第6の不思議︰呪われネットワーク-04
霧島さんが兎和にわからされた次の日。湯川さんが帰るとオレたちはさっそく打ち合わせをすることに。
「で? 次やりたいことってどんなのだ?」
オレが尋ねると、宮華は自信ありげに微笑み、頭の後ろで結った髪に軽く手で触れた。
「ネットよ」
「ネットかぁ……」
個人的な感想だけど、ネットが重要な怪談ってあんまり怖いイメージない。存在しないはずのサイトがどうこうとか、メールの相手が実は、とか。中には印象に残る話もあるけど、他に比べるとパッとしない。
都市伝説なんかでも陰謀論がほとんどで、花子さんやひきこさん、ひとりかくれんぼレベルのものは知らない。
日下さんは特にリアクションもなく、話の続きを待っている。宮華はオレの微妙な空気を見て、同意するようにうなずいた。
「たしかに、他に比べてネットの怪談や都市伝説は今ひとつって印象が強い。けど、だからこそ挑戦しがいがあると思う。それに、ネットって水や空気より身近でしょ? ……なに、その目は。じゃあイチロはスマホより水や空気を意識して生きてるってこと?」
「あ、いや。そう言われると、そうか……」
「つまり、それだけ身近なものなんだから、そろそろ怪談のテーマとして私たちも取り組まなきゃいけないってこと」
なんとなく理解する。つまり七不思議創りもそうだけど、宮華って困難にチャレンジするの好きだよな。そういう、ことだよ。
宮華はバッグから1台のスマホを取り出した。
「まずはこれを読んで」
宮華がグループにメッセージを流す。そこにはこう書かれていた。
“呪われネットワーク。学内のwifiに繋ごうとすると、まれに接続先のリストに文字化けしたものが出てくる。それを見ても決してそこに繋いではいけない。もし繋いだら、あとで見知らぬ番号から不気味なショートメッセージが送られてくるようになる。もしこれに返信すると“螺週間後に迎えに行きます”と送られてくる。返信せず無視していると、そのうち送られてこなくなる”
「どう?」
オレはこれが自分に起こった場合を想像してみる。
「うーん。話自体は怖くはないよな。ただ自分で経験したら、そうとうビビるだろうなぁ」
「噂話っぽい。どんなメッセージが送られてくるか、で変わってくる、かな」
オレと日下さんはとりあえずの感想を口にする。
「そもそも、どうやってやるんだこれ?」
「そこでこれ」
宮華は取り出したスマホを手に取る。
「お店とかでwifiの接続先にそのお店の名前が表示されてたりするでしょ? つまり、そういう名前って変えられるの。それにスマホってテザリングって言って、他のスマホやパソコンを自分に接続させて、ネットができるようにすることもできる。そこでこのスマホの接続する名前を文字化けしたものに変えて、ターゲットのそばで作動させるそれで──」
宮華の説明によると、こういう作戦だ。まず、ターゲットの電話番号を手に入れる。それからそのターゲットのそばでネットワークの名前を変えたスマホを起動する。
興味を持ったターゲットがそこに繋いだらほぼ成功。あとは入手しておいたターゲットの番号にスマホからSMSで不気味な文章を送る。
「使うスマホはプリペイドの奴だから番号は誰も知らないし、SMS送って相手に番号知られても困らない」
「そのスマホはどうしたんだ?」
「叔父さんが持ってて使ってないやつを借りてきた。まあプリペイドは自腹だけど、かなりの金額突っ込んでおいたから」
そして手にしたスマホをしみじみ眺める。
「私もこういうの詳しいわけじゃないから、今回は話考えるのと技術検証とでかなり大変だった」
オレと湯川さんが撮影に付き合わされてたあいだ、宮華は一人で地道に七不思議創りに取り組んでたらしい。
「返信したら迎えに行きますって言われるんでしょ? これはどうするの? あと、メッセージ送ってるのって誰なの?」
「あぁ、それね………」
宮華は悩ましそうにアゴを指で触れた。
「あれこれ悩んだんだけど……。今回のだとハッキリさせないほうが効果的かな、って。迎えにも行かない。何週間後か数字で書いてないのもそれで」
「意味不明な怖さを出したいってことか」
「そ。前のあかずの首みたいに、意味不明なモノってそれだけで不気味でしょ。でもあのときは“あかずの首”って言葉を広めるのが難しかったし、今回はターゲットの体験を今までよりも重視してるから、全体に何も解らない方が効果的で成功させやすいんじゃないかと思う」
「だったら、ターゲット選びが重要だよね」
日下さんが言う。
「怖がり過ぎちゃう人だと可哀想だし、いたずらだろ、で済ます人だと意味ないし。私たちみたいな人だと話が広がらない。誰かあてはある?」
するとそれまでの態度から一転、宮華は歯切れの悪い感じになった。
「そう。そのこと……なんだけど。誰かちょうど良さそうな生徒の電話番号知らない?」
「ああ、うん。何となく、そうなるんじゃないかと思ってた」
別に宮華がボッチだからってわけじゃない。オレだって遠藤その他紳士同盟の奴らの電話番号なんて知らない。だいたい、LINEとかで通話できるのに、わざわざ金払って電話なんてするか?
宮華がオレを見る。当然のように日下さんも。
「いや、あてなんてないぞ。そもそも電話帳に入ってる番号なんて親のと宮璃のと学校のくらいだ」
「やっぱり、そうだよね……」
宮華は沈んだ声でつぶやく。
「番号のことはまた考えよ。それで、送るメッセージってどんなの?」
珍しく日下さんが空気を読んで、話題を変えようとする。
「せっかくだから、みんなで考えようかと思ってた」
「じゃあ、試しに今アイデア出しするか」
「そうね。各自で思い付いたものを書いていって使えそうなものがあれば使うし、そうじゃなくてもどういうのが良さそうとか、ダメそうとか、そういうのも見えてくるかもしれない」
そこでオレたちは黒板代わりのホワイトボードのところに集まると、SMSで送るメッセージを書いていった。
オレ:火の数/確認すること/ではない/答えないor知らない/灯油に浸す/東の方向、方角?/
宮華:手の手順?/原田さん/何人までか→6→0/2時3時/息をとめる/歯医者/
日下さん:嘘/階段の3段目から/放課後に来る/ロッカーから出てくる/用具室の奥/後ろから見てて/拾った歯を食べてた/もう一人の似てない私/
だいたい5分くらいだろうか。オレたちはホワイトボードの書き込みをスマホで撮ってから書いた方を消し、手元でお互いの文を眺める。
「この“原田さん”て何だよ」
「あ、それは」
「関係ないヤツの名前はマズイだろ。普通に間違いかと思いそうだし。せめて届いてる本人の名前にしよう。あと歯医者な。怖かったのか?」
「そんなわけないでしょ。一昨日、キラーデンティストっていう古いホラー映画を観ただけ」
「なんでわざわざそんなもの」
「歯医者行くのが面倒だったから、気分盛り上げようと思って」
すると、日下さんがスマホから顔を上げてオレを見た。
「長屋くんのはメモっぽい」
「なにか起きてるみたいなのに、何なのか解らないって感じを出そうと思ったんだ。けど、難しかった」
「日下さんのは一番怖いね。こんなの知らない番号から来たらすごく嫌」
「そうだな。ダイレクトな怖さじゃないけど、自分に届いたらって思うとジワジワ来る」
照れたのか日下さんは無造作に軽く会釈。そして口を開いた。
「並べて読むと、やっぱりそれぞれ個性違うでしょ。思ったんだけれど、こういうのがごちゃまぜに届くほうが怖くない? 余計に何考えてるか解らなくて」
オレたちは納得する。
「日下さん、叔父さんがやってるみたいなお化け屋敷とかホラー系のプロデュースの才能あるかも」
「やめてよ。褒めすぎ」
二人は顔を見合わせて微笑む。ファーストコンタクトのとき、鬼の形相で掴み合ってたのが遠い昔のことみたいだ。
まあ、あんな出会い方したおかげでお互い人見知りせず話ができたんだから、あれはあれでよかった。
 




