第6の不思議︰呪われネットワーク-03
ここまでくると、なんとなく予感がする。それから10分もしないうちに、予感は当たった。足音が廊下を近づいてきたかと思うと、霧島さんが入ってきた。
「今日、最終回?」
ほぼフルメンバー揃ってるのを見て、霧島さんが言った。
「霧島さんがどんな世界に生きてるのか知らないけど、違う。あと宮華は歯医者で休みだ」
そこで初めて霧島さんは宮華がいないことに気づいた様子だった。霧島さんの中ではまだまだオレや湯川さんに比べて、宮華の存在は小さいみたいだ。
オレたち一人ひとりを見ていた霧島さんの視線が圭人のところで止まった。
「本当に会長たちも部員、ね?」
「ああ。いや、兎和は正式な部員じゃない」
圭人が答える。
「生徒会と兼部だからあまり来られないけれど。よろしく。霧島さん」
言われた霧島さんは何かを探るようにじっと圭人を見詰めている。
「会長、印象変わりました、ね?」
「文化祭が忙しくて。落ちた体重がまだ戻らないんだ」
「そうじゃなくて……2学期になってから」
圭人は苦笑した。
「塾の夏合宿に参加したんだ。山奥の施設に缶詰で勉強するやつ。で、空いた時間にヒマだから筋トレばかりしてた。それに知ってる人がいない状態であんなに長く過ごしたことはなかったからね。色々とそれまでの人生を思い返して、気づいたんだよ。自分は思ってたほどたいした人間じゃないって。そのことに気づいたら、周りが見えてきた」
「勉学合宿に参加した……だけで?」
「人生、何が切っ掛けになるかなんて解らないものだよ。ニュートンがリンゴの木を見て重力に気づいた話は創作らしいけど、長いこと大勢に信じられてきたのは、そこに説得力を感じる人が多かったからだ」
少し間が開く。霧島さんはどう攻めるべきか考えてるらしい。いきなり初対面の相手にぶっ込んでくるなぁ。ひょっとしてオレたちのこと調べられなくなったからって、ターゲットを変えたんだろうか。題して“ケイトの秘密の夏休み”。児童文学か古い海外のエロ映画みたいだ。
「夏休みの終わり……急にその塾廃業したらしい……でしょ?」
「何の説明もなく、な。おかげでこうして」
圭人はスマホの画面を霧島さんに向ける。
「新しい塾を探してる」
「講師や職員も消息不明……だとか」
「潰れた中小企業の社員なんてそんなもんだろう。よくは知らないけれど、全員地元の人間じゃないともなれば余計に。今ごろはどこか別の塾で教えてるんじゃないかな」
すると、今まで二人の会話を聞いていた兎和が口を開いた。
「やけに詳しいみたいだけど、もしかして霧島さん──」
そこで言葉を切る。そして兎和の口元にじわりと笑みが浮かんだ。さわやかさのカケラもない、粘っこいやつだ。
「霧島さん、最初で最後の3期連続生徒会長についてドキュメンタリーを撮るつもりなのね」
「え?」
困惑する霧島さん。
「そういえば放送部の活動内容には学校の歴史を記録するってのもあったわね。新聞部とは別に。たしかに生徒会長を3年連続で務めるなんて今後の学校史でも起きないような出来事だろうから、記録する価値はあるわ」
霧島さんは兎和相手に“なに言ってんのこの人”と考えてるのを隠そうともしない顔をした。無知って恐ろしい。一瞬だけ、兎和は目を細めた。
「そういうつもりじゃ、ないんだけど?」
「じゃあ、なに」
「今言ったような話を聞いてて、本人がいたから、ね?」
「ああ、そういう……」
兎和はあっさり納得すると、ニッコリして言った。
「じゃあ、圭人の記録映像については放送部の部長に私から話しておくから」
「は?」
「他のメンバーも卒業まで変わらないでしょうから、せっかくなら生徒会のドキュメンタリーってことにしましょう、ね?」
最後の“ね?”っての、絶対に霧島さんの口調にちょっと寄せてるだろ、それ。
「そんなの……断れば」
「“放送部並びに新聞部は教職員および生徒会、委員会の求めるところに応じて適宜記録撮影を行う”……校則か部則、それとも生徒会会則だったかに書いてあったはずよ。放送部も新聞部も部活だけど、生徒会や委員会と同じ校務運営組織なの」
みるみる顔色が悪くなる霧島さん。
「でも、そんな撮れ高……なさそうな」
「そこをプランニングと編集でどうにかするのがあなたたち、というより制作班の腕の見せ所でしょう? もちろん生徒会側は私が仕切るから安心して」
そこで兎和は満面の笑顔を作ると言った。
「残り2年と少し。長い学生生活になりそう」
「待って。え? じゃあ……放送部のみんなが巻き込まれる……ってこと?」
「巻き込まれる? 何に? これは放送部の正規の活動内容でしょう?」
「そう、かもしれないけど……」
なんとか粘ろうとする霧島さん。普段は放送部のワガママ姫みたいに振る舞ってるのに、ちゃんと他の部員を守ろうって気があったとは驚きだ。オレは霧島さんの認識を改めた。
「いつも好き勝手やって最近は特に……迷惑かけっぱなしで……。さらに私のせいで卒業まで生徒会の記録映像撮らされる……なんてことになったら……。解るでしょ、ね?」
いつものボソボソした喋り方に焦りが滲んでる。やっぱ霧島さんは霧島さんだ。
「兎和。本気じゃないんだろ?」
圭人が口を挟む。すると兎和は笑顔を消し去った。
「ええ。そうだけど、なんですぐそうやってバラすの? 霧島さんみたいなタイプは最初に心を折って絶対服従させないと、すぐつけあがるのに」
ふと横を見ると、湯川さんがドン引きしてた。たぶん兎和のこういう姿を初めて見たんだろう。あれ? 湯川さんてオカ研作ろうとして兎和にアプローチしてたんじゃなかったっけ? それで兎和の“兎和様”な一面をこれまで見たことがなかったなんて、運のいいやつだ。
「相手が私だったからいいようなものの、あんまり初対面の相手と敵対するようなことしない方がいいわ。そんなことじゃ、いつか破滅するわよ」
破滅、という言葉に霧島さんは反応して、わずかに身を震わせた。
「記録映像の件は忘れてちょうだい。必要なものは書記が残してくれてるから。それと、郷土史研究会にようこそ……と言いたいところだけど、私は部員じゃないのよね」
「兎和、そろそろ」
「じゃあ、また」
「兎和がごめん。兼部どうしでなかなか会えないかもしれないけど、よろしくな」
圭人たちが帰っていく。
「あっ。すみません。あのじゃあ、私もそろそろ。はい」
湯川さんも帰り、オレと日下さん、霧島さんの三人が残る。
「あの二人、別れないかな……」
霧島さんがつぶやく。小さな声だったけれど、静かな部室だとハッキリ聞こえた。
「二人とも生きてるうちは別れないだろう」
さて。LGBTその他について社会的な理解が少しずつにしても進んできた昨今。それを抜きにしても確認しておきたいことがある。
「どっち狙いなんだ?」
ぼんやりと物思いに沈んだ様子の霧島さんに尋ねる。
「え? ……ああ、副会ちょ、っが不幸になればいいと思っただけ」
ほんの一瞬だったけど、副会長と言ったとき霧島さんが動揺したのをオレは見逃さなかった。
注目されることに快感を覚え、破滅願望のある女子がいま、百合の園に足を踏み入れかけているのかもしれない。霧島さん、あとどれくらいの性癖を埋蔵してるんだろう。掘れば掘っただけボロボロ出てきそうで、さすがに少し感心する。
「長屋くん、これ」
日下さんが手にしたスマホを振ってる。自分のスマホを見ると、七不思議創りのグループに宮華からメッセージが来てた。
“次やることについて説明と相談したいから、明日は部活、最後まで残ってて”
オレと日下さんはそれぞれ了解の返事を送った。
 




