第5の不思議-番外編:宮華と帯洲
※「第5の不思議︰スニークさん-08」の後のこと
職員室のドアが見えたところで宮華は足を止めた。深呼吸してなるべくリラックスしようとする。
帯洲先生とは話せる。大丈夫。自分に言い聞かせる。周りにいるのも教師ばかり。習っている先生にはさすがにもう人見知りしないし、他も教師と生徒という枠にはめれば大丈夫。コンビニ店員と客、みたいなものだ。役割が明確ならそこまで緊張しない。
「よし。いける」
小さく呟くと職員室のドアを開ける。
「あの、帯洲先生」
教師たちの視線が集まるのを敏感に感じ取る。その中で一人の女教師が立ち上がった。
「やあ神野さん。どうしたんだい?」
帯洲先生だった。歓迎するように両腕を広げて近づいてくる。
あっという間にドアの前に立っているまで宮華まで詰めてきた。
「珍しいね。顧問に悩み相談かな? いや、いいんだいいんだ。頼りにしてくれて嬉しいよ。あー。ここじゃなんだ。生徒相談室にい行こうか」
この先生と二人きりになるのはヤバい。宮華の本能が叫ぶ。行くな! と。
宮華は本能の声に従い、帯洲先生の脇を抜けると職員室に入った。
「いえ、大丈夫です。部活の報告に来ました」
「報告?」
「はい。部誌の進捗なんですが、完成しました」
「え!? 文化祭の1週前に完成した!? いやあ、さすが郷土史研究会!」
他の教師に聞こえるよう、大声でくり返す帯洲先生。
「で、最終形はどうなった?」
“最終形”と言うことで、途中も見てたかのように匂わせるあたりが帯洲先生らしい。
「それなんですが──」
宮華はイチロから言われた口上を述べる。部長しか見られない、あとから直せる、などなど。暗記したことを言うだけなので、宮華的には気楽だった。
「なるほど……。まあ、学年成績ツートップがいて、生徒会長や副会長もいるんだ。少しも心配はしてないよ。うん。公開が楽しみだ。なにせwebマガジンだもんな。なかなかありそうでなかった、先進的なヤツだ。楽しみにしているぞ」
“あの先生、兎和さんのことを部員だと思いこんでるんだ”イチロの言葉を思い出す。そう言いながら人差し指をこめかみの横でクルクル回している姿が印象的だった。
いや、そんなことを思い出してる場合ではない。
「ええ、ああ、はい……。それでは失礼します」
すんなり話が通ったことに安堵しつつ、宮華は帰ろうとした。
「ところで」
「はい?」
「神野さんはもう帰るのかな?」
「ええ、はい」
「たしか神野さんの家は共働きで帰りが遅いんだよな? よし。じゃあ、今日は先生がおごってあげよう」
「え?」
宮華は自分のプライベート情報を把握されてることに恐怖した。
「よ、よく知ってますね」
「可愛い部員のことだ。よく知っておくのは教師として当然だろう」
その時、少し離れたところから声がした。
「待ってください帯洲先生、今日中にあの書類提出してもらわないと」
「佐々木先生。教師にとって生徒と向き合うことは何よりも大切なんじゃないでしょうか? 書類仕事を生徒と向き合うことに優先させる。私はそんな教師にはなりたくありません」
がんばれ佐々木先生。宮華の心の応援も虚しく、佐々木先生はあっさり心が折れてしまった。
「駅前の宝昇軒なんてどうだ? あそこは安くて量も多い。なにせラーメン餃子チャーハンセットが800円なんだからな」
この人、郷土史研究会を男子運動部と勘違いしてるんじゃないだろうか。宮華は戦慄した。
イチロ、いつもこの先生にたった一人、手ぶらで挑んでたのか。これまで感謝したことこそあれ、尊敬の念を抱いたのは初めてだ。
帯洲先生は手早く帰り支度を終えると、有無を言わさぬ口調で告げた。
「じゃあ、一緒に部室寄ってから行くか」
機嫌よく歩く帯洲先生の後に従う宮華は、さながらドナドナに出てくる可哀想な子牛のようだった。
後日、イチロこと長屋一路は部室でうたた寝する宮華がうなされてるところを目撃した。
「帯洲、先生……顔は……顔だけは写さない、で……」
宮華の寝言は事情を知らない人間なら、無理矢理あられもない姿を撮影されたのかと思うようなものだった。しかし、イチロは真相を知っていた。
あの晩、帯洲先生のインスタに一枚の写真が投稿されていたのだ。
“部員の生徒と親睦深め女子会!”
そんなことばを添えて投稿された写真には、中華料理屋をバックに満面の笑みで女子生徒と肩を組む帯洲先生。女生徒の方は手を横にして手のひらをカメラに向け、かろうじて目の周りと鼻のあたりを隠している。宮華だ。
“あのときのおまえ、風俗嬢のサイト写真みたいだったぞ”
イチロは心の中でそう呟くと、まだうなされてる宮華に向かって静かに手を合わせた。




