生が理不尽なわけじゃない」
ダメだこいつ。マンツーマンで会ってるうちに洗脳されたに違いない。
「早く行って。向こうが来ちゃうから」
宮華が少し切羽詰まった声を出す。いっそそうさせることでここに居る全員巻き込んでやろうかとも思ったけど、その場合は怒りが倍々に膨らんだ先生によってオレ以外全員退出させられる可能性があるので断念した。
「じゃあ、行ってくる……」
オレは重い足取りで部室を出ると、面談室へ向かった。




