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ぜんぜん違う話の断片その06

 先輩後輩の二人はいつものカラオケ屋にいた。先輩はだらしなくソファに座り、ぐったりしている。後輩は先輩のやつれた頬を眺めながらコーラをすする。


「久しぶりですね」

「そうね……。私が文化祭に忙殺されてるうちに放火事件が解決すること少し期待してたんだけど……。警察は何してるの?」

「さあ。真面目に捜査してるんじゃないですか?」


 先輩はうめきながら、だらしなくソファにもたれかかっていた体を起こした。


「で?」

「いえ、文化祭終わったんで久しぶりに集まろうかと思っただけです」

「ひと月くらい休ませてくれてもいいじゃない」

「すみません。文化祭で会ったとき元気そうだったんで」

「あれ? 会った? なんだか文化祭1週間前くらいからの記憶が曖昧で、何がいつ起きたのかも……。結局、終わったあと生徒会と実行委員の半分くらいが過労で倒れたし」

「過酷ですね」

「まあみんなに診断書書いてもらったから、それで脅して来年はまともな規模の文化祭にするわ。一学年でこれだもの。二学年、三学年に増えたら、このままだと学生の手には負えなくなる。そんなの異常でしょう?」


 先輩は今から来年のことで気が重いのだろう。後輩が持ってきたウーロン茶を飲むと、顔をしかめた。妙に水っぽく、嫌いなのだ。それでもジュースは苦手だし、コーヒーは泥水みたいだし、水は消毒臭いしで、他に選択肢がない。


「そういえばスニークさん? あれ、郷土史研究会じゃなかったのね。忙しすぎて全然追えてなかったけど。しかも、なんだか霧島さんが入部することになったし、長屋くんの報告読んだら知らないうちにかなり危ないことになってたみたいだし。まったく。少し目を離すとすぐこれなんだから」

「あれは何が起きてたんですか?」


 先輩は説明しようとして諦め、スマホを取り出すと報告を表示して後輩に渡した。


「うわ、長っ!」

「文化祭明けでフラフラなのに、こんなもの読まされる身にもなってほしいわ」


 自分が報告させたことを棚に上げて先輩はボヤいた。


「あー。で、何だったかしら?」

「特に何があるわけでもないですけど」


 読む速度に合わせて画面をスクロールさせながら後輩はさっきと同じようなことを言う。


「このまま卒業まで何も起こらず、犯人も見つからず。そうなったらどうなるの? 卒業までやるの?」

「かもしれないですね。まあ、それはそれでいいじゃないですか。たまに会って、こうして話をする。それでいいじゃないですか。私は好きですよ。世界を二人占めしましょう」


 先輩は退屈そうに鼻から息を吐いた。


「あなたは何でも好きでしょう」

「はい。おかげさまで毎日楽しいですよ」


 そこで後輩は報告書を読み終え、先輩にスマホを返した。


「この、最後に見た女子って誰なんでしょうね?」

「さあ」


 会話が途切れる。後輩はあらためて先輩を見た。もともとキツめの顔立ちに、それを強調するような細身のメガネをかけている美人だったのが、さらに痩せたことで妙な凄みを感じさせる。精悍になったと話題の会長と並べば、異様な迫力があるだろう。実際、星高最凶カップルとして後輩の中学でも噂になっている。


「そうだ。報告なんだけれど、新しいメモは増えてない」


 思い出したように先輩が告げる。後輩はうなずいた。


「代わりに、これ」


 先輩はそう言うと、スマホを差し出した。


「これって……?」


 それはSMSの履歴だった。同じ番号から何度かメッセージが届いている。そのどれも、あのメモと同じ名前だか地名だかの4文字から始まっている。ただこれまでと違う点があった。4文字の後に“さん”がついているのだ。


「これで、少なくともあれは人名だったことが解ったわね」


 最初の日付は二学期が始まって間もない頃のものだ。


「な、なんで今まで黙ってたんですか!?」

「文化祭で忙しくなったから。終わってからゆっくり取り組みたいと思ったの」

「正直に言ってください」

「ただでさえクソ忙しいのに、こっちにまで時間を取られたくなかったの」

「それはそれでぶっちゃけ過ぎです。っていうか先輩、クソ忙しいなんて言うんですね」

「こちとら、どこぞの名家のご令嬢なんてタマじゃないんでね」


 そう言うと、何がおかしいのか先輩は力ない笑いを漏らした。疲れているのだ。


「それにしても、これって……」


 そんな先輩を無視して、後輩はつぶやく。


“──さん、届いてますか?”

“──さん、待ってます”

“──さん、なんで?”

“──さん、もうやめて”

“──さん、どうして私を?”


 並ぶ言葉は自分に危害を加えてくる相手に呼びかけ、怯え、理不尽さに嘆いていた。


「放火犯、じゃないですよね?」


 どちらかと言えば被害者に見える。


「名前も先輩とは違うし、なのに何で先輩のスマホなんかに……」

「私にも解らない。犯人が完全に狂ってて被害者めいたメッセージを送ってきてるのか、じつは私にそういう名前の別人格があって、そいつが何かやらかしてるのか。何か解りそうなわりに、そのメッセージからは何も得られない」

「この、相手の番号は?」


 後輩は差出人のところの電話番号に指で触れた。


「私の番号」

「え?」

「さすがに私もゾッとして調べたんだけど、プログミングの能力があれば、そこの表示はわりと自由に指定できるらしいの。番号でも、言葉でも。ただこれで二つのことが解る。それ送ってきてる相手は私の番号を知ってる身近な人間か、私の番号を調べられる人間。といっても生徒会のメンバーだとかは遣り取りぜんぶLINEだし、親しくても電話番号知ってる人間はその中でも限られる」


 後輩は先輩にスマホを返した。その腕には鳥肌。自分の番号からメッセージが届くのが技術的に可能な話だと解っても、相手の意図の見えなさ、そこはかとなく漂う狂気の気配に気味が悪くなったのだ。


「今までのメモも、他の人は拾ったとして気づかなかったり気にもしないで捨ててるんだろうと思ってた。でも、こうなってくると誰かが私の行動を見て、わざと私に拾われやすいようにしている可能性が出てくるわ」


 これまでも、あのメモと同様なものを誰か他の人間が拾ったりしているのかどうかは話に出ていた。それが思わぬ形で予想以上に不気味な展開を見せそうなことに、後輩はじっとりと重苦しいものを感じた。


「やっと文化祭が終わったと思ったら、今度は身の回りの誰かがサイコかもしれないなんて、つくづくツイてない」


 淡々と言う先輩。そこには怯えも不安もなく、ただウンザリしたような色だけがあった。


「つまり先輩、狙われてるってことですか?」

「今回の犯人かその関係者に意識されてる可能性が出てきた。それくらい回りくどい言い方をしたいところね。狙われてるなんて言うと、放火と私が直結されるみたいじゃない。気分的な問題だけじゃなく、実際にもその可能性はゼロに近いわ。だって私を焼き殺すなりしたいなら、私がいそうにない時間と場所で放火するなんて無意味すぎるもの」

「じゃあ、なんで先輩を」

「それが解れば犯人特定まではあと一歩ね。とにかく、私の電話番号知ってそうな人は家族も含めてリスト化して送るから、あとはそっちでよろしく、と老人たちに伝えてちょうだい」


 先輩はそう言うとウーロン茶に口をつけ、また顔をしかめた。

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